天才魔法使いは意地っ張りな努力家魔女に恋をする
9話 忘れていたかったけど
予約していたおかげで、並ばずに入れた。街の中心地にある、カップル限定メニューのケーキがあるカフェで待ち合わせをした僕は、一足先に入店する。
ただ形がハート型というだけでも、女の子たちにとっては特別なものなんだろう。ブラックコーヒーを頼んで、アメリが来るまでの間窓からぼうっと外を眺める事にした。
昨日、先週受けたテストの結果が渡された。僕はまた1位だった。それはつまり、他の生徒はどんなに成績が良くても最高で2位という事だ。僕にとって順位はただの数字でしかないが、それにこだわる人には順位表は一喜一憂させるものなんだろう。特にあの子は今頃、顔を歪ませて地団駄でも踏んでいそうだ。想像しただけでおかしくなってしまう。
混み合う店内で一人フッと笑いをこらえていると、店のドアが開く音がした。入口に立っていたのは、いつもは長く垂らしている髪を綺麗に巻いて、僕がリクエストしたコーディネートに身を包んだアメリだった。アメリは僕を見つけると、笑顔で近付いてきた。
「やぁ、アメリ」
「ハヤト君っ!何ここ、凄く素敵なカフェね!」
「ああ、うん。早めに予約入れておいて良かったよ。アメリもいつもより可愛いね」
「えへへ…気合い入れちゃった。ちゃんと美容室も行ったのよ」
本音を言うと香水の匂いが少し強い。化粧も濃過ぎると思ったが、いきなり機嫌を損ねる必要も無いだろう。
アメリとのクリスマスデートが始まった。僕のデートプランはアメリの理想を叶えられたみたいで、ハート型のケーキに大いに感激して貰った。僕たちは学校の話や、何気ない日常の話をしながらゆっくりと2人の時間を過ごした。
「そういえばハヤト君、テスト何位だったの?また1位?」
「そうだよ」
「ねぇ、本当に凄すぎるよ……うちの学年、500人もいるのよ?何でも出来るし…自慢の彼氏だわ」
「君は何位だったの?」
「私っ!?私は…何位だったかな…忘れちゃった。補習は受けなくて良かったはずだから、安心して今日を楽しめるわ」
***
洒落たインテリアのカフェを堪能した後は、デートスポットと名高い、昼間でもイルミネーションが綺麗な公園へやってきた。等間隔に植えられた木にはライトが巻かれ、枝の先まで色とりどりに光っている。僕たちはその道の真ん中をムードたっぷりに歩いた。
「綺麗…。ね、ハヤト君………」
アメリは僕を見上げて、何か言いたそうにしている。
「なに?」
「まだ……恥ずかしい?」
アメリの手が、ちょんと僕の手に触れた。ああ、そうか。僕は恥ずかしくて手が繋げないという事にしていたんだった。
「いや、大丈夫だよ」
さすがに断るのもかわいそうかなと、僕はアメリの手を握った。別に何の照れも無い。ただ、忘れていただけだ。
「ハヤト君の手、大きい…」
アメリの手は冷えていたが、徐々にお互いの体温で温まっていく。僕らは初々しいカップルに見えるだろうか。初めて手を繋ぎ僕も嬉しいはずなのに、僕はついこっそりと腕の時計ばかり眺めてしまう。
「次は行きたい所ある?」
公園を大体一周した辺りで、僕はアメリの希望を聞いた。この先は何も考えていなかった。
「ハヤト君が決めていいよ…」
アメリは僕の手をぎゅっと握って、静かに答えた。そう言われると困る。彼女が気に入る提案をしなければいけないのだから。
悩んでいると、大事な事を忘れている事に気が付いた。しまった。彼女へのプレゼントを用意していない。
きっとアメリはプレゼントなんて気にしない、というタイプではない。絶対に、セオリー通りに期待に胸を膨らませている。僕は平静を装い、提案した。
「じゃあさ…あそこにアクセサリーショップがあるから、行こうよ。君と一緒にプレゼントを選ぼうと思って」
「えっ?……あ、いいよ。サプライズも好きだったけど、一緒に選んだ方が好みも分かるもんね」
一瞬だけガッカリしたような顔をして、アメリは着いてきた。
「これなんか、どうだい」
学生でも買えるリーズナブルな品が並ぶ店で、アメリに似合いそうなシルバーのネックレスを選んでみた。
「可愛い……」
アメリは目を輝かせている。
「これにしようか?」
「…あ、でも、どうしようかな…」
「?嫌?じゃあ、どれがいいの?」
「可愛いのがいい。ハヤト君に選んで欲しいの……」
彼女は、例え気に入らなくてもちゃんと言ってくれない。それなのに自分で要望を出そうともしない。その態度だけで僕に察して欲しそうにする。
ヒントを得ようとよく見ると、アメリはある場所を見ていた。視線の先にあるのは、値段がかかれているプレートだ。
……なるほど……
僕は仕方なく、このコーナーで1番高額なものを手に取った。
「これは?」
「えっ……いいの……高いよ…!?」
わざとらしく驚いている。
「……ああ。クリスマスプレゼントだよ」
「嬉しい!ありがとう!ハヤト君、大好き」
満面の笑みだ。
「どういたしまして」
僕は苦笑いした。彼女の扱いは難しいが、ある意味分かりやすい。
その後もいくつか店を回っていると、アメリが服を見たいと言い出した。雑誌で見かけた最新のトレンド服に興味があるらしい。
情熱をファッションに注ぐ人もいれば、テストにぶつける人もいる。色んな人がいるもんだ。僕は頑張る人は好きだ。その点ではアメリも頑張り屋だ。何を頑張るかなんて、何でもいいはずだ。同じじゃないかと、言い聞かせる。
服屋に入り、アメリは気になるものを片っ端から体に当て始めた。ひとつひとつ「似合う?」と聞かれるが、全部同じに見える。
「ゆっくり見てていいよ」
僕はそう声を掛け、少し店の外を歩く事にした。わずかに感じる解放感に気付かないフリをする。
ふと、文房具店が目に入る。珍しくクリスマスの装飾がされていない、古ぼけた店構えだ。
何かに引かれるように店へ入ると、スタイリッシュなペンや目を引く柄のノートなどが飾るように並べられた店内の奥に、売れ筋ではないのだろう、羽根ペンが入った透明のケースが乱暴に重ねられていた。
僕はそれを見た途端、一気に思い出してしまった。本についた埃のにおいや、グレーの羽根ペンをひたすらカリカリと走らせる音を。胸につけられた普通科の名札の色を。
そういえば、あれはかなりボロボロだったな。
僕は気が付いたら、黄色い羽根ペンを手に取っていた。