いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep70 再登校初日の空気が地獄過ぎて帰りたい。
「今日から、うちの娘をよろしくお願いします」
「もちろんですよ、おかあさん。私も久しぶりに、津田さんの元気な顔が見られて嬉しい限りです」
お母さんが深々頭を下げると、担任の増田先生が上機嫌に笑った。ふたりして愛想笑いを浮かべている横で、わたしはすでに帰りたくなっていた。
夏休みが明けて、今日から再登校が始まった。
今日は良く晴れているし、最高のピクニック日和だ。公園で散歩したら、とっても気持ちがいいだろう。こんな日に教室に押し込められるなんて、人生損してるな。まぁ、ひきこもってた時は、こんな天気のいい日でも家から一歩も出ませんでしたけど。
憂鬱な気分でぼんやり窓の外を眺めていると、ぐいっと頭を押さえつけられた。
「うちの子ったら本当にぼんやりして……。ほら成海、あんたも先生によろしく言いなさい!」
「ヨロ……マス……」
お母さんに頭を押さえつけられ、強制的にお辞儀をするような形で覇気の無い声で言った。
先生は、「これから頑張ろうな」カラカラ笑った。
うぅ……気持ち悪い。昨夜、全然寝付けなくてびっくりするほど体調が悪いんだ。お腹痛いし、今にも吐きそう。
朝からお母さんに小言をもらいながら急き立てられるままに学校の支度をし、お母さんと一緒に家を出た。お母さんが付いてきたのは、長い間迷惑をかけてきた増田先生へのご挨拶をするためだったが、わたしが逃げ出さないよう監視するためでもあった。
篠原くんの約束だもん、べつにお母さんがいなくても逃げたりしないのに、とつい不貞腐れた気持ちになってしまう。
先生への挨拶を終えて職員室を出ると、お母さんはがっしりとわたしの両肩に手を置いた。
「それじゃ、頑張んなさいよ!」
声がデカイ……。やめてよ、人目があるのに……。
*
教室に到着して、そっと中を覗き込んだ。みんな、友達同士で固まって、会話に花を咲かせている。
「篠原くん、おはよう! 夏休みどうだった?」
「篠原くん、ぜんぜん焼けてないね!」
「ずっと勉強してたんでしょう? 塾に行ってたの?」
わぁあ、篠原くん、朝から囲まれてるよ。想像はしていたけど、すごいな。
教室内を見渡して自分の席を探す。えぇっと、先生から聞いてた席は……。
「しのはらくーん、おはよーっ!」
篠原くんを囲んでいた女子たちから、一瞬にして冷たい空気が流れた。髪をハーフアップにした美少女が教室に入ってくる。篠原くんを取り巻いていた女子たちを脇に退けて、篠原くんの目の前にやってきた。
見覚えのある美少女だ。わたしはさっと、教室の入り口から身を隠した。
「おはよう、山口さん。相変わらず元気だね」
ふんわりと柔く笑った篠原くんの目の奥に、なぜか諦めきった色が見えた。
「篠原くんも、元気だった? お祭り以来だねっ!」
女子たちの目はどんどん吊り上がり、教室の室温が急激に下がる。
わたしは女子たちの冷めた怒りを感じて、ゆっくりと後ろに下がった。
登校初日から、教室の空気が悪すぎる。おうち帰りたい!
