いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
*
勉強会が終わり、わたしは笑顔でちなちゃんと篠原くんを玄関まで送り出した。
ちなちゃんが篠原くんのことが好きだと分かった今、ふたりを見ているとついニヤニヤしてしまいそうになる。他人の恋愛ってなんでこんなに面白いんだろう。ちなちゃんと篠原くんが付き合ったら、すごくうれしいな。
がんばれ、ちなちゃん! どうかふたりが幸せになりますように!
「ただいまー。……アンタ、なにやってんの?」
玄関のドアが開いてお姉ちゃんが帰ってきた。玄関で手を合わせ祈っているわたしを見て、嫌そうに眉をひそめる。
「別に、なにもしてないし」
「あっそ」
うちのお姉ちゃんは、わたしの顔を見るたびにいやそうな顔をする。嫌いなんだってことがありありとわかるくらいに。わたしは気まずくなって、部屋に戻ろうとお姉ちゃんに背中を向けた。
「アンタさぁ」
「ふぇっ?」
お姉ちゃんに声をかけられて、わたしが驚いて振り返った。お姉ちゃんから呼び止められるなんて、あんまりない。
「まだ、あんなのと付き合ってたの? バカじゃない?」
……あんなのって、だれのこと言ってるの?
お姉ちゃんの言い方が気になって、眉間にしわが寄る。
「篠原くんとちなちゃんは、あんなのなんて呼ばれるような子たちじゃないもん!」
わたし自身を否定されるのは全然良い。だけど、あのふたりをバカにされることだけは絶対に許せない。
お姉ちゃんは、呆れたように眉尻を下げて、はぁと大きくため息をついた。
「ヒトが一番辛いとき顔すら見せなかったくせに、元気になったとたんにすり寄ってきて友達面してくるようなヤツは友達と言うべきではないわ」
お姉ちゃんはわたしの横を通り過ぎると、視線だけで人を殺しそうな目付きで私のことを睨んだ。
「いくらバカでも、友達くらい選びなさいよ。バカね」
今した会話の中で、3回もバカって言われた。
「おっ、お姉ちゃんには関係ないじゃん! バカ、バカ、バカ!」
おねえちゃんに友達関係をバカにされたことに腹が立って、わたしはぷんすかしながら部屋に戻って行った。
*
「知ってる? 4組の井口さん、1組の田嶋くんのことが好きなんだって。でも、田嶋くん、同じクラスの葉山さんのことが好きらしいよ。ここだけの話しね!」
「そうなんだ」
「それからね、仁方さんって知ってる? その子ね、高校生と付き合ってるんだって。進学先も、彼氏が居るところにするって。すごくない?!」
「そうだね」
勉強会から帰る時は、いつも家まで咲乃が送ってくれる。稚奈は、この時間が好きだった。
ちらりと横目で咲乃の整った横顔を見る。今日学校で、山口彩美が咲乃とデートしたことをみんなに言いふらしていたのを思い出して、もやもやと嫌な気持ちが湧き上がった。
たかが一日遊んだだけで、あんなに誇らしそうに自慢して。稚奈なんか、もう何回も篠原くんと一緒に過ごしてる。勉強会も、こうして二人きりで歩く道のりも。休日に篠原くんとお菓子作りしたことだってあるんだ。たった1回デートしただけの山口彩美より、稚奈の方が篠原くんとは仲が良い。
稚奈は、緊張して汗ばんでいた手のひらを固く握った。
「ねぇ、篠原くん」
稚奈が遠慮がちに声をかけると、「ん?」と咲乃が穏やかに返事をして、稚奈の方を見た。
どことなくヒグラシの鳴く声がする。まるで、蝉の声が二人の世界を包むようで、近くの公園から聞こえる子供たちの声は気にならなかった。
稚奈は高鳴る胸を両手で抑えて、咲乃の顔を見上げた。
「稚奈ね、篠原くんに言いたいことがあるの」
稚奈の様子が変わったことに気付いたのか、咲乃の身体が稚奈の方へ向く。二人の足取りは自然と止まっていた。
