恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
 ──見返りを、求めたわけではなかった。

 好きな相手には笑っていてほしい。嫌な思いは出来るだけしてほしくない。二人で日常の些細な幸せを積み上げていけば、辛いことも乗り越えられるのではないかと──その考え方は、今も昔も変わらない。

 だが、文乃の思いに寄り添ってくれる人は今までいなかった。文乃の些細な気遣いは「あって当たり前」で、将吾を初めとした人たちが何かを返してくれることは終ぞなかった。

 同じ優しさを同じだけ返してくれというわけではない。何か別の形でも良いから、恋人として、パートナーとして、与えたり分かち合ったりがしたかった。

 だから、嬉しかったのだ。

 昴からティーカップを貰ったことも。そのお返しを考える時間も。多分、これが自分の理想と近い関係で、昴となら──互いを大事にし続けられる気がしたから。

 そしてその予感は、今の言葉で確信に変わった。

「昴さん」
「はい。……はい? 文乃さん、泣いて」
「好きです」

 昴が息を呑んだのが分かった。

「どんな服着てても格好良くて、いつも優しくて、少しずつ私のこと知ろうとしてくれる、昴さんが、好きです」

 泣き顔をまじまじと見られるのは嫌なので、文乃は昴の首にぎゅうとしがみついて伝える。

「一回断ってしまったけど、私と……お付き合い、してくれますか」

 掠れた声で途切れ途切れに告げれば、背中を支えるだけだった腕が強まり、こめかみの辺りに昴の唇が押し付けられた。

「……喜んで」

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