いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「うん。篠原くんとは2年生の頃から友達だよ?」

「えー、そうなんだー」

 ちなちゃんの言葉に、山口さんの目の端がぴくりと震えた。

「篠原くんと本田さんが知り合いなんてびっくり。何が切っ掛けで仲良くなったの?」

 なんか山口さんの言い方、トゲがあるなぁ……。ちなちゃんは全然気にならないみたいだけど……。

「学校にスマホ忘れちゃって戻った時に、たまたま篠原くんと会って一緒に帰ったの。仲良くなったのは、その時がきっかけだよ」

「そ、そうなんだー」

 ……なんだろう。山口さん、顔は笑ってるのに絶対機嫌悪い。初対面のわたしでさえわかるぐらいには機嫌悪い!

 わたしはそっと腰を上げてそろそろと部屋から出て行った。とりあえず、トイレに行って避難だ。




 トイレを済ませると、リビングに戻るのも億劫で、つい2階の篠原くんの部屋に逃げ込んでしまった。そっとドアを閉めて、篠原くんのそばまでくると、へなへなと座り込む。

「……どうしよう、篠原くん、わたし学校無理だ……」

 だって、学校には山口さんみたいな怖い子がいっぱい居るんだもん……。じろじろ見てくるあの男の子みたいな、デリカシーが無い子もいるし、新島くんのこともあるし、絶対胃に穴あくわ……。
 寝てる篠原くんに弱音言っても仕方ないけど、起きてる篠原くんにも言いづらいし。


 篠原くんが少し身動(みじろ)ぎして、わたしは咄嗟に口をつぐんだ。篠原くんを起こしたらいけない。

 篠原くんの寝顔を眺めているうちに、だんだん心が落ち着いてくるのが分かった。

 いつのまにか、篠原くんの側にいるのが一番落ち着くようになっちゃったな。初対面の時は、篠原くんが怖くて仕方なかったのに。今はすっかり馴染んでしまったというか、なれてしまったというか。篠原くんのそばにると、勉強会をしているときの“日常”が戻ってくるような、そんな安心感がある。

 初めの頃は、篠原くんの友達になんて、絶対になれないって思っていたのに。

「篠原くん」

 早く元気になってね。

「なに、津田さん」

 まだ眠そうなぼんやりとした黒い瞳がわたしを見つめて、穏やかに微笑んだ。
 突然篠原くんと目が合って固まっていると、急に恥ずかしくなってきた。篠原くんに寝顔を眺めていたことがばれてしまったのだ。

「お、起こしちゃいましたか? す、すみません、寝ていたのに!」

 ね、寝顔見てたのも、別に見たくて見てたわけじゃないというか、やましい気持ちがあったわけじゃなくて、ちょっと、休憩というか心の安定のために逃げてきたというか!!

「ううん。ずっと寝ていたから、そろそろ起きないと。津田さん、見舞いに来てくれてありがとう」

「あっ、はいっ、ど、どういたしまして! ち、ちなちゃんと、あ、あと他の子たちも来てますよ!?」

 動揺が治まらないまま、捲し立てるように喋ると、急いでおじさんに報告しようと立ち上がった。

「いっ、今、みんなを呼んで来ます!」

「ありがとう。でも、風邪をうつしたくないから、呼ばないで。心配かけてごめんねって伝えておいてくれる?」

 篠原くんが困ったように笑うのを見て、わたしはやっと落ち着くことができた。真っ先に人に風邪がうつる心配をするところが、やっぱり篠原くんらしい。でも、せっかくみんな篠原くんに会いたくて来たんだから、会ってあげて欲しいな。

「篠原くんの顔色いいですし、辛くなければ、ちゃんと会ってあげてください。みんな篠原くんのために来たんです」

「……うん。わかった」

 篠原くんは益々困った顔で笑った。



 おじさんに、篠原くんの目が覚めたことを伝えると、わたしはひとり抜け出して、一足早めに帰路についていた。
 ちなちゃんにはLINEで、先に帰ると伝えてある。きっと今頃、みんな篠原くんとお話ししている頃だろう。

 やっぱりわたしは教室復帰しようと思う。たしかに山口さんみたいな子がいるのは怖いけど、目立たないように過ごせばいいんだし、篠原くんと約束しちゃったしな。

 ……なんだろう。遠くから「おーい」って声が聞こえてくる。

 足を止めて振り返ると、ずっとわたしのことをじろじろ見ていた八つ橋男子が追いかけてきていた。
 びっくりしたわたしに、男の子はにかっと口を大きく開けて笑う。

「お前、津田成海だろ。2年の頃同じクラスだった。俺、神谷亮。よろしくな!」

 篠原くんから、要注意人物として聞いていた、その名前を聞いた時、わたしは悟った。



 終わったわ……。
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