恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
「……ど、どうして、そこまで」
「分かりません。ただ、文乃さんに助けていただいた日から今日に至るまで、あなたに対する愛おしさは留まることを知りません。言葉を交わして、間近で笑顔を見るごとに……もっといろんなあなたが欲しくなる」

 大きな手が、文乃の頭を包み込むように撫で下ろし、頬へと掛かる。赤くなった目尻を親指でなぞった彼は、ゆっくりと額を突き合わせて告げた。

「ですが私ではない他の男が出させた涙など、見たくない。……文乃さん」
「……はい」
「目を閉じてくれますか。嫌でなければ」

 言葉を詰まらせた文乃は、見開いた瞼を震わせる。やがて返事の代わりにおずおずとまつ毛を伏せていけば、互いの鼻先が微かに触れて、やわらかな感触が唇に訪れる。

 重ねるだけの優しい口付け。文乃が無意識のうちに体を縮こまらせるのと同様に、彼女を抱きしめる昴の腕にも力が込められた。

 唇が触れたまま薄く瞼を開けば、それに気付いた昴も薄い瞼を持ち上げて、熱い吐息を短く吐き出す。

「……ん」

 離れたのはほんの一瞬。再び口を塞がれ、今度は深く食まれていく。

 いつも品良くティーカップに触れている彼の唇が、まるで文乃の口内を隈なく探るように、貪るように。

 引っ込んでいた小さな舌まで絡め取られる頃には、文乃は息も絶え絶えになってしまっていた。

 ようやく解放された文乃が涙を滲ませていることに気付き、昴は満足げにうっとりと微笑む。

 優しげな笑みでは到底隠し切れない色情を前に、文乃は座席にぐったりと凭れたまま背筋を震わせた。

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