いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「うちの学校では、個別でテストを受けさせたという事例は聞いたことがないからなぁ……」

 問題は、いつ、どこで実地するかだ。成海が学校に来ないのであれば何の意味もない。

「テストの実地に関してですが、自宅で受けられるようにしていただくか、放課後などの時間帯に、特別に実地していただけたらと思うんです。津田さんのために、どうか時間を作ってあげてくれませんか。お願いします」

 増田はなおも二の足を踏むように、うーんと唸り声をあげた。

「自宅でのテストが許可できるかは、先生一人では決められない。それに、1年の問題を用意するとなると、他学年の先生からの協力も必要になるだろうし……。こればかりは先生一人が決められることでもなぁ」

「他の先生にも、お話だけはしています。賛成はしていただけますが、やはり増田先生しだいだそうで……」

 他の先生の耳にはすでに入っている上で、好意的に受け止められているのであれば、担任である自分が渋るのもおかしな話しだ。増田は苦々しく考えた後、「わかった。職員会議で提案してみよう」と頷いた。

「しかし、篠原も頑張ったんだな。津田のやつ、人見知りするだろ。誰にも心を開かないんじゃないかと思っていたぞ」

 1年生の頃から受け持ちだった増田にとって、津田成海は苦手な部類の生徒だった。内向的で自分を出そうとしない彼女は、いつもぼんやりしていて何を考えているか分からない生徒だったのだ。

「もしかして津田のやつ、篠原に気があるんじゃないか?」

 ほんの冗談のつもりで言うと、「津田さんは、そんな人じゃありません」と咲乃がぴしゃりと遮った。いつも穏やかな咲乃にしては珍しい反応に、増田は、思わず笑った顔のまま表情をこわばらせた。

 咲乃は、悲しむように目を伏せた。

「きちんと向き合ってあげれば、応えてくれる人です。自分の気持ちを言葉にするのが苦手みたいなので、他人(ひと)からは誤解されるようですが……」

 夕日の柔い光が、彼の白く透明な肌を染める。長い睫毛が下に落ちると、その線がぼやけ光をはじくように、光沢に輝いているようにさえ見える。そのあまりの美しさに増田はたじろいだ。けして触れてはいけない美術品を前にしたときのような、危険な緊迫感がある。増田は息を呑んで、危うい静けさをもつその生徒を見つめた。

「……津田さんの悩みを聞いて、僕もクラスメイトとして津田さんのために何か力になりたいと思ったんです。最初は確かに大変でしたが、それでも津田さんは僕を信じてくれました」

 咲乃は溜息をつき、悲しそうに儚く笑った。

「津田さんも、津田さんなりに頑張っているのに、そんな風に言われてしまうのは……可哀想です」

 ひとりのクラスメイトのことを真剣に考えている咲乃に、増田は目が覚めるようだった。

「……そ、そうだな……そうだよな。悪かった。先生が軽率だったよ。せっかく津田がやる気をだしてくれているのに、それを茶化すみたいな言い方、だめだよな」

 津田成海のことは個人の問題だけではない。これはクラスの問題だ。クラスメイト一人ひとりが真剣に考え、向き合い、取り組まなければならない問題だ。咲乃の言葉に、改めて大事なことに気付かされる。

 今まで、彼のように真剣にクラスメイトのことを想う生徒は居なかった。もし、もっと早くに彼のような生徒がいてくれれば、津田は登校出来たかもしれないのに。

「津田の件はな、先生も困っていたんだ。クラスメイトなのにみんな関心がなくてな。冷たいものだよ」

 増田は心から感心した。まるで、咲乃が完璧で理想的な生徒像を体現するかのようだと。一番はじめに匙を投げた人間が、誰に問題を押し付けているのか。少年が、そう自分の担任を冷静に捉えていることなど知らずに。

「よし、わかった。津田のテストの件は先生に任せなさい。篠原のサポートもあれば、きっと津田も大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

 増田が期待を込めて力強く咲乃の肩を叩くと、咲乃は眩いばかりの笑顔で礼を言った。

 急遽開かれた職員会議で、増田の提案は他の先生からの助言もあってスムーズに進んだ。学年担当の違う、1年生担当の教職人も全員協力的だった。津田成海の学校復帰を目指す貴重な機会として、日程も時間帯も、彼女の負担がないように配慮されて決められた。

 誰もが津田成海への特別な処置に賛同した。しかし、成海のために行動していた教師は、そこに誰一人いなかった。
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