恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
 瞬間、全身の血の気が引いて、文乃はがむしゃらに将吾を突き飛ばす。そのまま座り込んだ彼女が紙袋から小箱を取り出すと、やはり中身のティーカップが砕けたのか、ばらばらと破片が転がる音がした。

「……文乃? どうし……」

 無言で動かなくなってしまった文乃を見て、恐る恐る将吾が顔を覗き込み、息を呑む。

 文乃は唇を噛んだまま、ぼろぼろと涙を溢れさせていた。

「……どっか行って」
「え……」
「帰って。顔、見たくない」

 嗚咽混じりに告げたところで、ようやく将吾は紙袋の中身が破損したことに気づいたようだった。

 それが文乃にとって、とても大事なものだったことも。

「あ……文乃、ご、ごめ──」


「──高良さん!」


< 19 / 42 >

この作品をシェア

pagetop