いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「高木さん」
淡々とした智子の声に、高木達の笑い声は止まった。シラけた顔をして、高木は智子を睨んだ。
「なに」
高木を見下ろす智子は、マスクと深い帽子をかぶっていて表情が見えなかった。周囲の女子たちも、その異様な格好をした智子を見上げて嗤いを堪えている。
智子が掲げたものを見て、高木は息が止まった。大きく出されたカッターの刃。認識すると同時に振り下ろされる。
女子たちの悲鳴が響いた。
*
安藤智子の件で、教室にいた生徒は全員一人ずつ個別に呼び出され、担任との面談が行われた。
高木は振り下ろされたカッターの刃を避けた際に手首を捻ったくらいで、運よく無事だった。それでも酷く取り乱し、増田が視聴覚室で事情を聴いている間も泣き続けていた。
「安藤さんが怖い」「次は本当に殺されるかもしれない」「先生、安藤さんを退学させてください」。
涙ながらに訴える高木をなだめ、増田が「中学生は義務教育の関係上、退学処分にすることは出来ない」こと伝えると、高木は泣き顔を赤くさせ「あたしが死んだらどうするんですか!?」と激怒していた。
次に安藤との面談になると、安藤は血の気の引いた真っ白な顔をして、黙ったまま椅子に座った。
「……安藤、大丈夫か?」
「……」
増田は気をつかって穏やかに話しかけたが、安藤からは何も返事が返ってこなかった。
「どうしてあんなことをしたんだ? 怒らないから、先生に話してくれないか?」
「……」
「あれはただの悪ふざけだったんだろ? 高木を傷つけるつもりはなかったんだよな?」
「……」
安藤は始終無言で、感情のない目をして増田の後ろにある窓の外を見つめ続けていた。怒鳴っても諭しても、安藤の心に響いている様子はなかった。一時間近く粘ったが、安藤は黙ったまま結局何も話さず、迎えに来た母親と共に帰って行った。
他の生徒たちは、恐怖が過ぎると興奮して饒舌になり、あらゆる憶測を並べたてて安藤のことを怖がった。「安藤さんは大人しい子だったから、あんなことをするとは思わなかった」という生徒もいれば、「前々から安藤はおかしいと思っていた」という生徒もいる。「ニュースに載ったりするのか」と好奇心丸出しで聞いてくる生徒もいた。
特に高木と親しい女子たちは、「高木さんが変な因縁をつけられて可愛そうです。安藤さんを警察に突き出した方がいいと思います」と訴えた。
結局、安藤がなぜ高木を傷つけようとしたのか、明確な理由がわからないまま、増田は途方に暮れた。後日、安藤と高木の両親を呼んでの事情説明もあるというのに、事情が何も分かっていないようでは担任としての責任能力も問われてしまう。
その場にいた生徒の話しをあらかた聞いた後、最後に悠真を呼んだ。悠真は交友関係が広い。クラスメイトの事情も良く知っているはずだと期待していた。
視聴覚室に呼ばれた悠真は、落ち着いた様子で増田の前の椅子に座った。視線だけを動かして、興味深げに周囲を見渡している。この状況を面白がっていることがありありとわかった。
増田は一つ咳払いをして、話を切り出した。
「あー、なぜ呼び出されたかは察しがついているとは思うが――」
「安藤さんと高木の事?」
悠真の緊迫感のない飄々とした態度に、増田は呆れた。騒ぎの時教室にいなかったためか、他の生徒よりも若干呑気だ。
「あー、そうだ。うん。すまないな、新島。関係ないのはわかっているんだが……」
「どうせ他のヤツに聞いても、大した事聴けなかったんでしょ」
「あ、……あぁ。そうなんだ」
悠真に見透かされて、教師として少々苦い気持ちになる。
「みんなに話を聞いても、なぜこんなことが起こったのかわからないと言われてな。安藤はなんというか……少々個性的な生徒だったろう。今回の件も理由がわからなくてな」
安藤はクラスの中でも浮いていた生徒の一人だった。要は変わっていたのだ。早口でマイペースな喋り方をして受け答えも若干ずれていたため、クラスではいつも一人だった。休み時間中は教室で絵を描いたり漫画を読んで過ごしていて、他クラスに友達がいるような気配もない。増田にとっても安藤は掴みどころがなく、よく分からない生徒だった。
悠真は少し考えるように視線を斜め上に向けて、首を傾げた。
「みんなは何て言ってたの?」
「安藤が授業中、高木に悪口を言われたと騒いだ件があったろう。たぶん、それで因縁をつけられたんじゃないかとは言われたよ」
増田も思い当たる節はそれ以外無いのだが、その時高木は安藤にきちんと謝っていたし、安藤もそれで納得したはずだった。
