いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
 今頃、悠真は帰っている頃だろうか。
 村上の方は一人で帰れたのだろうか。親に一体なんと言い訳するのだろう。プライドの高い村上のことだ、悠真にやられたなんてことは、死んでも言わないはずだ。

 自然な流れで篠原と一緒に帰ることになったが、思えばふたりきりになったのは初めてだ。帰りの道をぎこちない距離感で歩く。ぎこちなく思っているのは日下だけだろうが。
 そもそも、日下は篠原を受け入れていない。受け入れるには、篠原に対していろいろと思うことが多すぎる。一人を好む篠原が、悠真のグループ内にいるのだって十分違和感なのに。

「日下くんって、新島くんとはいつからの付き合いなの?」

 しばらく無言で歩いていると、篠原から話しかけられた。

「保育園が一緒だったんだ。それからの付き合い。小学校も一緒だったしな」

「そうなんだ。随分長いんだね」

「まぁな」

 返し方も心なしかそっけなくなる。篠原が気づいているかは、表情から読み取ることはできなかった。

「そういえば今日、神谷が言ってたぜ。篠原が遊びに来ねぇから不満なんだって」

「そう」

 随分そっけない返答だ。篠原にとって、神谷はそれほど友達だと思っていないのだろうか。2年の時に同じクラスだったと聞いていたが。随分ガサツそうなやつだったし、親しいと思っているのは、実は神谷だけなのかもしれない。

 胸の奥に僅かな痛みを帯びる。まるで自分が悠真に対して感じていることが、そのまま自分に返ってきたかのような痛みだった。

「その時に、神谷に言われたよ。俺たちのクラスが気持ち悪いって。あいつ、随分失礼なこと言うよな」

 嫌味を含んだ言い方になったのは、自分の気持ちを隠すためだった。悠真と自分が、本当は親友と言えるほどの仲ではないかもしれないと悩んでいることを、他人に悟られたくはなかった。特に、悠真が異様に特別視している存在には。

「そう」

 先程と同じくそっけない相槌だったが、篠原の口の端が少し上がったように見えた。

「神谷の言うことは気にしなくていいよ。あいつの言葉の8割はゴミだから」

 日下は思わず自分の耳を疑った。篠原がこんなにはっきり他人を悪く言うのを初めて聞いた。

「神谷は正しいよ」

 日下が吐き捨てる。腹が立っていた。先程まで自分と神谷を重ねていたのが馬鹿みたいに思えたのだ。篠原と神谷の関係が、悠真と日下の関係と同じなわけがないのに。

「お前が来てから、悠真はいつも何かにイラついてる。いつもピリピリして、そのせいでクラスの雰囲気まで悪くなって……、全部お前がっ――!」

 激高のあまり言葉に詰まった。あらゆる疑問が頭の中を濁流のように溢れて止まらない。

 なんで、悠真は西田をあんなに嫌ってた。
 なんで、悠真は篠原を特別視するんだ。
 なんで、悠真は篠原を過剰に守るんだ。
 なんで、悠真は俺に何も相談しない。
 なんで、何も頼ってくれない。
 悠真は何に苦しんでる。何に苛立ってる。
 何にこだわってる。

 篠原(こいつ)が来てから悠真が変わった。篠原(こいつ)のせいで悠真が狂っていく。

  ――なんで、なんで、なんでだ!!


 日下は、爆発しそうな怒りを必死で抑えた。篠原にぶつけたところで、納得のいく答えが返ってくるわけがない。
 悠真がおかしくなったのは、篠原が直接なにかしてそうなったわけではないのだから。

 日下はようやく気持ちが落ち着くと、改めて篠原を真っすぐに見据えた。

「お前も悠真も、何にムキになってるのかは知らない」

 数多の疑問が頭の中で渦巻いても、悠真と篠原を見ていればわかる。二人の間にある、底の深い溝を。しかし、その溝を指摘することはとてつもない恐怖が伴った。

 日下は声が震えないよう、唾をのみ込んだ。

「けど、これ以上悠真を焚きつけるのは止めてくれないか? お前が悠真に逆らえば逆らうほど、あいつはどんどん過剰になっていくんだよ」

 ずっと、悠真と篠原のことが怖かったのだと改めて気付いた。この二人の溝は、明らかに異常だったから。それでも、言わなければならない。悠真(親友)を守るためには。

「俺は、あいつが傷つくのは見たくない。もし、お前のせいで悠真に何かあったら、俺はお前を許さない」

 日下にとって出来る限りの篠原への忠告だった。内心恐怖で震えていても真っすぐ篠原を見据え続ける。

 篠原は、ぞっとするほど穏やかな顔をしていた。

「大丈夫。日下くんが心配していることは起こらない」

 篠原はそう言って緩やかに笑った。

「こんなこと、きっとすぐに終わるよ」





 翌日、村上は学校に来なかった。悠真が村上を切ったのだ。このクラスでは、悠真に切られた人間に居場所はない。

 篠原はあんなことを言っていたが、本当に、こんなことは終わるのだろうか。

 日下は、昨日篠原に言われたことを思い出して、きつく拳を握り締めた。



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【日下 英明】
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