君に贈る花
「…お父さん?」
1階に降りると、父が庭で花の手入れをしていた。
少しくたびれた白シャツを身に纏う父はどこか儚げで、物悲しそうに見える。
白い肌に白シャツという組み合わせが、父の儚さを助長させ、宵華は思わず、
「お父さん、おはよう!」
大きな声で、挨拶をした。
朝の静寂には似つかわしくないものではあったけど、宵華は言い知れぬ不安を拭いたかった。
声をかけなければ、世界から、宵華の目の前から、父が消えてしまうような気がした。
すると、父が顔を上げる。
成人間近の娘がいるとは思えないくらい、若々しい見た目をした父はゆっくり振り返り、宵華をその瞳に映すと、緩やかに眦を下げる。
「…おはようございます、宵華。良い朝ですね」
少しの間と、穏やかな微笑み。
いつも通りの父の姿を見て、宵華は安心する。
「おはよう、お父さん。良い朝だね」
お父さんは、薔薇の剪定をしていたようだ。
まだ日は昇ったばかりなのに、相変わらず、生活リズムが独特な人。
朝露に濡れた薔薇は鮮やかな赤を父の手の中で主張し、父は薔薇の切り花を満足そうに眺める。
「宵華」
「なあに?」
「今日は、どのような夢を見ましたか?」
「夢?」
「ええ。すごく晴れやかな顔をしているから」
父は有名な小説家だ。昔から人間観察を趣味にしていた父の文体にあらわれる心理描写は細かく、一定層に大きな人気があった。
浮世離れした容姿で、今にも儚く消えてしまいそうなのに、よく悪戯や悲しかったことは見抜かれ、何気ない日常会話の中で言及されていた。
宵華は父が怒っている姿や焦っている姿を一度も見たことがなく、そもそも、そういう行動が向いていない人だと理解はしているが、自分の父親ながら、掴めない相手だった。
今も宵華の顔色を読み取り、訊ねてくる表情は穏やかな笑みを浮かべていた。
「それが、変な夢を見た気はするんだけど。よく覚えてないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。でも、すごく長い時間寝た気がする。気分もとても良いんだよね」
本当に清々しい気分だった。
そんなに長時間は寝ていないはずなのに。
宵華がそう言って笑うと、父は頭を撫でてくれた。