いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep67 とある暑い日、腐女子は見た
夏休みに入ると、神谷は毎日のように学校の女子から遊びに誘われるようになった。
中学最後の夏。神谷亮にもついにモテ期が来たかと思えばそうではない。女子たちが誘いたいのは神谷ではなく、咲乃の方だった。
学校で知られている篠原咲乃は、その存在自体が高潔で美しい高嶺の花だった。常に周りは彼が信頼した友人に囲まれ、静かに微笑んで話を聞いている彼の姿は、神々しさすらあり、接点の持たない他クラスの生徒が安易な気持ちで話しかけに行くのは――たとえ気が強く容姿に自信のある女子生徒であったとしても――難しかった。また、3年の二学期となると、既に彼の友人関係は固定化され、咲乃自身、自ら積極的に人間関係を作りに行くタイプではなかったため、今更咲乃と親しくなろうとするには遅すぎる感が漂っている。
それだけではない。2年のクラスでもそうだったが、咲乃と同じクラスになった女子たちは、咲乃のこととなると結束は強まる傾向があり、他のクラスから下心のある女子たちを自分たちの教室に入れることを絶対に良しとはしなかった。つまり、クラスの女子たちが睨みを聞かせて咲乃を守っている以上は、他クラスの生徒が安易に教室に侵入することは許されなかったのだ。
たとえ、他所のクラスの女子がいくら咲乃と接点が欲しいと願っても、今更運命的に咲乃と接点を持つことは難しい。しかし、咲乃と同じ学校に通えるのもあと僅かだ。彼に強いあこがれを抱きつつ、運悪く咲乃と同じクラスになることのできなかった多くの女子たちは考える。
「篠原くんと親しくなる最後のチャンスは、今年の夏にしかない」と。
そういった思惑があった場合、次にターゲットとされるのは神谷だった。
神谷は、日頃から誰に対しても分け隔てなくオープンに接する。クラス関係なく女子の友人が多く、他クラスの女子たちにとっては話しかけやすい存在だった。神谷の性格には多少難があるものの、ノリは軽いので遊びに誘いやすい。それに加えて、咲乃も神谷には気を許している。神谷を誘えば、もれなく咲乃もついてくるという寸法だ。
とどのつまり、今神谷は、人生最高のモテキに突入しているわけでは無い。女子たちの目的は咲乃であって、神谷には一切の、異性としての興味は抱かれていなかったのだ。
一方、無神経でガサツで適当で、デリカシーは無いが何かと察しの良い神谷は、女子たちの思惑を見抜いていた。神谷は、急遽訪れた女子たちからの遊びの誘いラッシュに対して、安易に喜んだり勘違いしたりせず、冷静にすべてのアカウントをブロックした。まるで切りかかる敵に対し、目を瞑って受け流す剣術の達人のように。または、すべての俗欲を超克した僧侶のように。女子たちのアカウントを流れるようにブロックする姿には、まるで一切の雑念が無かった。
あらかたブロックし終えて、これで勉強に集中できると安堵したのも束の間、LINEの通知が鳴った。
『みんなとプールに行く約束をしてるんだけど、神谷くんもどう(⁎˃ᴗ˂⁎)? せっかくだから、篠原くんも呼んでほしいな♩.◦(pq*´꒳`*)♥♥*。』
数日ぶりにみた彩美のアイコン。メッセージを開いた時、神谷は恐怖した。可愛らしい顔文字が添えられているのに、なぜか強い圧を感じる。これはお誘いなどという生易しいものではない。命令だ。篠原を連れてこいという。
神谷はごくりと生唾を呑み、恐怖心に負けそうになる自分の心を奮い立たせた。たとえ相手が鬼神であっても負けてはいけない。
震える指がブロックボタンを触れかけた。その時、まるでタイミングを見計らったかのように、再びLINEの通知が鳴った。
『ブロックしたら殺す』
他の女子が神谷に同じようなLINEを送っている事、そして神谷が女子たちのアカウントをことごとくブロックしている事など、鬼神の千里眼をもってしていればすでにお見通しのようである。
彩美のメッセージを見て神谷は悲鳴をあげ、スマホをベッドの上に投げ捨てた。以来、彩美からのLINEだけは防げていない。
あれから連日、払い忘れた請求を取り立てる闇金業者のごとく、LINEの通知音は鳴り続けた。
