いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

 カン――――。

 金属の乾いた音が響き渡ると、長い余韻を残して音が引いた。バットのヘッドは西田の背中にではなく、コンクリートの地面の上にあった。

 咲乃が、悠真の提案を蹴ったのだ。悠真は失望した表情で、静かに瞑目した。

「終わりだ、篠原」

 溜息に似た声で言った。


 村上たちの怒号が弾けた。咲乃は西田から離れると、空を切る音を聞き取り反射的に身体を逸らす。バットが目の前で空を切った。
 右から来る。続いて左、顔スレスレに風が走る。腹、足、肩、後ろ――全て避ける。顔面に来る。持っていたバットではたき落とした。金属同士のぶつかる衝撃で手が痺れる。

「っ……!」

 咲乃は顔を顰めると、グリップを握る手に力を込めた。

 咲乃は村上たちの攻撃を搔い潜り、持っていたバットを一番近い人間に向けて投げた。中心軸からぐるぐる旋回しながらバットが飛ぶ。怯んだ相手に一瞬の隙が生まれると、咲乃は転がるようにして西田のそばまで近づく。制服の内ポケットに忍ばせていたカッターナイフを取り出し、西田の足のガムテープを切った。すぐさま腕を掴んで西田の身体を引き上げる。目の前で村上のバッドのヘッドが地面を叩いた。

 瞬間、咲乃は村上の懐に向かって間合いを詰めた。村上が慌てて上体を引く。鈍く鋭い光の線が走ったかと思うと、村上の眼前にカッターナイフが突きつけられていた。

 村上は突然現れた刃物に表情を凍らせた。ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと咲乃から後退する。緊張から、一筋の汗がこめかみから顎の下まで伝って落ちた。

「おいおい、優等生が刃物(そんなもん)持ち歩いてんのかよ」

 村上が、ハッと短く空笑いして嫌味を言った。

 咲乃は、カッターナイフを突きつけたまま村上の方へと前進した。バットはリーチが長い分ナイフよりかは優位だが、間合いを詰められれば危険だ。村上は、咲乃に誘導されるようにして、後ろへ下がった。

 咲乃は西田から十分離れたところまで来ると、カッターナイフを掲げたまま、視線だけを動かして村上たちの動きを観察した。
 村上たちはバットを構えたまま、咲乃に近づきすぎないようジリジリと間合いを取りながら咲乃の出方を窺っている。


 しばらく互いに睨み合いが続いた後――、咲乃は一つ息をつき、何を思ったのか掲げていたカッターをおろした。降参するように両手を挙げる。

 驚く村上たちに見せつけるように、ゆっくりと手を開いた。
 手の中から、カッターナイフが滑り落ちる――。

 カタン。地面にカッターナイフが落ちた。


 駐車場内に、村上たちの怒号が響き渡る。無防備となった咲乃の顔面に拳が入った。続いてすぐに腹に衝撃を受ける。咲乃の口の中から異物感がこみ上げた。

 頬に固い衝撃。痛みを感じるまでもない猛攻が咲乃に襲い掛かる。立っているのもままならず、咲乃が膝をつくと、ようやく悠真が村上たちを止めさせた。

 視界がうまくかみ合わない。白い光と、無数の陰。
 滞った思考の片隅で西田の姿を探す。捨てられたゴミのように丸まった塊を見つけた。

 咲乃は短く息を繰り返した。口の中が気持ち悪い。地面に吐き出した。唾液が赤い。身体中至る所が熱を帯びたように熱く、身体の痛みよりも耳鳴りが気になった。

 地面に何度もえずいていると、腕を引かれて立たされた。膝に力が入らず、身体がかしぐ。胸倉を掴まれる。焦点は目の前に迫る人の形をとらえるのをやめていた。ぼんやりとした陰。息が顔にかかった。

「なんで西田(アイツ)を庇う。お前が背負って価値があるような奴じゃないだろ」

 押し殺した声に、途方もない怒りが見えた。咲乃は何も答えず、ただ短い息を繰り返す。腹を殴られた衝撃で、息が上手く吸えない。

「ゴミは死んだって構わない。お前だってそう思ってたはずだ」

 身体を揺すられて頭が動く。必死に自分の足で立ってみようともがくが、全く力が入らない。少し焦点が合いかけたころ、再び頬に打撃を受けた。
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