いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep72 女子たちの恋愛戦争
彩美は機嫌が悪かった。周囲が引くほど悪かった。それもそうだ。稚奈と咲乃が、つきあっていることを認めたからだ。今まで、くだらない漠然とした憶測だったものが事実のものとなってしまった。
篠原咲乃が、本田稚奈を選んだ。
それは、彩美を含む全ての女子たちにとってあまりにも衝撃的なものだった。咲乃に憧れを抱いていた学校中の女子たちの間で阿鼻叫喚の騒ぎになり、ショックのあまり体調不良で早退する生徒や、学校を休む生徒が続出し、授業どころではなくなったクラスもあったほどだった。今や相談室は、失恋相談の予約で満杯だという。
ふたりのことを耳に入れた時、彩美は信じられない気持ちで、すぐに咲乃のいるクラスへ向かった。
彩美が2組に訪れると、そこに咲乃の姿はなかった。
「篠原なら、本田の所じゃないか?」
近くの男子を捕まえて咲乃の所在を聞き出すと、彩美は本田稚奈のいる5組の教室まで走った。
5組に到着し、彩美が教室の入り口から咲乃の姿を探すと――いた。
咲乃は稚奈と、稚奈の友達の女の子たちに囲まれていた。友人たちは皆、誰もが二人のなりそめを知りたがり、誰もが稚奈を羨ましがっていた。
周囲の注目を浴び、女子たちの羨望を受けて、王子様と幸せそうに微笑み合う。彩美から見た稚奈はまるで、理想の王子様の心を射止めた、この学校の主人公そのものだった。
「ちょっと、彩美ー」
物思いに耽っていた彩美の肩が揺さぶられる。
「それ、やめなよー。みんなビビってるからさぁ」
「ん゛あ゛ぁ゛?」
ドスの利いた声を上げて愛花を睨むと、愛花はぱっと肩から手を放した。
「そう、それ! その顔だよ、その顔! 今にも人殺しそうな顔しちゃってるよ!?」
どういう意味よ、それ。彩美が腹立たしく思いながら教室の中を見回すと、クラスメイト達は、さっと彩美から目をそらした。すっかり怯えてしまっているクラスメイトたちを見て、彩美は、苛立ち紛れに重い溜息を吐いて腰を上げた。
「ちょ、ちょっと、どこに行くの?」
あの状態の彩美をのさばらせたら、本当に死人を出しかねない。愛花が慌てて引き留めると、彩美は射貫かんばかりに鋭く愛花を睨みつけた。
「トイレ!」
愛花のことを無視し、足を踏みしめて教室を出る。その時、丁度教室に戻ってきた神谷と鉢合わせた。
「んだよ、山口。凶悪犯みてーなツラし――」
「殺す」
食い気味に言われ、神谷はヒッと小さく悲鳴を上げて、大人しく彩美に道を譲った。
*
気持ちを紛らわせるために教室を出たが、そういう時に限って、一番見たくなかった顔と鉢合わせてしまうものだ。彩美は、廊下でたむろする女子たちを目に入れると、無視してそのまま通り過ぎようとした。
「ねぇ、見て。勘違い女の山口彩美じゃない?」
女子の一人が、隣の女子に彩美の存在を教える。するともう一人の女子が、はっとした顔をして口元に手をやった。
「ほんとだー。篠原くんと出かけたことがあるとか言って自慢してたらしいけど、嘘っぽいよねー。ってか、全部妄想? ヤバくない?」
女子たちの中心人物らしい少女が、彩美を嘲笑すると、それに準ずるように周囲の女子たちが嘲笑った。
高く結ったポニーテールを片側に流し、斜め分けにした前髪の下からは、おっとりとした黒い瞳が、可笑しそうに彩美を捉えている。
美人でスタイルもよく、学校でもトップクラスに入るほど目立つ容姿をした少女は、5人の女子を従えて歩いている。彼女はこの学校における女子グループのトップ。
「遠藤沙織」
彩美が忌々し気に名前を呼ぶと、美少女はうるおいたっぷりの唇を引き上げて微笑んだ。
ただでさえ気分が悪いのに、クソ女と喋りたくはない。彩美は無視を決め込んで踵を返した。女子たちのくすくす笑いが、嫌でも耳に入る。
「でも、まさか本田さんに取られるなんてびっくりだよねー。彩美、あんなに必死で篠原くんに媚び売ってたのにぃ。かわいそー」
彩美は歩みを止めて沙織に向き合うと、あえてニコッと笑って見せた。
「沙織だって、最近彼氏見てないけどー、大丈夫?」
彩美が顎に指を当てて可愛らしく尋ねると、沙織のおっとりした目の中に険がさした。
「なにが?」
「この時期に学校来てないって、ヤバいんじゃない? 休んでばっかりだと高校落ちちゃうよ?」
彩美が、自身の髪をくるくると指に巻き付けながら沙織の顔を窺う。
「悠真のことは関係ないでしょ!」
沙織が彩美に詰め寄ると、彩美はとぼけたふりをして唇に人差し指を当てた。