「初めて見た時からずっと――ずっと篠原くんのことが好きでした! 付き合ってください!」
最後まで言い切って、稚奈は固く閉じていた目をゆっくりと上げた。咲乃の、揺らめくような美しい黒い瞳の中に、戸惑っているのが見て取れた。
咲乃は数回静かに瞬きを繰り返すと、小さく息を吐いた。
「ありがとう」
「……!」
「でも、ごめん」
一瞬高鳴った稚奈の心臓は、その一言でピリッと痛みを帯びる。咲乃の長い睫毛は伏せられ、瞳の中に陰を作った。
「本田さんの気持ちに応えられない」
「……そん、な……」
稚奈は真っ白になった思考の奥で、咲乃を見つめた。しばらくの間、動けなかった。咲乃から、目を離すことすらできない。ぐっと喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、稚奈は必死に飲み込んだ。
「まっ、待ってよ、篠原くん!」
咲乃に詰め寄って、腕を掴む。稚奈は、咲乃を見上げた。
「そんなに答えを急がないで! 今は篠原くんにとって稚奈はただの友達かもだけど、先のことなんてわかんないじゃん!」
稚奈は努めて明るく言うと、無理やりにでも笑顔を作って見せた。咲乃は瞳を揺らして、罪悪感に満ちた瞳で稚奈を見つめ返した。
「だけど……」
「もういいって! ホント篠原くん、真面目なんだから!」
稚奈はぷっくりと頬を膨らませると、いじけたようにそっぽを向いた。
咲乃が、何かを言おうとして口を開く。「お願いだから」稚奈が、言葉を遮った。
「お願いだから、今答えを出さないで」
再び咲乃の顔を仰ぎ見る。うっすらと水分を含んだ稚奈の瞳が、縋るように咲乃を見つめた。
「とっくに振られてるって分かってる。けど……このまま諦めるなんて出来ないよ……」
涙が落ちそうになって、稚奈は俯いて、咲乃からその涙を隠した。涙なんて見せたら、ただ自分が惨めになるだけだ。
「お願いだから」
稚奈は咲乃の胸に頭を寄せて、囁くように言葉を絞り出す。
「夏祭り、篠原くんと行きたいの。今年で最後のお祭り……」
中学生最後の。
「……気持ちは嬉しいけれど」
稚奈から離れるように、咲乃が身を引く。申し訳なさそうに、顔をしかめて。
「一緒に行くつもりもないんだ。本当にごめん」
こんなに必死に頼んでも、咲乃が、稚奈の願いを受け入れることはない。
それでも稚奈は――。
「……待ってる、から」
ヒグラシの声が、ふたりの間で大きく鳴き叫ぶ。
その音にかき消されそうになりながら、稚奈が最後にこぼした小さな言葉は、辛うじて咲乃の耳に届いていた。
勉強会が終わり、わたしは笑顔でちなちゃんと篠原くんを玄関まで送り出した。
ちなちゃんが篠原くんのことが好きだと分かった今、ふたりを見ているとついニヤニヤしてしまいそうになる。他人の恋愛ってなんでこんなに面白いんだろう。ちなちゃんと篠原くんが付き合ったら、すごくうれしいな。
がんばれ、ちなちゃん! どうかふたりが幸せになりますように!
「ただいまー。……アンタ、なにやってんの?」
玄関のドアが開いてお姉ちゃんが帰ってきた。玄関で手を合わせ祈っているわたしを見て、嫌そうに眉をひそめる。
「別に、なにもしてないし」
「あっそ」
うちのお姉ちゃんは、わたしの顔を見るたびにいやそうな顔をする。嫌いなんだってことがありありとわかるくらいに。わたしは気まずくなって、部屋に戻ろうとお姉ちゃんに背中を向けた。
「アンタさぁ」
「ふぇっ?」
お姉ちゃんに声をかけられて、わたしが驚いて振り返った。お姉ちゃんから呼び止められるなんて、あんまりない。
「まだ、あんなのと付き合ってたの? バカじゃない?」
……あんなのって、だれのこと言ってるの?
