いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
鋭く突き刺すような声に、増田は思わず怯んでしまった。恥ずかしくなって、誤魔化すように声を荒げた。
「そりゃあそうだろう。刃物を持ち出したのは安藤なんだから!」
「でも、原因を作ったのは高木さんですよね?」
再び言葉が詰まる。増田は必死に言い訳を探した。しかし、篠原は増田が考える間もなく畳みかけた。
「先程から先生は、安藤さんよりも高木さんを庇っているように聞こえます。安藤さんを追い詰めた原因が、果たして本当にいたずらだと言い切ることができますか?」
彼が口にした疑問の中に、否定的な答えは許されていない。暗にいたずらだと片付けた増田を咎める響きを伴っている。
「高木さんは、ずっと私的な理由で安藤さんに嫌がらせをしていました。安藤さんは長い間傷ついていたはずです」
静かに淡々と告げる彼の瞳には、僅かながら怒りが滲んでいた。
「あの時だって、安藤さんは必死に助けを求めていました。安藤さんが先生に助けを求められる瞬間は、あのタイミングにしかなかったのにも関わらず」
安藤は、自分が高木より増田からの好感が低いことを知っていた。高木の事で増田に相談しても、真面目に取り合ってくれないだろうと考えていた。高木は明るい性格だが、少々軽はずみな面もある。きっと悪気はないのだと、理解者ぶって安易な対応を取られるかもしれない。それなら、高木に嫌がらせを受けているタイミングで声を上げる以外に方法はない。証拠があれば高木も言い逃れできないだろうと、安藤なりに考えた末の行動だったのだ。
「先生は、未だに高木さんが安藤さんにしてきたことをいたずらだと思っているんですよね。高木さんたちの悪ふざけの延長だと。でも、安藤さんにとってはそうではなかった。だから刃物を持ち出した」
篠原の声はいつもより冷たく響き、薄暗い壁を背後にした彼の陰が、さらに濃さを増したように見えた。
「傷つけられた行為に対しいたずらで済ませようとする担任に本当のことを言ったところで、はたして何が対処できたんですか?」
ガタンと大きく、篠原の椅子が大きく揺れた。気付くと増田は、篠原の胸倉を掴んでいた。
慌てて手を放す。篠原は苦しそうに咳をしていた。頭に上った血は急激に下がり、増田はただ混乱した。教師になって、生徒に手を上げたことは一度もない。
首元を抑えた篠原の瞳が、ゆっくりと増田をとらえる。静観する少年を前に、自分のしでかしたことを自覚して増田は初めて恐怖を覚えた。
*
激しく降り続く雨の音に耳を澄ませる。開いた傘が雨粒を弾くたび、外の世界から音を消す。その世界の中で、咲乃はようやくひとりになれた気がして、ほっと息をついた。
その日は西田の家に行く約束をしていた。相談室登校を続けてから、西田はだいぶ元気になった。日高先生や成海に託したおかげだ。相談室登校をすすめて良かったと思う。
西田の成海への印象は、「変な子」だった。オタク腐女子っぽいと嫌味を含んだ評価だったが、何かと話題が被るようで上手くやっているみたいだ。
成海との勉強会が無い日は、週に1、2回くらい西田の家へ訪れて、一緒に勉強をしている。
「篠原くん、大丈夫?」
咲乃が数学の勉強を教えていると、西田は気遣わしげに咲乃の表情を窺った。
「どうして?」
「どうしてって。……最近の篠原くん、ずっと何か考え事をしていて上の空だから。何か悩みがあるのかなって思ったんだけど」
考えることは確かに多い。人前では気を付けていたつもりだったが、上の空になっている自覚はなかった。
西田は、言いにくそうに言葉をつづけた。
「教室のことで、いろいろ大変なのかなって。僕が居なくなったからって、教室はきっと、変わらないだろうから……」
西田は辛そうに顔をしかめた。
「ありがとう。でも、大丈夫。本当に何もないから」
「篠原くんって、全然大丈夫じゃないときに限って“大丈夫”って言うタイプ?」
大丈夫じゃないときに大丈夫だと行ってしまう気持ちは、西田にも分かる。西田も教室でいじめられていた時は、両親に何かあったのかと心配されても、大丈夫だとこたえてしまっていたからだ。
西田は、真面目な顔をして、まっすぐに咲乃を見た。
「篠原くんはもっと誰かを頼るべきだよ。僕だって篠原くんの力になりたいんだ。何かあったら頼ってよ!」
西田は勢い込んで言うと、ハッと何かに気付いた顔をして、見る間に顔を赤らめた。
