いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep66 真夏の桜花咲受験対策勉強会

 夏休み前の大掃除が一通り終わると、ぴかぴかになった室内をなんとなく見回した。

 夏休みが明けたら、もう相談室(ここ)に通う事はなくなる。教室復帰が目的ではあったけど、相談室には色んな思い出が出来た。

「寂しいなぁ。もう、お別れか……」

「そうねぇ。おいしそうにお菓子を食べる津田さんの顔が見られなくなって、先生寂しいわ」

 一人で感慨に耽っていると、終業式から戻ってきた日高先生もしみじみとしていた。

「わたしも、学校でおやつが食べられなくなって寂しいです」

「ほとんど、そのために来ていたようなものだったものね」

 ふたりでほほほと笑い合う。

 先生に会えなくなるより、学校でおやつが食べられなくなることが寂しいなんて、そんなこと無いですよ先生。あ、社交辞令とかいりません? そうですか。

「いつでも遊びに来たらいいじゃない。教室復帰したら、もう来ちゃだめっていうわけじゃないのよ?」

 掃除用具を片付けていると、先生はお茶とお菓子を用意しながら言った。

「そうですけど。やっぱりいつも通っていた場所なので寂しいです」

 いつのまにか特等席みたいになってた窓際の席とか、通ってた教室の風景とか、場所に愛着持っちゃうタイプなんだよな。人怖じも場所怖じもするから、新しい場所に慣れるまで時間がかかるって言うのもあるし。

 テーブルに出された一口サイズのシュークリームに手を伸ばした。ふわっとしたシュー生地からカスタードがとろっと溢れる。う~ん、美味。

「どうせ、慣れたら相談室(ここ)のことなんて忘れてしまうわ。友情も恋も上書きよ。新しい出会いがあれば、終わったものなんてかすんでしまうものだもの」

 先生の卑屈すぎる人生哲学を聞くのも今日で最後かと思ったら、寂しい気さえしてくるな。

 もさもさと口を動かしていると、先生は紅茶を飲みながら――小指を立てるのが癖だ――、物憂げな表情で――イイ女感を必死に醸し出そうとしているけど、頑張ってもおかっぱ頭の日本人形の域を出ない――窓の外を眺めた。

「何も失いたくないからって、人は変わらないでいると大切なものもあっという間に失ってしまうわ」

「先生、紅茶のおかわりいいですか?」

「どうぞ、ビスケットもいかか?」

「あっ、いただきます!」

 相談室も、今日で最後かぁ。




 そうして、夏休みに突入した。わたしと神谷くんは篠原くんの家のリビングで、勉強道具を広げている。

 勉強会は朝9時から夕方の6時まで。夏休み前にやっていた、オンライン勉強会は変わらずに継続中だ。朝勉は6時から。本当にきつい。

「とんちゃーん、寝てんじゃねーぞ。おーい……」

 神谷くんに肩をゆすられて、はっと目を開けた。

「すみません、今、寝てましたか?」

「寝てたよ。つーか、よだれ汚ねぇからティッシュつかえ、ほら」

 神谷くんからティッシュの箱を受け取って口元を拭く。勉強会中に寝ちゃうなんて、あれだけ頑張るって決めてたのに……。

「津田さん、朝すごく弱いから。朝勉のときも3回以上着信を鳴らさないと起きないし」

「ご迷惑をおかけします……」

 むしろ、今まで寝過ごさずに朝勉に参加できてるだけでも奇跡だ。自分的には。

 不登校時代から、遅寝遅起きが根付いちゃってるからなぁ。これから教室復帰するためにはこの習慣も改めなければ。
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