天才魔法使いは意地っ張りな努力家魔女に恋をする

8話 断る理由



今日もデートに誘われていたけど、断った。放課後にレポートを提出する事になっていたからだ。僕だけの課題だから特に期限は設けないと言われていたが、ずっと待たせるのも悪い気がする。

さっさと終わらせてしまおうと、ゴブリンの出没する時間帯や攻撃の威力などについてまとめたノートを持って、魔法学の準備室に顔を出した。本当は面倒だが、校則違反を見逃して貰う代わりだから仕方ない。ゴブリン狩りはしてはいけないだなんて知らなかった。

ノックをして入ると、先生は笑顔で振り返り、僕を見てテーブルの上をサッと片付けた。

「あら、天才不良学生君、いらっしゃい」

「失礼します、マリア先生。前に言われたレポート、書いてきました」

そう言って僕がノートを渡そうとすると先生は目を見開き、とりあえず座って、とイスを勧めてきた。先生がコーヒーを2人分淹れようとしたから、僕がやりますと杖を振った。

「冗談で言ったのに…本当に書いてくれたのね」

マリア先生は僕の正面に腰掛けて足を組んだ。赤いハイヒールが黒いスーツによく似合う。彼女はコーヒーをすすりながら、ノートをペラペラとめくった。

「まぁ、いつも見てる事を書いただけなので」

「いつも、って……凄いんだけど、無茶したらダメよ。危険な所には行かないって、一応校則なんだから」

「はい」

そうは言ったものの、止めるつもりは無い。これをしないと魔力を抑えられないのだから。

先生は黙ってノートをじっくりと眺めた。用が済んだのだから、もう帰ってもいいだろうか。

「本当に驚きよ……実戦でも怖気付かないで魔法を使いこなせるなんて…学生と思えないわ……」

「大した事無いです」

謙遜するが、先生は首を振り、愚痴をこぼした。

「この学校では、そういう魔物の駆除役は、私の仕事なのよね…誰も彼も、私に頼り切りで…」

「そうなんですか?おひとりで?」

先生はため息混じりに答えた。

「ええ…授業後にたまにね。魔法学の先生はたくさんいるけど、そこまで戦いに慣れた人はいないのよ」

「女性なのに?随分薄情な先生方ですね」

「そんな事言ってくれるの、ハヤト君だけよ」

ノートから目を僕に向けて微笑む。

「いくらマリア先生が強くても、1人ぐらいはついていた方が安全だと思いますね。男性教師とか」

「ハヤト君が一緒に来てくれる?」

「え?」

校則違反なのでは?

僕がキョトンと先生を見つめると、先生はいたずらっぽく笑った。

「ふふふ、冗談よ……いえ、半分は本気だけど。ハヤト君が一緒なら心強いし、私も楽しいかな、って思っただけ」

「僕はストレス発散もしてるので結構荒っぽいですよ」

「そうなの?ふぅん、いつも大人びているあなたが…。意外ね、ますます面白そう」

マリア先生はノートを閉じ、コーヒーカップを両手で包んだ。

「いやいや……それじゃ、そろそろ失礼しま…」

立ち上がろうとする僕に、先生はなおも話し掛けた。

「ハヤト君、この学校は楽しい?」

「え………はい」

「良かった。前の学校では色々あったって聞いたから」

「大丈夫ですよ」

「何かあったらいつでも言ってね。力になるわ」

「ありがとうございます」

僕は準備室から去ろうとした。立ち上がり、ドアへと向かって歩こうとする。

「ごめんね、ハヤト君。待って」

「なんですか?」

僕の後を追うように立ったマリア先生。僕よりもほんの少し低い身長の彼女は、両手をお腹の辺りで握りしめ、眉を下げている。いつもピンと背すじを伸ばしてヒールを鳴らす、凛とした印象の先生だが、なぜか今は不安げだ。

「あの……こんな事聞くのも変だって思われるかもしれないけど………ハヤト君、彼女はいるの?」

「………………」

僕は答えず、彼女の目を見て黙った。少しだけ驚いたが、こういう時、僕はその経験の多さから、すぐに察してしまう。彼女が僕に課題を出し、そして会話を止めようとしない理由を。

「ごめんなさい、私の立場で言ってはいけない事だって分かってはいるんだけど、もう黙っているのは辛いの。好きになってしまったの」

「マリア先生…」

彼女は切なげな表情を浮かべて僕にそう言った後、すぐに眉間に皺を寄せ、首を振った。

「……ごめんなさい。困るわよね。あなたに気持ちが無い事は分かっているわ。だけど、伝えたかった。付き合いたいなんて無茶言わないから、安心してね」

「……分かりました」

僕は何も言っていないのに、彼女は自分の中で答えを出しているようだった。それとも、僕の答えを聞くのが怖いのか?そう思っていたが、彼女は続けた。

「でも……もし可能性がほんの少しでもあるなら、教えてくれる?もしハヤト君が良ければ、卒業するまで私は待つから……」

やはり答えなければならないみたいだ。僕は口を開いた。

「……先生、ありがとうございます。お気持ちは嬉しいです。でも、僕には──────────」

しかし、そこで僕は口をつぐんだ。

僕には、なんだ?

言えよ。彼女がいますと。付き合っている人がいますと言うんだ。

だけど、どうしてもそれを口には出せなかった。何も言えず、黙った僕を見て先生は悲しそうに微笑んで頷いた。

「ありがとう。ハヤト君は素敵な人だから、当然色々あるわよね。これ以上は聞かない事にするから」

「…すみません、先生」

「引き留めてごめんなさいね。私、みっともないわよね」

「そんな事無いですよ。先生は素晴らしい方です」

「…ありがとう」

僕は頭を下げ、準備室を後にした。

先生の目が少しだけ潤んでいたような気がする。そういえば誰かの告白を断るのは初めてだ。彼女の沈んだ顔に、わずかに胸が痛む。もしかすると、これを見るのが嫌で、今まで誰の告白も受け入れて来たのかもしれない。でも、今回ばかりは気軽にOKする訳にはいかない。

アメリが大切だからか?うん、きっとそうだ。さっき上手く答えられなかったのは、恥ずかしかったからだろう。僕は彼女とのクリスマスデートが、楽しみなんだ。


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