恋愛経験ゼロの御曹司様が札束で口説こうとしてきた
「晩酌に誘ったのは私です。文乃さんが謝る必要はありませんよ」
「いやでも」
「それに迷惑なんてとんでもない。可愛かったです」

 ぎゅ、と抱き締められながら言われた言葉に、文乃は冷や汗をにじませる。
 これは詳しく尋ねると、羞恥で死にそうになること間違いなしだと。

「……あっ、ええと、お腹空きましたね」
「そうですね。昨日は文乃さんが積極的で何か食べる暇もありませんでしたし」
「す、昴さん!!」

 話を逸らそうとしたのに強引に戻され、文乃は非難めいた声を上げてしまう。すると昴はくすくすと笑って、彼女の頭を撫で下ろした。

「昨日は昴と呼んでくれたのに」
「へ!?」
「もう呼んでくれない?」

 耳に唇を押し付けて囁かれ、文乃は真っ赤になってしまう。目を白黒させては言葉にならない音を発し、とうとう顔を覆って。

「う、嘘ですよね」
「はい」
「昴さん!!」

 しれっと返ってきた肯定に振り返れば、昴は楽しそうに笑っていた。悪戯好きの子供みたいな無邪気な表情に、文乃はあっという間に毒気を抜かれ、頬の赤みを引きずったまま溜息をつく。

「……意外と意地悪ですよね、昴さん」
「文乃さんと話すのが楽しくて。すみません、機嫌を直してください」
「お、怒ってはいません、けども」

 こめかみにキスを落とされ、文乃はわたわたと首を振る。

「酔っててあんまり覚えてないので、その……次はお酒、なしで……」
「次」
「はっ」

 しまったと口を塞いでも時すでに遅し。横目に覗えば、上機嫌に微笑む昴が頬杖をついていた。

「文乃さんは私を期待させるのが上手ですね」
「いや違っ、今のは言葉の綾というか」
「今日の夜が楽しみになりました。とりあえず朝ご飯にしましょうか。あ、先にゆっくりシャワーも浴びてください、立てますか?」
「え、今日っ? 待って昴さん、た、立てます立てます!」

 またもや上手いこと丸め込まれた文乃がその日の夜、酒を飲んだ方が良かったかもしれないと、少しばかり後悔したのは言うまでもない。


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