『ごめーん! 急で申し訳ないんだけど、明日カラオケ行かない? メンバーが足りなくなっちゃって(。>ㅅ<。)
もちろん、篠原くんも大歓迎だよ(❤︎╹ω╹❤)』
『バーベキュー行くことになったんだけど、神谷くんもおいでよ! 篠原くんを呼んでもいいから!ね(ू>ω<ू❁)』
『遊園地行くんだけど、神谷くんも来るでしょ? ついでに篠原くんも呼んでもらえないかな(o´艸`)?』
不思議なことに、彩美は友達と呼べるほどの友達は少ないにもかかわらず、遊び友達は多いらしい。まったく外面だけは良い女である。
神谷は、ひたすら無視し続け返信はしなかった。
そもそも、難関私立を受けようという大事な時に遊ぶ暇があるはずもない。彩美の明け透けな魂胆にも腹が立つ。そして何より、遊園地が羨ましすぎた。
毎回嫌がらせのように、送ってくるイベント情報。羨ましくないはずがない。しかし一方で、咲乃や成海の3人で過ごす夏休みも悪くない。
もちろん毎日の勉強は大変だったが、桜花咲を受けようと一つの方向へ向かう一体感は心地よく、バスケ部も引退した今、部活動をしていた時と同じものを感じていたからだ。夏休みを共に過ごすうちに、成海ともだいぶ打ち解けてきた。勉強会で3人集まるこの夏は、そこそこ充実しているとは思う。
毎日送って来る彩美のイベント情報に目もくれなくなってきて、英至町の至る所に夏祭りのポスターが貼られるようになった頃、神谷が風呂から部屋に戻ると、たまたま目を向けた先にスマホがあった。画面が光り、バナーが映る。
『夏祭り、篠原くんを連れてこい』
神谷が無視し続けたことを、鬼神はよほどお怒りらしい。文字の奥に、従わなければ覚悟しておけと言っているようにさえ見えてくる。これはもはや命令ではない。命令の体を取った脅迫だった。
「そういえば、篠原って栄至町の夏祭り初めてだよな?」
「そうだね」
クーラーの程よく利く室内。窓の外から蝉の声が聞こえる。勉強会で集まった咲乃の家のリビングで、成海が到着するのを待ちつつ、ソファーの前のローテーブルに教材を出している時だった。神谷は咲乃に、それとなく夏祭りの話題を振ってみた。
「せっかくの夏祭りだぜ? 気にならねーの?」
「お祭りなんて、やってることは毎年同じでしょう。今年は絶対に行かなきゃいけない理由なんてないよね?」
毎年家族で屋台を出している身からすれば、聞き捨てならない言葉だった。
神谷家の人間は、家族そろって祭りごとが大好きだったし、お祭りを楽しめない人間の気持ちがわからないのだが、今はお祭りがいかに素晴らしいかを説明するときではないことを神谷も分かっていた。お祭りの魅力を大いに語って気を引く作戦もあるだろう。だが、その気のない咲乃に対しては、押し売りは鬱陶しがられるだけで逆効果だ。
最終的に「1日くらいは、行ってやってもいいか」ぐらいのモチベーションになってもらう必要がある。そのためには、もっと別の方法が必要だった。
「お前はそれで平気かもしれねーけど、トンちゃんずっと勉強詰めできつそうだし、たまには息抜きくらいいいんじゃねーか?」
咲乃の表情は変わらなかったが、少しだけ眉が動いたのを神谷は見逃さなかった。
咲乃は成海に対して多少なりとも甘いところがある。勉強の計画をきつめに設定する割には、成海のやる気をそがないよう細やかな配慮も欠かさない。
不登校だった彼女のために、今までそれはそれは大事に育ててきたのだろう。咲乃は、少々成海に大して過保護な面がある。神谷に合わせることにも渋っていたし、桜花咲を受けさせることにも躊躇っていた。
「トンちゃんにとっても、祭りは久しぶりだろ? 行きてーと思うんだよなぁ」
「サボりたいからって、津田さんの名前を出すのは卑怯だよ」
咲乃に睨まれて、神谷は内心舌打ちした。
やっぱり、だめか。
成海に同情して、多少揺らぐかと思えばそんなことも無い。実際、成海のことを考えれば、遊んでいる場合ではない。それは神谷も同じ意見だ。自分だって勉強の方を優先したい。
しかし一方で、数日先の未来に身の危険が迫っている。桜花咲を受けるより先に、彩美に殺されるかもしれない。なんとしてでも、どんな手を使ってでも咲乃を祭りに引っ張り出さなければ。