「だってぇ、沙織のこと心配なんだもん。もしかして、彼氏のことで悩んでるんじゃないかなって……」
そして彩美は、はっとわざとらしく手で口を塞いだ。
「ごめ~ん、まさか沙織が新島くんと上手くいってないなんてこと絶対にないのに! でも、もし悩みがあったら相談に乗るから、元気出して?」
彩美は可愛らしくウィンクすると、踵を返してそのまま歩きはじめた。自分の背後で、怒りに肩を震わせている沙織を想像して、彩美はいい気味だとばかりに鼻を鳴らした。
夏休み前から、新島悠真が学校を休んでいることについて、対外的には体調不良だということになっている。しかし、女子たちの間では、遠藤沙織と新島悠真は上手くいっておらず、沙織は悠真に距離を置かれているのでは、という噂があった。
真偽はわからないが、悠真が休んでいることで沙織が焦っていることは、彩美から見ても明らかだった。
比較的裕福な家庭らしく、持ち物はいつも新品でブランドものを愛用している遠藤沙織は、女子たちの憧れであることには間違いない。
しかし、彼女が女子グループトップでいられるのは、悠真の彼女というポジションがあってこそだった。悠真の存在を失くした今、自分の立場を守るのに必死のはず。悠真と付き合う前のように周囲の女子たちを恐怖で抑えつけないと、沙織はトップを維持できない状態なのだ。
今は、あんな女と関わるだけ時間の無駄だ。今の彩美の頭の中は、咲乃のことでいっぱいなのだから。
*
どうにかして、咲乃と話したい。しかし彼の傍には、常に稚奈がいる。どうしたら咲乃とふたりで話せるかを考えた結果、彩美は図書室に訪れていた。
咲乃と違って、稚奈には本を読む習慣はない。読書をするときくらいは、ひとりで読みたいだろうし、咲乃のことだ、図書室まではついてこさせないだろうと考えたためだった。
咲乃を探して、彩美が本棚の奥へと進む。文学コーナーの奥の方まで進むと、そこに咲乃が立っていた。黝色の表紙の分厚い本を開き、ていねいな手付きでページをめくっている。図書室の中で、より一層静謐な空気を身にまとった彼の姿を見つけて、彩美は思わず本棚の裏に隠れた。
気持ちを落ち着けてからようやく声をかける決心をつけると、彩美は本棚の裏から姿を表した。
「篠原くん、こんにちは」
彩美が声をかけると、活字を追っていた目が彩美を捉える。咲乃は読んでいた本をぱたんと閉じると、陽だまりに輝る美しい瞳を細めて、穏やかにほほ笑んだ。
「こんにちは、山口さん」
篠原咲乃が、本田稚奈を選んだ。
それは、彩美を含む全ての女子たちにとってあまりにも衝撃的なものだった。咲乃に憧れを抱いていた学校中の女子たちの間で阿鼻叫喚の騒ぎになり、ショックのあまり体調不良で早退する生徒や、学校を休む生徒が続出し、授業どころではなくなったクラスもあったほどだった。今や相談室は、失恋相談の予約で満杯だという。
ふたりのことを耳に入れた時、彩美は信じられない気持ちで、すぐに咲乃のいるクラスへ向かった。
彩美が2組に訪れると、そこに咲乃の姿はなかった。
「篠原なら、本田の所じゃないか?」
近くの男子を捕まえて咲乃の所在を聞き出すと、彩美は本田稚奈のいる5組の教室まで走った。
5組に到着し、彩美が教室の入り口から咲乃の姿を探すと――いた。
咲乃は稚奈と、稚奈の友達の女の子たちに囲まれていた。友人たちは皆、誰もが二人のなりそめを知りたがり、誰もが稚奈を羨ましがっていた。
周囲の注目を浴び、女子たちの羨望を受けて、王子様と幸せそうに微笑み合う。彩美から見た稚奈はまるで、理想の王子様の心を射止めた、この学校の主人公そのものだった。
「ちょっと、彩美ー」
物思いに耽っていた彩美の肩が揺さぶられる。
「それ、やめなよー。みんなビビってるからさぁ」
「ん゛あ゛ぁ゛?」
ドスの利いた声を上げて愛花を睨むと、愛花はぱっと肩から手を放した。
「そう、それ! その顔だよ、その顔! 今にも人殺しそうな顔しちゃってるよ!?」
どういう意味よ、それ。彩美が腹立たしく思いながら教室の中を見回すと、クラスメイト達は、さっと彩美から目をそらした。すっかり怯えてしまっているクラスメイトたちを見て、彩美は、苛立ち紛れに重い溜息を吐いて腰を上げた。
「ちょ、ちょっと、どこに行くの?」
あの状態の彩美をのさばらせたら、本当に死人を出しかねない。愛花が慌てて引き留めると、彩美は射貫かんばかりに鋭く愛花を睨みつけた。
「トイレ!」
愛花のことを無視し、足を踏みしめて教室を出る。その時、丁度教室に戻ってきた神谷と鉢合わせた。
「んだよ、山口。凶悪犯みてーなツラし――」
