いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep64 ヒグラシの鳴く頃に、キミへの想いを乗せて

 桜花咲受験をすると決めてから、わたしの勉強は本格的に受験に向けたものへと変わった。

 篠原くんが作ってくれた1日のスケジュールによると、ご飯とお風呂と寝る時以外はずっと勉強だ。篠原くんとの勉強会もほぼ毎日行われる。早朝の6時ごろから篠原くんにLINEでたたき起こされて1時間の勉強、夕食後から就寝までの時間は、篠原くんと通話をつなげてのオンライン勉強会。完全なる監視体制だ。もちろん、ゲームをやる時間もアニメを観る時間も、SNSでだらだら過ごす時間も一切ゆるされない。

 受験勉強開始の1日目、既に心が折れそうです。

「……ひ……干からびる」

 ダレカ……ワタシ二命ノ水ヲ……腐成分ノ供給ヲ……ダレカ……。

「なるちゃん、元気出して、なるちゃん」

「ちなてゃん……」

 ありがとう、天使。ちなちゃんの優しさだけが、わたしの救いだよ。

 今日、篠原くんは、学級委員の用事があって勉強会に遅れるとの連絡を受けている。大変だなぁ、学級委員長って。クラスの雑務を、放課後残ってやんなきゃいけないんだもんな。

 そんなわけで、篠原くんが来るまでの間、ちなちゃんと二人だけの勉強会だ。ちなちゃんの勉強を、わたしが見てあげる。難しい範囲ではないので、今日くらいは篠原くんがいなくても問題ない。

 篠原くんは、わたしとちなちゃんのふたりだけにしておくと、お喋りばかりして勉強が進まないんじゃないかと心配してたけど、そんなものは杞憂だと思う。

「なるちゃん、志望校決めた?」

「うん、第一希望は決まったよ」

「どこどこ!?」

「……わ、笑わないでよ?」

「えー、笑うわけないじゃん!」

 そ、そうだよね。ちなちゃんは優しくて可愛い天使なんだもん。天使のちなちゃんがわたしの志望校で笑うわけないか。

 お母さんには、寝言は寝てから言えって言われたけど。

「えぇっとね、実はわたし、桜花咲を受けようと思ってるんだ」

 やっぱり、人に桜花咲のことを言うのって恥ずかしいなぁ。神谷くんはすごいよ。平気で桜花咲を受けるって人に言えちゃうんだもん。改めて考えるとすごい鋼メンタルだ。

「……えっと……ちなちゃん?」

 あれ。なんか、全然反応ないな。

 わたしがちなちゃんの顔を見ると、ちなちゃんは驚きすぎて声が出ないのか、目を真ん丸にして固まっていた。

「……な、なるちゃん……冗談、でしょ?」

「えと……冗談じゃないよ? 一応、篠原くんには言ってて――」

 なんだろう、この空気。なんか、思ってたのと違う。

 ちなちゃんは、目のあたりに涙をためて、ふるふると震え始めた。

「ち、ちなちゃん!? なんで泣いてるの!?」

 急いで近くにあったティッシュの箱を引き寄せて、ちなちゃんに差し出した。

「ちなちゃん、泣かないで!」

「……なるちゃんは」

「え?」

 ティッシュを3、4枚引き出してちなちゃんの目に当てようとすると、ちなちゃんの声に手が止まった。

「なるちゃんは、篠原くんのことが好きなの?」

 ちなちゃんの言葉が予想外過ぎて、一瞬何を言われているのか分からなかった。そして、言われたことの意味がようやくわかると、わたしはティッシュを持ったままわなわなと震えた。

「そんなわけないじゃん! なんで、桜花咲を志望するって話からそうなるの!?」

「だって! なるちゃん、篠原くんを追いかけて行くんでしょ!? そんなの、篠原くんが好きだからとしか思えないよ!!」

 ちなちゃんに、篠原くんが好きなのかと聞かれたのはこれで2度目だ。前回あんなに否定したのに、なんでまた同じ話に……。

「ちなちゃん、もしかして……」

 ふと頭によぎったものを、わたしは恐る恐る口に出した。

「篠原くんのこと、好きなんじゃないの?」

 ちなちゃんの顔が、みるみる赤くなる。その反応を見るだけでも、ちなちゃんは、わたしの問いに肯定したようなものだった。

「そ、そっか」

 全然気づかなかった。自分の鈍さが悔やまれる。

 そりゃそうか。あんな美少年が毎日関わってたら、普通は好きになっちゃうかぁ。

「ごめんね、ちなちゃん。気づいてあげられなくて」

 ちなちゃんの立場に立ったら、そりゃあ、イヤだよ。好きな人が目指している高校に、親友が行くっていうんだもん。追いかけてるって思われても仕方ないよなぁ。

「ううん。稚奈も言わなかったから……」

 いやいやいや、ずっと3人でいて察せられない方がどうかしてると思う。

「なるちゃん、篠原くんのこと、本当にどうとも思ってないの?」

 ちなちゃんに、おずおずと窺うように聞かれて、わたしは安心させるように力強く頷いた。

「ぜんっぜん、思ってないよ! 桜花咲に行きたいのだって、べつに篠原くんが行くからとかじゃないからね!」

 篠原くんに恋愛感情を持たない。これは、篠原くんとの約束でもある。その約束を安易に破れるほど、わたしの恋愛への不信感は脆くはない。安心してほしい、わたしの恋愛観は小6ですでに枯れている。というか腐っている。

 無謀な夢は見るべきではないというのは、わたしのモットーだ。わたしが恋愛すること自体が、桜花咲を志すことよりも無謀な夢だ。

 ちなちゃんは、涙目でわたしのことをまじまじと見つめた後、ようやく「よかったぁ」と言って笑顔を見せてくれた。

「……稚奈、聞いちゃったんだ。篠原くん、山口さんとお出かけしたんだって」

「えっ、そうなの?」

 山口さんて、たしか、篠原くんが風邪を引いた時にお見舞いに来てた……?

「今日、山口さん、みんなに自慢しててね、それ聞いたら、なんか色々不安になっちゃって。つい、なるちゃんのことも疑っちゃった」

「……ちなちゃん」

 そっか。ちなちゃん、余裕が無かったんだ。山口さんがライバルだなんて、確かに焦るよね。
 わたしが納得していると、ちなちゃんはわたしの両手を取ってぎゅっと握り締めた。

「ねぇ、なるちゃん。わたしね、篠原くんと付き合いたいんだ。……応援、してくれる?」

 ちなちゃんが、不安げにわたしを見つめた。そんなちなちゃんが愛おしくて、わたしは力強く頷く。

「もちろんだよ、ちなちゃんの恋、応援するよ!」

「本当!? なるちゃんありがとう! だいすき!」

 ちなちゃんはわたしの大切な親友だもん。応援するよ、もちろん!

 ようやく篠原くんが勉強会に顔をだしたのは、それから30分後。
 恋バナに夢中になっていてすっかり勉強の手が止まっているわたしたちに、篠原くんからのお説教が待っていたのは言うまでもない。
< 162 / 222 >

この作品をシェア

pagetop