お姉ちゃんの言い方が気になって、眉間にしわが寄る。
「篠原くんとちなちゃんは、あんなのなんて呼ばれるような子たちじゃないもん!」
わたし自身を否定されるのは全然良い。だけど、あのふたりをバカにされることだけは絶対に許せない。
お姉ちゃんは、呆れたように眉尻を下げて、はぁと大きくため息をついた。
「ヒトが一番辛いとき顔すら見せなかったくせに、元気になったとたんにすり寄ってきて友達面してくるようなヤツは友達と言うべきではないわ」
お姉ちゃんはわたしの横を通り過ぎると、視線だけで人を殺しそうな目付きで私のことを睨んだ。
「いくらバカでも、友達くらい選びなさいよ。バカね」
今した会話の中で、3回もバカって言われた。
「おっ、お姉ちゃんには関係ないじゃん! バカ、バカ、バカ!」
おねえちゃんに友達関係をバカにされたことに腹が立って、わたしはぷんすかしながら部屋に戻って行った。
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「知ってる? 4組の井口さん、1組の田嶋くんのことが好きなんだって。でも、田嶋くん、同じクラスの葉山さんのことが好きらしいよ。ここだけの話しね!」
「そうなんだ」
「それからね、仁方さんって知ってる? その子ね、高校生と付き合ってるんだって。進学先も、彼氏が居るところにするって。すごくない?!」
「そうだね」
勉強会から帰る時は、いつも家まで咲乃が送ってくれる。稚奈は、この時間が好きだった。
ちらりと横目で咲乃の整った横顔を見る。今日学校で、山口彩美が咲乃とデートしたことをみんなに言いふらしていたのを思い出して、もやもやと嫌な気持ちが湧き上がった。
たかが一日遊んだだけで、あんなに誇らしそうに自慢して。稚奈なんか、もう何回も篠原くんと一緒に過ごしてる。勉強会も、こうして二人きりで歩く道のりも。休日に篠原くんとお菓子作りしたことだってあるんだ。たった1回デートしただけの山口彩美より、稚奈の方が篠原くんとは仲が良い。
稚奈は、緊張して汗ばんでいた手のひらを固く握った。
「ねぇ、篠原くん」
稚奈が遠慮がちに声をかけると、「ん?」と咲乃が穏やかに返事をして、稚奈の方を見た。
どことなくヒグラシの鳴く声がする。まるで、蝉の声が二人の世界を包むようで、近くの公園から聞こえる子供たちの声は気にならなかった。
稚奈は高鳴る胸を両手で抑えて、咲乃の顔を見上げた。
「稚奈ね、篠原くんに言いたいことがあるの」
稚奈の様子が変わったことに気付いたのか、咲乃の身体が稚奈の方へ向く。二人の足取りは自然と止まっていた。
「初めて見た時からずっと――ずっと篠原くんのことが好きでした! 付き合ってください!」
最後まで言い切って、稚奈は固く閉じていた目をゆっくりと上げた。咲乃の、揺らめくような美しい黒い瞳の中に、戸惑っているのが見て取れた。
咲乃は数回静かに瞬きを繰り返すと、小さく息を吐いた。
「ありがとう」
「……!」
「でも、ごめん」
一瞬高鳴った稚奈の心臓は、その一言でピリッと痛みを帯びる。咲乃の長い睫毛は伏せられ、瞳の中に陰を作った。
「本田さんの気持ちに応えられない」
「……そん、な……」
稚奈は真っ白になった思考の奥で、咲乃を見つめた。しばらくの間、動けなかった。咲乃から、目を離すことすらできない。ぐっと喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、稚奈は必死に飲み込んだ。
「まっ、待ってよ、篠原くん!」
咲乃に詰め寄って、腕を掴む。稚奈は、咲乃を見上げた。
「そんなに答えを急がないで! 今は篠原くんにとって稚奈はただの友達かもだけど、先のことなんてわかんないじゃん!」
稚奈は努めて明るく言うと、無理やりにでも笑顔を作って見せた。咲乃は瞳を揺らして、罪悪感に満ちた瞳で稚奈を見つめ返した。
「だけど……」
「もういいって! ホント篠原くん、真面目なんだから!」
稚奈はぷっくりと頬を膨らませると、いじけたようにそっぽを向いた。
咲乃が、何かを言おうとして口を開く。「お願いだから」稚奈が、言葉を遮った。
「お願いだから、今答えを出さないで」
再び咲乃の顔を仰ぎ見る。うっすらと水分を含んだ稚奈の瞳が、縋るように咲乃を見つめた。
「とっくに振られてるって分かってる。けど……このまま諦めるなんて出来ないよ……」
涙が落ちそうになって、稚奈は俯いて、咲乃からその涙を隠した。涙なんて見せたら、ただ自分が惨めになるだけだ。
「お願いだから」
稚奈は咲乃の胸に頭を寄せて、囁くように言葉を絞り出す。
「夏祭り、篠原くんと行きたいの。今年で最後のお祭り……」
中学生最後の。
「……気持ちは嬉しいけれど」
稚奈から離れるように、咲乃が身を引く。申し訳なさそうに、顔をしかめて。
「一緒に行くつもりもないんだ。本当にごめん」
こんなに必死に頼んでも、咲乃が、稚奈の願いを受け入れることはない。
それでも稚奈は――。
「……待ってる、から」
ヒグラシの声が、ふたりの間で大きく鳴き叫ぶ。
その音にかき消されそうになりながら、稚奈が最後にこぼした小さな言葉は、辛うじて咲乃の耳に届いていた。