恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
「文乃さん。……あなたが好きです」
「……!」
「察してはいるでしょうが、私は──恋愛とは縁遠い人生を送ってきましたので、妙な行動を取っていろいろと戸惑わせてしまったと思います。……出会い頭に大金を見せつけるとか」

 熱をはらんだ眼差しはそのままに、急にいつもの昴が戻ってきて文乃は目を瞬かせる。つい小さく笑ってしまえば、彼もふわりと笑った。

「私自身も初めてのことに戸惑いながら、それでも文乃さんに会いに行くしかありませんでした。会って、あなたが──……もう一度、恋をする気になってくれるまで」

 その言葉に文乃ははっとした。

 最初に交際を望まれたとき、「恋愛はしばらく遠慮したい」と言って断ったことを、昴はずっと覚えていたのだろう。

 だからこそ喫茶店での限られた時間で、客と従業員という関係を崩さないよう一定の距離を保っていたのかもしれない。

 元交際相手と何があったのか深く聞くことはせず、ただひたすら、文乃の心が開くのを待っていた。

 しかし昴はそこで後悔するように、苦々しい表情で言う。

「……そう決めていたんですが、すみません。泣いている文乃さんを見たら、我慢が出来ませんでした。機が熟すのを待つのは得意な方なんですが、何とも……」
「……。やっぱり商社の方はそういうスキルも大事なんですか?」
「はい。でも恐らく恋愛に応用はできなさそうなのでもう止めます」

 だからスーツ着てたのか、などと思い出し笑いをしそうになったところで、文乃は昴の手をそうっと掴んだ。

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