「津田さん、こっちこっち」
教室の隅の席で、西田くんが小さく手を振っている。わたしは安心して、西田くんのそばに駆け寄った。
「おはよう、津田さん」
「おはようございます、西田くん」
お互いに挨拶を交わして、安全な場所から改めて女子たちの様子を見学する。
「いやぁ、ここまで来ると、一種のイベントだねぇ。まぁ、僕たちには何の悪影響もないからいいんだけど」
西田くんが完全に傍観者然として、菩薩のようなまなざしで冷戦状態にある女子たちの様子を眺めて言った。
「いやでも、これはちょっと篠原くんが可哀想すぎじゃないですか?」
周囲を取り囲まれているうえに、自分のことで勝手に険悪になってるんだもん。これは篠原くんも帰りたいと思っていることだろう。
「夏休み期間中、みんな篠原くんに会えなかったからね。そのなかで一人だけ篠原くんに会ってたとなると、反感は買っちゃうよね」
西田くんの見解を聞いて、わたしの背筋にぞぞぞっと寒いものが走った。夏休み中ずっと篠原くんと勉強してたわたしとしては他人事ではない。
学校では、篠原くんへの距離感には気負付けようと、改めて心に決める。
「助けてあげてくださいよ、西田くん」
「出来ないって分かってて言ってるでしょ」
西田くんに睨まれて、わたしはニシシと笑った。
「おうおうおうおう、今日もやってんなぁ」
再び声がしたと思ったら、神谷くんと重田くん、そして他の男子生徒も数人教室に入ってきた。西田くんが「あ、日下くんたちだ」と呟いた。
不思議なことに、神谷くんが騒ぎの中に入ると、今にも一触即発状態だった女子たちの空気が和らいだ。
神谷くんがアホなことを言うせいで、女子たちの気が削がれるみたいだ。女子たちの関心が神谷くんに移って、篠原くんの表情の中にほっとしたものが見て取れた。
「やりますなぁ、神谷くん」
あっという間に、ギスギスした空気を変えちゃうなんて。あの人、ただのアホじゃなかったんだ。
「この一瞬で火に油を注いでしまいそうな厳しい局面を悪化させることなく、女子たちを萎えさせるとは。普段から、アホなことをやっているだけあって、ムードメイカーとしてのキャラ付けが生きたプレイングでしたね」
「さすが神谷くん、コミュ力お化けですね」
解説の西田くんと実況中継ごっこをして遊ぶ。
いつもは口喧嘩ばかりしてるふたりだけど、やっぱり篠原くんにとって神谷くんは必要な人なんだな。いいなぁ、男子の友情って。捗りますなぁ。
神谷くんと目が合った。なんだか嫌な予感がする。
「トンちゃん、来てんじゃねーか! おっはよー!」
ぱぁっと顔を輝かせて、ぶんぶん大きく手を振る。教室内の視線が一気にわたしの方に集中して、篠原くんとも目が合った。
「あれ、あんな子クラスにいた?」
「神谷くんの知り合い?」
あわわわわ……! 今日一日なるべく陰を薄くして何事もなく過ごすつもりだったのに、すっかり注目を浴びてしまった……!
「やめなよ、神谷」と、篠原くんが肘で小突くまで、神谷くんは手を振るのをやめなかった。横で西田くんが可笑しそうに笑っている。他人事だと思って、笑ってんじゃないよ!