窮地に立たされた時、神谷はプライドなどいくらでも捨てられる人間だった。目的のためなら、手段など選んではいられない。
中学最後の夏。神谷亮にもついにモテ期が来たかと思えばそうではない。女子たちが誘いたいのは神谷ではなく、咲乃の方だった。
学校で知られている篠原咲乃は、その存在自体が高潔で美しい高嶺の花だった。常に周りは彼が信頼した友人に囲まれ、静かに微笑んで話を聞いている彼の姿は、神々しさすらあり、接点の持たない他クラスの生徒が安易な気持ちで話しかけに行くのは――たとえ気が強く容姿に自信のある女子生徒であったとしても――難しかった。また、3年の二学期となると、既に彼の友人関係は固定化され、咲乃自身、自ら積極的に人間関係を作りに行くタイプではなかったため、今更咲乃と親しくなろうとするには遅すぎる感が漂っている。
それだけではない。2年のクラスでもそうだったが、咲乃と同じクラスになった女子たちは、咲乃のこととなると結束は強まる傾向があり、他のクラスから下心のある女子たちを自分たちの教室に入れることを絶対に良しとはしなかった。つまり、クラスの女子たちが睨みを聞かせて咲乃を守っている以上は、他クラスの生徒が安易に教室に侵入することは許されなかったのだ。
たとえ、他所のクラスの女子がいくら咲乃と接点が欲しいと願っても、今更運命的に咲乃と接点を持つことは難しい。しかし、咲乃と同じ学校に通えるのもあと僅かだ。彼に強いあこがれを抱きつつ、運悪く咲乃と同じクラスになることのできなかった多くの女子たちは考える。
「篠原くんと親しくなる最後のチャンスは、今年の夏にしかない」と。
そういった思惑があった場合、次にターゲットとされるのは神谷だった。
神谷は、日頃から誰に対しても分け隔てなくオープンに接する。クラス関係なく女子の友人が多く、他クラスの女子たちにとっては話しかけやすい存在だった。神谷の性格には多少難があるものの、ノリは軽いので遊びに誘いやすい。それに加えて、咲乃も神谷には気を許している。神谷を誘えば、もれなく咲乃もついてくるという寸法だ。
とどのつまり、今神谷は、人生最高のモテキに突入しているわけでは無い。女子たちの目的は咲乃であって、神谷には一切の、異性としての興味は抱かれていなかったのだ。
一方、無神経でガサツで適当で、デリカシーは無いが何かと察しの良い神谷は、女子たちの思惑を見抜いていた。神谷は、急遽訪れた女子たちからの遊びの誘いラッシュに対して、安易に喜んだり勘違いしたりせず、冷静にすべてのアカウントをブロックした。まるで切りかかる敵に対し、目を瞑って受け流す剣術の達人のように。または、すべての俗欲を超克した僧侶のように。女子たちのアカウントを流れるようにブロックする姿には、まるで一切の雑念が無かった。
あらかたブロックし終えて、これで勉強に集中できると安堵したのも束の間、LINEの通知が鳴った。
『みんなとプールに行く約束をしてるんだけど、神谷くんもどう(⁎˃ᴗ˂⁎)? せっかくだから、篠原くんも呼んでほしいな♩.◦(pq*´꒳`*)♥♥*。』
数日ぶりにみた彩美のアイコン。メッセージを開いた時、神谷は恐怖した。可愛らしい顔文字が添えられているのに、なぜか強い圧を感じる。これはお誘いなどという生易しいものではない。命令だ。篠原を連れてこいという。
神谷はごくりと生唾を呑み、恐怖心に負けそうになる自分の心を奮い立たせた。たとえ相手が鬼神であっても負けてはいけない。
震える指がブロックボタンを触れかけた。その時、まるでタイミングを見計らったかのように、再びLINEの通知が鳴った。
『ブロックしたら殺す』
他の女子が神谷に同じようなLINEを送っている事、そして神谷が女子たちのアカウントをことごとくブロックしている事など、鬼神の千里眼をもってしていればすでにお見通しのようである。
彩美のメッセージを見て神谷は悲鳴をあげ、スマホをベッドの上に投げ捨てた。以来、彩美からのLINEだけは防げていない。
あれから連日、払い忘れた請求を取り立てる闇金業者のごとく、LINEの通知音は鳴り続けた。
『ごめーん! 急で申し訳ないんだけど、明日カラオケ行かない? メンバーが足りなくなっちゃって(。>ㅅ<。)