「……篠原くんからしたら、僕じゃ何の役にも立たないかもしれないけどね」
「そりゃあそうだろう。刃物を持ち出したのは安藤なんだから!」
「でも、原因を作ったのは高木さんですよね?」
再び言葉が詰まる。増田は必死に言い訳を探した。しかし、篠原は増田が考える間もなく畳みかけた。
「先程から先生は、安藤さんよりも高木さんを庇っているように聞こえます。安藤さんを追い詰めた原因が、果たして本当にいたずらだと言い切ることができますか?」
彼が口にした疑問の中に、否定的な答えは許されていない。暗にいたずらだと片付けた増田を咎める響きを伴っている。
「高木さんは、ずっと私的な理由で安藤さんに嫌がらせをしていました。安藤さんは長い間傷ついていたはずです」
静かに淡々と告げる彼の瞳には、僅かながら怒りが滲んでいた。
「あの時だって、安藤さんは必死に助けを求めていました。安藤さんが先生に助けを求められる瞬間は、あのタイミングにしかなかったのにも関わらず」
安藤は、自分が高木より増田からの好感が低いことを知っていた。高木の事で増田に相談しても、真面目に取り合ってくれないだろうと考えていた。高木は明るい性格だが、少々軽はずみな面もある。きっと悪気はないのだと、理解者ぶって安易な対応を取られるかもしれない。それなら、高木に嫌がらせを受けているタイミングで声を上げる以外に方法はない。証拠があれば高木も言い逃れできないだろうと、安藤なりに考えた末の行動だったのだ。
「先生は、未だに高木さんが安藤さんにしてきたことをいたずらだと思っているんですよね。高木さんたちの悪ふざけの延長だと。でも、安藤さんにとってはそうではなかった。だから刃物を持ち出した」
篠原の声はいつもより冷たく響き、薄暗い壁を背後にした彼の陰が、さらに濃さを増したように見えた。
「傷つけられた行為に対しいたずらで済ませようとする担任に本当のことを言ったところで、はたして何が対処できたんですか?」
ガタンと大きく、篠原の椅子が大きく揺れた。気付くと増田は、篠原の胸倉を掴んでいた。
慌てて手を放す。篠原は苦しそうに咳をしていた。頭に上った血は急激に下がり、増田はただ混乱した。教師になって、生徒に手を上げたことは一度もない。
首元を抑えた篠原の瞳が、ゆっくりと増田をとらえる。静観する少年を前に、自分のしでかしたことを自覚して増田は初めて恐怖を覚えた。
*
激しく降り続く雨の音に耳を澄ませる。開いた傘が雨粒を弾くたび、外の世界から音を消す。その世界の中で、咲乃はようやくひとりになれた気がして、ほっと息をついた。
その日は西田の家に行く約束をしていた。相談室登校を続けてから、西田はだいぶ元気になった。日高先生や成海に託したおかげだ。相談室登校をすすめて良かったと思う。
西田の成海への印象は、「変な子」だった。オタク腐女子っぽいと嫌味を含んだ評価だったが、何かと話題が被るようで上手くやっているみたいだ。
成海との勉強会が無い日は、週に1、2回くらい西田の家へ訪れて、一緒に勉強をしている。
「篠原くん、大丈夫?」
咲乃が数学の勉強を教えていると、西田は気遣わしげに咲乃の表情を窺った。
「どうして?」
「どうしてって。……最近の篠原くん、ずっと何か考え事をしていて上の空だから。何か悩みがあるのかなって思ったんだけど」
考えることは確かに多い。人前では気を付けていたつもりだったが、上の空になっている自覚はなかった。
西田は、言いにくそうに言葉をつづけた。
「教室のことで、いろいろ大変なのかなって。僕が居なくなったからって、教室はきっと、変わらないだろうから……」
西田は辛そうに顔をしかめた。
「ありがとう。でも、大丈夫。本当に何もないから」
「篠原くんって、全然大丈夫じゃないときに限って“大丈夫”って言うタイプ?」
大丈夫じゃないときに大丈夫だと行ってしまう気持ちは、西田にも分かる。西田も教室でいじめられていた時は、両親に何かあったのかと心配されても、大丈夫だとこたえてしまっていたからだ。
西田は、真面目な顔をして、まっすぐに咲乃を見た。
「篠原くんはもっと誰かを頼るべきだよ。僕だって篠原くんの力になりたいんだ。何かあったら頼ってよ!」
西田は勢い込んで言うと、ハッと何かに気付いた顔をして、見る間に顔を赤らめた。
「……篠原くんからしたら、僕じゃ何の役にも立たないかもしれないけどね」