いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep69 夏の終わりにキミを想う

 暴走した彩美を止められる者は、この地球上のどこにも存在しない。そう思わせるほど彩美の猛進は凄まじく、愛花と重田がふたりがかりで必死に止めても、彩美の歩みが止まることはなかった。
 邪魔する者は誰であろうと容赦しないと、鼻息を荒げて突き進むその様子は殆ど闘牛と同じだ。

 引きずられるようにして、愛花と重田は彩美について行く。ついに咲乃の家の前まで訪れた。

 彩美が咲乃の家に訪れたのは、これで2度目。彼が風邪を引いた時にお見舞いをして以来の訪問だ。

「今ならまだ間に合うからさぁ、やめとこうよー。夜おそくに押しかけたら迷惑だよー」

 愛花がド正論を言って、彩美の決意の邪魔をする。さっきは散々、人をいくじなし扱いしておいて、今更何なんだ。恋愛もののドラマのモブ親友だったら、こういう時こそ勇気づけるんじゃないのか。

 ますます腹が立った彩美は、勢いに任せてインターホンを押した。緊張しながら、応答を待つ。

『はい』

 咲乃の声。

「あ、あの、山口です。いきなり来ちゃってごめんね。お祭りの帰りなんだけど、篠原くん、どうしてるかなって……」

 先程まで闘牛のような勢いだったのに、咲乃を前にするとすっかり乙女の顔になる。愛花は、彩美の七変化の様を白けた気持ちで眺めていた。

『今開けるから、少し待ってて』

 しばらくすると、ドアが開いた。黒いTシャツに、スエットのズボンをはいている。スキニーのしゅっとした咲乃の私服姿も素敵だったが、部屋着姿のラフな装いの咲乃も素敵だった。

 後ろで愛花が、わざとらしく咳払いした。うっとりと咲乃に見惚れていた彩美は、はっと意識を取り戻す。

「こんばんは。わざわざ寄って来てくれたんだ?」

 咲乃が穏やかに微笑むと、彩美は、顔を赤くして両手をもじもじさせた。

「う、うん……。あ、あの……し、篠原くんに……」

 会いたくて、と続けようとしたところで、咲乃の視線が外れた。

「重田も、橋本さんもこんばんは。お祭りはみんなで行ったんだね」

 彩美がばっと後ろを振り向くと、愛花と重田が呑気に突っ立っている。ここは気を利かせて二人きりにしてくれるものじゃないのか。目だけで早く帰れと訴えると、愛花は拒否するように僅かに首を振った。

「ごめんな、篠原。みんなで押しかけちゃって。迷惑じゃなかったか?」

 重田が頭の後ろをかきつつ遠慮気味に言うと、咲乃は穏やかに笑った。

「そんなことないよ。良かったら上がっていく?」

「え、いいのか? いや、でも、おじさんにも悪いから」

「叔父は今外出しているから大丈夫。しばらくは帰って来ないと思うよ」

 意外にもあっさり家に上がらせてもらえることになり、咲乃が背を向けた瞬間に、彩美は小さくガッツポーズをした。
 普段の彼なら、女子が突然押しかけて来ても家に上がらせることなど無かったはず。今回は重田がいたため通してくれたのだろう。
 彩美が感謝を込めて重田に向かってこっそり親指を立てると、重田は頼りなく苦笑した。

 彩美たちがエアコンの効いたリビングに通されると、神谷がテーブルでかき氷を食べているところだった。

「うっわ、山口じゃん」

 神谷は人の顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔をする。
 まさか、先客がいるなど思ってもいなかった彩美は、「なんでこんな所に神谷が」と叫びそうになった。

「神谷くん、こんばんは」

 彩美があえてにっこりと微笑んで見せる。すると、神谷は気まずげに目をそらして、「あー、どうも」とこたえた。

「あー、どうも」じゃねぇんだよ。LINE無視しやがって。

 今すぐ神谷を殴ってやりたかったが、咲乃の前でそんな暴力的なことはできない。後で覚えていろと、神谷に向かって満面の笑顔を送った。

「飲み物を持ってくるから、くつろいで待ってて」

「あっ、私も何かお手伝いを!」

 彩美が腰を上げかけたタイミングで、突然、インターホンが鳴った。咲乃は来客対応のためインターホンの画面を覗き、彩美たちに待っているように言うと、そのままリビングから出て行った。

