恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
紳士の皮
 静かな車内に、街灯の明かりが絶え間なく流れていく。

 冬に向けてライトアップされた街路樹をぼんやりと眺めていると、文乃の膝に置いていたスマホに通知が届いた。

『あら〜羽衣石さんと?』
『帰らなくてもいいよ』

 ニヤニヤした猫のスタンプ。母のふざけたメッセージに苦笑しつつ、スマホを鞄に突っ込んだ。

 ついでに涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔を、ハンカチで拭っておく。

 そこでちらり、隣を窺う。

 運転席では、いつもより僅かに険しい表情を浮かべた昴がハンドルを握っていた。

 淡いアンバーの瞳に街明かりが映り込み、鮮やかに煌めく。引き結ばれた唇は、文乃に何か尋ねたいのを必死で我慢しているようにも見えた。

 そしてその我慢は、二つめの赤信号に引っ掛かったところでとうとう限界を迎えたらしい。

「先程の男性は、高良さんのお知り合いですか」
「……はい。前に、付き合ってた人です」
「浮気をされて別れたという、ろくでもない男ですね」
「覚えてたんですね」
「高良さんのお話は全部覚えています」

 昴はそこで言葉を区切ると、少しの躊躇を挟み、再び口を開く。

「……なぜ泣いていたのか、伺っても」

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