恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
 ぴくっと眉を動かした彼が繋がれた手を一瞥し、意図を問うような瞳で文乃を見る。

「……昴さん。私が泣いてたのは、あの人がどうのこうのというより……昴さんから貰ったティーカップが割れちゃったことの方が大きいです」

 文乃の言葉を飲み込み、昴はひとつ瞬きをして、続きを促すように頷いた。

「大事な、物なんです。今日帰ったら、母に見せびらかすつもりでした。友達ならともかく──好きな人から贈り物を貰うなんて、初めてだったから」

 声が震える前にと一息に言ってしまえば、沈黙が訪れる。

 昴は呆けたような顔で暫し硬直した後、みるみる目許を赤く染めて、繋いでいない方の手で口を覆ってしまった。

「…………す、きと、言いましたか」
「はい」
「一目惚れした女性に大金を持って迫った珍獣としてではなく?」

 珍獣。文乃はそんなわけないと笑って否定した。


「私の淹れた紅茶に毎回美味しいと言ってくれて、私の好きなものを聞いて贈り物を選んでくれて、私が泣いてたら急いで駆けつけてくれる、素敵な男性としてです」


 私には勿体ないくらいの、と付け足せば、何やら慌ただしい動きで抱きしめられた。

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