もちろん、篠原くんも大歓迎だよ(❤︎╹ω╹❤)』
『バーベキュー行くことになったんだけど、神谷くんもおいでよ! 篠原くんを呼んでもいいから!ね(ू>ω<ू❁)』
『遊園地行くんだけど、神谷くんも来るでしょ? ついでに篠原くんも呼んでもらえないかな(o´艸`)?』
不思議なことに、彩美は友達と呼べるほどの友達は少ないにもかかわらず、遊び友達は多いらしい。まったく外面だけは良い女である。
神谷は、ひたすら無視し続け返信はしなかった。
そもそも、難関私立を受けようという大事な時に遊ぶ暇があるはずもない。彩美の明け透けな魂胆にも腹が立つ。そして何より、遊園地が羨ましすぎた。
毎回嫌がらせのように、送ってくるイベント情報。羨ましくないはずがない。しかし一方で、咲乃や成海の3人で過ごす夏休みも悪くない。
もちろん毎日の勉強は大変だったが、桜花咲を受けようと一つの方向へ向かう一体感は心地よく、バスケ部も引退した今、部活動をしていた時と同じものを感じていたからだ。夏休みを共に過ごすうちに、成海ともだいぶ打ち解けてきた。勉強会で3人集まるこの夏は、そこそこ充実しているとは思う。
毎日送って来る彩美のイベント情報に目もくれなくなってきて、英至町の至る所に夏祭りのポスターが貼られるようになった頃、神谷が風呂から部屋に戻ると、たまたま目を向けた先にスマホがあった。画面が光り、バナーが映る。
『夏祭り、篠原くんを連れてこい』
神谷が無視し続けたことを、鬼神はよほどお怒りらしい。文字の奥に、従わなければ覚悟しておけと言っているようにさえ見えてくる。これはもはや命令ではない。命令の体を取った脅迫だった。
「そういえば、篠原って栄至町の夏祭り初めてだよな?」
「そうだね」
クーラーの程よく利く室内。窓の外から蝉の声が聞こえる。勉強会で集まった咲乃の家のリビングで、成海が到着するのを待ちつつ、ソファーの前のローテーブルに教材を出している時だった。神谷は咲乃に、それとなく夏祭りの話題を振ってみた。
「せっかくの夏祭りだぜ? 気にならねーの?」
「お祭りなんて、やってることは毎年同じでしょう。今年は絶対に行かなきゃいけない理由なんてないよね?」
毎年家族で屋台を出している身からすれば、聞き捨てならない言葉だった。
神谷家の人間は、家族そろって祭りごとが大好きだったし、お祭りを楽しめない人間の気持ちがわからないのだが、今はお祭りがいかに素晴らしいかを説明するときではないことを神谷も分かっていた。お祭りの魅力を大いに語って気を引く作戦もあるだろう。だが、その気のない咲乃に対しては、押し売りは鬱陶しがられるだけで逆効果だ。
最終的に「1日くらいは、行ってやってもいいか」ぐらいのモチベーションになってもらう必要がある。そのためには、もっと別の方法が必要だった。
「お前はそれで平気かもしれねーけど、トンちゃんずっと勉強詰めできつそうだし、たまには息抜きくらいいいんじゃねーか?」
咲乃の表情は変わらなかったが、少しだけ眉が動いたのを神谷は見逃さなかった。
咲乃は成海に対して多少なりとも甘いところがある。勉強の計画をきつめに設定する割には、成海のやる気をそがないよう細やかな配慮も欠かさない。
不登校だった彼女のために、今までそれはそれは大事に育ててきたのだろう。咲乃は、少々成海に大して過保護な面がある。神谷に合わせることにも渋っていたし、桜花咲を受けさせることにも躊躇っていた。
「トンちゃんにとっても、祭りは久しぶりだろ? 行きてーと思うんだよなぁ」
「サボりたいからって、津田さんの名前を出すのは卑怯だよ」
咲乃に睨まれて、神谷は内心舌打ちした。
やっぱり、だめか。
成海に同情して、多少揺らぐかと思えばそんなことも無い。実際、成海のことを考えれば、遊んでいる場合ではない。それは神谷も同じ意見だ。自分だって勉強の方を優先したい。
しかし一方で、数日先の未来に身の危険が迫っている。桜花咲を受けるより先に、彩美に殺されるかもしれない。なんとしてでも、どんな手を使ってでも咲乃を祭りに引っ張り出さなければ。
窮地に立たされた時、神谷はプライドなどいくらでも捨てられる人間だった。目的のためなら、手段など選んではいられない。