篠原くんの隣の席は、山口さんが独占し(かわいそうな誰かの席だ)、女子たちに夏祭りの思い出を自慢げに語って聞かせた。まるで、篠原くんとふたりきりで過ごしていたような言い方に、神谷くんと重田くんが「俺たちもいたけどな」と一々突っ込んでいた。
今や、教室内は山口さんの独壇場だ。女子たちの不穏な空気など全く気にしていない。自分に自信がある人って、やっぱりすごい。
わたしはふと、今朝送ったLINEの返信が気になってスマホを確認した。
『今日から、学校だよ! 稚奈ちゃん、よろしくね!』
『うんっ、なるちゃんと学校で会えるのすっごく楽しみ♪』
ちなちゃんから、可愛いハムスターのスタンプが押されている。
篠原くんと付き合うことになったと連絡をくれたのは、ちなちゃんからだ。失恋したと思ってずっと落ち込んでいたちなちゃんだったけど、あれから篠原くんともう一度話し合って付き合うことになったらしい。
すっかり元気を取り戻したちなちゃんは、わたしに恋バナをしてくれる。篠原くんと一緒にどこへ行ったとか、どんな話をしたとか、本当に幸せそうだ。
「もちろんですよ、おかあさん。私も久しぶりに、津田さんの元気な顔が見られて嬉しい限りです」
お母さんが深々頭を下げると、担任の増田先生が上機嫌に笑った。ふたりして愛想笑いを浮かべている横で、わたしはすでに帰りたくなっていた。
夏休みが明けて、今日から再登校が始まった。
今日は良く晴れているし、最高のピクニック日和だ。公園で散歩したら、とっても気持ちがいいだろう。こんな日に教室に押し込められるなんて、人生損してるな。まぁ、ひきこもってた時は、こんな天気のいい日でも家から一歩も出ませんでしたけど。
憂鬱な気分でぼんやり窓の外を眺めていると、ぐいっと頭を押さえつけられた。
「うちの子ったら本当にぼんやりして……。ほら成海、あんたも先生によろしく言いなさい!」
「ヨロ……マス……」
お母さんに頭を押さえつけられ、強制的にお辞儀をするような形で覇気の無い声で言った。
先生は、「これから頑張ろうな」カラカラ笑った。
うぅ……気持ち悪い。昨夜、全然寝付けなくてびっくりするほど体調が悪いんだ。お腹痛いし、今にも吐きそう。
朝からお母さんに小言をもらいながら急き立てられるままに学校の支度をし、お母さんと一緒に家を出た。お母さんが付いてきたのは、長い間迷惑をかけてきた増田先生へのご挨拶をするためだったが、わたしが逃げ出さないよう監視するためでもあった。
篠原くんの約束だもん、べつにお母さんがいなくても逃げたりしないのに、とつい不貞腐れた気持ちになってしまう。
先生への挨拶を終えて職員室を出ると、お母さんはがっしりとわたしの両肩に手を置いた。
「それじゃ、頑張んなさいよ!」
声がデカイ……。やめてよ、人目があるのに……。
*
教室に到着して、そっと中を覗き込んだ。みんな、友達同士で固まって、会話に花を咲かせている。
「篠原くん、おはよう! 夏休みどうだった?」
「篠原くん、ぜんぜん焼けてないね!」
「ずっと勉強してたんでしょう? 塾に行ってたの?」
わぁあ、篠原くん、朝から囲まれてるよ。想像はしていたけど、すごいな。
教室内を見渡して自分の席を探す。えぇっと、先生から聞いてた席は……。
「しのはらくーん、おはよーっ!」
篠原くんを囲んでいた女子たちから、一瞬にして冷たい空気が流れた。髪をハーフアップにした美少女が教室に入ってくる。篠原くんを取り巻いていた女子たちを脇に退けて、篠原くんの目の前にやってきた。
見覚えのある美少女だ。わたしはさっと、教室の入り口から身を隠した。
「おはよう、山口さん。相変わらず元気だね」
ふんわりと柔く笑った篠原くんの目の奥に、なぜか諦めきった色が見えた。
「篠原くんも、元気だった? お祭り以来だねっ!」
女子たちの目はどんどん吊り上がり、教室の室温が急激に下がる。
わたしは女子たちの冷めた怒りを感じて、ゆっくりと後ろに下がった。
登校初日から、教室の空気が悪すぎる。おうち帰りたい!