淡々とした智子の声に、高木達の笑い声は止まった。シラけた顔をして、高木は智子を睨んだ。
「なに」
高木を見下ろす智子は、マスクと深い帽子をかぶっていて表情が見えなかった。周囲の女子たちも、その異様な格好をした智子を見上げて嗤いを堪えている。
智子が掲げたものを見て、高木は息が止まった。大きく出されたカッターの刃。認識すると同時に振り下ろされる。
女子たちの悲鳴が響いた。
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安藤智子の件で、教室にいた生徒は全員一人ずつ個別に呼び出され、担任との面談が行われた。
高木は振り下ろされたカッターの刃を避けた際に手首を捻ったくらいで、運よく無事だった。それでも酷く取り乱し、増田が視聴覚室で事情を聴いている間も泣き続けていた。
「安藤さんが怖い」「次は本当に殺されるかもしれない」「先生、安藤さんを退学させてください」。
涙ながらに訴える高木をなだめ、増田が「中学生は義務教育の関係上、退学処分にすることは出来ない」こと伝えると、高木は泣き顔を赤くさせ「あたしが死んだらどうするんですか!?」と激怒していた。
次に安藤との面談になると、安藤は血の気の引いた真っ白な顔をして、黙ったまま椅子に座った。
「……安藤、大丈夫か?」
「……」
増田は気をつかって穏やかに話しかけたが、安藤からは何も返事が返ってこなかった。
「どうしてあんなことをしたんだ? 怒らないから、先生に話してくれないか?」
「……」
「あれはただの悪ふざけだったんだろ? 高木を傷つけるつもりはなかったんだよな?」
「……」
安藤は始終無言で、感情のない目をして増田の後ろにある窓の外を見つめ続けていた。怒鳴っても諭しても、安藤の心に響いている様子はなかった。一時間近く粘ったが、安藤は黙ったまま結局何も話さず、迎えに来た母親と共に帰って行った。
他の生徒たちは、恐怖が過ぎると興奮して饒舌になり、あらゆる憶測を並べたてて安藤のことを怖がった。「安藤さんは大人しい子だったから、あんなことをするとは思わなかった」という生徒もいれば、「前々から安藤はおかしいと思っていた」という生徒もいる。「ニュースに載ったりするのか」と好奇心丸出しで聞いてくる生徒もいた。
特に高木と親しい女子たちは、「高木さんが変な因縁をつけられて可愛そうです。安藤さんを警察に突き出した方がいいと思います」と訴えた。
結局、安藤がなぜ高木を傷つけようとしたのか、明確な理由がわからないまま、増田は途方に暮れた。後日、安藤と高木の両親を呼んでの事情説明もあるというのに、事情が何も分かっていないようでは担任としての責任能力も問われてしまう。
その場にいた生徒の話しをあらかた聞いた後、最後に悠真を呼んだ。悠真は交友関係が広い。クラスメイトの事情も良く知っているはずだと期待していた。
視聴覚室に呼ばれた悠真は、落ち着いた様子で増田の前の椅子に座った。視線だけを動かして、興味深げに周囲を見渡している。この状況を面白がっていることがありありとわかった。
増田は一つ咳払いをして、話を切り出した。
「あー、なぜ呼び出されたかは察しがついているとは思うが――」
「安藤さんと高木の事?」
悠真の緊迫感のない飄々とした態度に、増田は呆れた。騒ぎの時教室にいなかったためか、他の生徒よりも若干呑気だ。
「あー、そうだ。うん。すまないな、新島。関係ないのはわかっているんだが……」
「どうせ他のヤツに聞いても、大した事聴けなかったんでしょ」
「あ、……あぁ。そうなんだ」
悠真に見透かされて、教師として少々苦い気持ちになる。
「みんなに話を聞いても、なぜこんなことが起こったのかわからないと言われてな。安藤はなんというか……少々個性的な生徒だったろう。今回の件も理由がわからなくてな」
安藤はクラスの中でも浮いていた生徒の一人だった。要は変わっていたのだ。早口でマイペースな喋り方をして受け答えも若干ずれていたため、クラスではいつも一人だった。休み時間中は教室で絵を描いたり漫画を読んで過ごしていて、他クラスに友達がいるような気配もない。増田にとっても安藤は掴みどころがなく、よく分からない生徒だった。
悠真は少し考えるように視線を斜め上に向けて、首を傾げた。
「みんなは何て言ってたの?」
「安藤が授業中、高木に悪口を言われたと騒いだ件があったろう。たぶん、それで因縁をつけられたんじゃないかとは言われたよ」
増田も思い当たる節はそれ以外無いのだが、その時高木は安藤にきちんと謝っていたし、安藤もそれで納得したはずだった。