 彩美は、少しだけがっかりしていた。浴衣を着て来たのに、咲乃から何の反応も無い。咲乃にかわいいと思ってもらえるよう、あれだけ頑張ってきたのに。

「で? お前ら、何しに来たんだよ」

 かき氷を食べながら、神谷は呆けた顔で順番に彩美たちの顔を見渡した。

「お祭りの帰りに寄ったの。そんなことより、あんた、私のLINE無視してたでしょ!」

 咲乃が見ていない隙に、神谷に一発くらわそうとこぶしを握る。神谷は、素早く距離を取って安全な場所へ逃げた。

「しょうがねーだろ。俺たちに、遊んでる余裕なんかねぇんだからさ。さっきまで勉強してたんだぜ、こっちは!」

「絶対に嘘! どうせあんたのことだから、篠原くんの邪魔でもしてたんじゃないの!?」

「してねぇよ。本当に勉強してたんだって!」

「じゃあアレ(・・)は、篠原くんの家にもとからあったってわけ?」

 部屋の隅にある段ボール箱をめざとく見つけて、彩美は目を尖らせた。たこ焼き機やらホットプレート、花火のパッケージの袋が入っている。
 神谷は、慌てて段ボールの蓋を閉めた。

「そういうお前はなんだよ。毎日毎日、遊びに誘ってきやがって。余裕ぶっこいてると、後で泣いたって知らねぇからな!」

「私が怠けてるみたいに言わないでよ! 私だって勉強で忙しかったんだから!」

 神谷に連絡しても返事が来ないので、結局彩美は、知り合いからの誘いを全て断っていた。みんな、そこまで仲がいいわけでもなかったし、咲乃が来ないのであれば行く意味もない。勉強は毎日やっていたし、別に怠けていたわけでもなかったのだ。

「そもそもさぁ、彩美も神谷みたいに勉強見てもらえばよかったじゃん。一緒に受験勉強やれば、夏休み中ずーっと篠原くんと居られたでしょ」

 愛花が、呆れた顔で彩美を見た。

「そんなの、とっくに篠原くんにお願いしてた、夏休み入る前に! でも、篠原くんに断られちゃって……。私はてっきり、桜花咲高校は難関校だから、ひとりで集中して勉強したいんだって思ってたのに、なんで神谷が篠原くんと一緒に勉強してんの?! 絶対、私よりこいつのほうが邪魔でしょ!!」

 自分はダメでなぜ神谷はいいのか。彩美の神谷に対する怒りは、嫉妬ゆえの八つ当たりでもあった。

「俺たち桜花咲受けるんだぜ。山口なんかいたら、集中できるわけねーだろ。篠原くん、篠原くんって、ぜってー篠原にべたべたするし。見てるこっちがうぜーわ!」

「桜花咲!?」

 彩美と愛花は、声を合わせて驚いた。ふたりは神谷の志望校が桜花咲であることを、今まで知らなかったのだ。一方、神谷の志望校を知っていた重田は、本気だったのかと遠い目をしている。

 彩美は、神谷に怒っているのも忘れて目を覆いたくなった。神谷みたいなバカが桜花咲になんか行けるわけがない。いくら勉強したって、受験するだけ無駄だろう。スポーツ推薦だったら、まだどうにでもなりそうではあるが――。
 ふと、あることが思い至って彩美の胸に苦いものが広がる。自分が神谷に怪我をさせたことを、つい思い出してしまったからだ。

「そんなことより、篠原、遅くないか?」

 重田が話題を変えたところで、彩美は考え事から意識を戻した。そういえば、先程玄関へ向かったきり帰ってきていない。

「あーたしかに。俺、見に行ってくるわ」

 神谷がリビングを出て行くのを、「私も!」と言いつつ彩美もついていった。咲乃の叔父が帰ってきただけだと思うのに、なぜだか胸騒ぎがする。

「篠原、誰が来たんだ?」

 神谷の間の抜けた呼びかけに、咲乃が後ろを振り返った。
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