「殺す」
食い気味に言われ、神谷はヒッと小さく悲鳴を上げて、大人しく彩美に道を譲った。
*
気持ちを紛らわせるために教室を出たが、そういう時に限って、一番見たくなかった顔と鉢合わせてしまうものだ。彩美は、廊下でたむろする女子たちを目に入れると、無視してそのまま通り過ぎようとした。
「ねぇ、見て。勘違い女の山口彩美じゃない?」
女子の一人が、隣の女子に彩美の存在を教える。するともう一人の女子が、はっとした顔をして口元に手をやった。
「ほんとだー。篠原くんと出かけたことがあるとか言って自慢してたらしいけど、嘘っぽいよねー。ってか、全部妄想? ヤバくない?」
女子たちの中心人物らしい少女が、彩美を嘲笑すると、それに準ずるように周囲の女子たちが嘲笑った。
高く結ったポニーテールを片側に流し、斜め分けにした前髪の下からは、おっとりとした黒い瞳が、可笑しそうに彩美を捉えている。
美人でスタイルもよく、学校でもトップクラスに入るほど目立つ容姿をした少女は、5人の女子を従えて歩いている。彼女はこの学校における女子グループのトップ。
「遠藤沙織」
彩美が忌々し気に名前を呼ぶと、美少女はうるおいたっぷりの唇を引き上げて微笑んだ。
ただでさえ気分が悪いのに、クソ女と喋りたくはない。彩美は無視を決め込んで踵を返した。女子たちのくすくす笑いが、嫌でも耳に入る。
「でも、まさか本田さんに取られるなんてびっくりだよねー。彩美、あんなに必死で篠原くんに媚び売ってたのにぃ。かわいそー」
彩美は歩みを止めて沙織に向き合うと、あえてニコッと笑って見せた。
「沙織だって、最近彼氏見てないけどー、大丈夫?」
彩美が顎に指を当てて可愛らしく尋ねると、沙織のおっとりした目の中に険がさした。
「なにが?」
「この時期に学校来てないって、ヤバいんじゃない? 休んでばっかりだと高校落ちちゃうよ?」
彩美が、自身の髪をくるくると指に巻き付けながら沙織の顔を窺う。
「悠真のことは関係ないでしょ!」
沙織が彩美に詰め寄ると、彩美はとぼけたふりをして唇に人差し指を当てた。
「だってぇ、沙織のこと心配なんだもん。もしかして、彼氏のことで悩んでるんじゃないかなって……」
そして彩美は、はっとわざとらしく手で口を塞いだ。
「ごめ~ん、まさか沙織が新島くんと上手くいってないなんてこと絶対にないのに! でも、もし悩みがあったら相談に乗るから、元気出して?」
彩美は可愛らしくウィンクすると、踵を返してそのまま歩きはじめた。自分の背後で、怒りに肩を震わせている沙織を想像して、彩美はいい気味だとばかりに鼻を鳴らした。
夏休み前から、新島悠真が学校を休んでいることについて、対外的には体調不良だということになっている。しかし、女子たちの間では、遠藤沙織と新島悠真は上手くいっておらず、沙織は悠真に距離を置かれているのでは、という噂があった。
真偽はわからないが、悠真が休んでいることで沙織が焦っていることは、彩美から見ても明らかだった。
比較的裕福な家庭らしく、持ち物はいつも新品でブランドものを愛用している遠藤沙織は、女子たちの憧れであることには間違いない。
しかし、彼女が女子グループトップでいられるのは、悠真の彼女というポジションがあってこそだった。悠真の存在を失くした今、自分の立場を守るのに必死のはず。悠真と付き合う前のように周囲の女子たちを恐怖で抑えつけないと、沙織はトップを維持できない状態なのだ。
今は、あんな女と関わるだけ時間の無駄だ。今の彩美の頭の中は、咲乃のことでいっぱいなのだから。
*
どうにかして、咲乃と話したい。しかし彼の傍には、常に稚奈がいる。どうしたら咲乃とふたりで話せるかを考えた結果、彩美は図書室に訪れていた。
咲乃と違って、稚奈には本を読む習慣はない。読書をするときくらいは、ひとりで読みたいだろうし、咲乃のことだ、図書室まではついてこさせないだろうと考えたためだった。
咲乃を探して、彩美が本棚の奥へと進む。文学コーナーの奥の方まで進むと、そこに咲乃が立っていた。黝色の表紙の分厚い本を開き、ていねいな手付きでページをめくっている。図書室の中で、より一層静謐な空気を身にまとった彼の姿を見つけて、彩美は思わず本棚の裏に隠れた。
気持ちを落ち着けてからようやく声をかける決心をつけると、彩美は本棚の裏から姿を表した。
「篠原くん、こんにちは」
彩美が声をかけると、活字を追っていた目が彩美を捉える。咲乃は読んでいた本をぱたんと閉じると、陽だまりに輝る美しい瞳を細めて、穏やかにほほ笑んだ。
「こんにちは、山口さん」