「津田さん、こっちこっち」
教室の隅の席で、西田くんが小さく手を振っている。わたしは安心して、西田くんのそばに駆け寄った。
「おはよう、津田さん」
「おはようございます、西田くん」
お互いに挨拶を交わして、安全な場所から改めて女子たちの様子を見学する。
「いやぁ、ここまで来ると、一種のイベントだねぇ。まぁ、僕たちには何の悪影響もないからいいんだけど」
西田くんが完全に傍観者然として、菩薩のようなまなざしで冷戦状態にある女子たちの様子を眺めて言った。
「いやでも、これはちょっと篠原くんが可哀想すぎじゃないですか?」
周囲を取り囲まれているうえに、自分のことで勝手に険悪になってるんだもん。これは篠原くんも帰りたいと思っていることだろう。
「夏休み期間中、みんな篠原くんに会えなかったからね。そのなかで一人だけ篠原くんに会ってたとなると、反感は買っちゃうよね」
西田くんの見解を聞いて、わたしの背筋にぞぞぞっと寒いものが走った。夏休み中ずっと篠原くんと勉強してたわたしとしては他人事ではない。
学校では、篠原くんへの距離感には気負付けようと、改めて心に決める。
「助けてあげてくださいよ、西田くん」
「出来ないって分かってて言ってるでしょ」
西田くんに睨まれて、わたしはニシシと笑った。
「おうおうおうおう、今日もやってんなぁ」
再び声がしたと思ったら、神谷くんと重田くん、そして他の男子生徒も数人教室に入ってきた。西田くんが「あ、日下くんたちだ」と呟いた。
不思議なことに、神谷くんが騒ぎの中に入ると、今にも一触即発状態だった女子たちの空気が和らいだ。
神谷くんがアホなことを言うせいで、女子たちの気が削がれるみたいだ。女子たちの関心が神谷くんに移って、篠原くんの表情の中にほっとしたものが見て取れた。
「やりますなぁ、神谷くん」
あっという間に、ギスギスした空気を変えちゃうなんて。あの人、ただのアホじゃなかったんだ。
「この一瞬で火に油を注いでしまいそうな厳しい局面を悪化させることなく、女子たちを萎えさせるとは。普段から、アホなことをやっているだけあって、ムードメイカーとしてのキャラ付けが生きたプレイングでしたね」
「さすが神谷くん、コミュ力お化けですね」
解説の西田くんと実況中継ごっこをして遊ぶ。
いつもは口喧嘩ばかりしてるふたりだけど、やっぱり篠原くんにとって神谷くんは必要な人なんだな。いいなぁ、男子の友情って。捗りますなぁ。
神谷くんと目が合った。なんだか嫌な予感がする。
「トンちゃん、来てんじゃねーか! おっはよー!」
ぱぁっと顔を輝かせて、ぶんぶん大きく手を振る。教室内の視線が一気にわたしの方に集中して、篠原くんとも目が合った。
「あれ、あんな子クラスにいた?」
「神谷くんの知り合い?」
あわわわわ……! 今日一日なるべく陰を薄くして何事もなく過ごすつもりだったのに、すっかり注目を浴びてしまった……!
「やめなよ、神谷」と、篠原くんが肘で小突くまで、神谷くんは手を振るのをやめなかった。横で西田くんが可笑しそうに笑っている。他人事だと思って、笑ってんじゃないよ!
篠原くんの隣の席は、山口さんが独占し(かわいそうな誰かの席だ)、女子たちに夏祭りの思い出を自慢げに語って聞かせた。まるで、篠原くんとふたりきりで過ごしていたような言い方に、神谷くんと重田くんが「俺たちもいたけどな」と一々突っ込んでいた。
今や、教室内は山口さんの独壇場だ。女子たちの不穏な空気など全く気にしていない。自分に自信がある人って、やっぱりすごい。
わたしはふと、今朝送ったLINEの返信が気になってスマホを確認した。
『今日から、学校だよ! 稚奈ちゃん、よろしくね!』
『うんっ、なるちゃんと学校で会えるのすっごく楽しみ♪』
ちなちゃんから、可愛いハムスターのスタンプが押されている。
篠原くんと付き合うことになったと連絡をくれたのは、ちなちゃんからだ。失恋したと思ってずっと落ち込んでいたちなちゃんだったけど、あれから篠原くんともう一度話し合って付き合うことになったらしい。
すっかり元気を取り戻したちなちゃんは、わたしに恋バナをしてくれる。篠原くんと一緒にどこへ行ったとか、どんな話をしたとか、本当に幸せそうだ。