いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep73 約束と再起
悠真が学校に行かなくなってからも、日下は毎日、放課後に悠真と会っていた。
悠真を心配して、彼の様子を見るために会いに行っているのだが、意外にも悠真に落ち込んでいる様子はなかった。むしろ張り詰めていたものが緩んだようだ。どこか気が抜けた様子ではあるものの、気持ち面では落ち着いているように見えた。
突然学校に行かなくなってしまった悠真を両親は心配しているようだが、勉強に集中したいと言って適当に誤魔化しているらしい。担任には、体調不良だと言っているようだ。
実際、3年生と言うだけあって、会ってやることと言えば受験勉強と、気晴らしにゲームをするくらいだ。さすがに1日中部屋にこもっているのは気が滅入るからと、気が向くままに日下や小林たちの家に遊びに行ったりもしていた。夏休みの間もほとんどそんな感じで、勉強の合間にたまにプールに行ったり、近所の空き地でバスケをして身体を動かしたりと、不登校児にしてはわりと健康的な生活を送っている。
その日悠真は、村上の部屋に集まっていた。勉強は既に済ませてしまい、何もやることが無くなった悠真たちは、各々スマホをいじったり漫画を読んだりして過ごしていた。
「遠藤と別れたってマジ?」
ふと思い出したことを日下が尋ねると、床に寝そべってスマホでゲームをしていた悠真は、短く「別れたよ」と答えた。
「なんで?」
「飽きたから」
淡白に答える悠真に、日下は眉をひそめた。
「なんで急に。お前ら、いい感じだったじゃん」
「いい感じっぽくしてただけ。だいぶ前から冷めてた」
日下も、村上も、悠真の言葉に驚いた。悠真と沙織の間に冷めきった印象はなかったからだ。
「よく、遠藤が納得したな」
沙織はかなり悠真のことが好きだったし、いつも悠真にべったりだった。冷めていたのは悠真のみで、突然別れを切り出されても納得しなかったのではないか。日下がそう思って尋ねると、悠真は面倒臭そうに答えた。
「してねぇよ。未だに時々家来るし」
そりゃあ、何の前触れもなく急に距離を置かれたら、沙織だって納得できないだろう。悠真は悠真で、沙織と話し合いなどするつもりはないらしく、自然消滅を狙っているようだ。
仮にも3年近く付き合っていたのにと、悠真の割り切りの良さに日下は苦笑した。
「もしかして、他に好きな子でもいんの?」
日下が興味本位で尋ねると、悠真はダルそうに眉を寄せた。
「恋愛って、絶対しなきゃだめ?」
「は?」
今まで見てきた悠真とは考えられない発言に、日下と村上が声をそろえて驚いた。
「しばらくは彼女とかいいよ。相手の機嫌とったりすんの疲れるし」
悠真の意外な言葉に何とも言えない気持ちになって、日下と村上は互いに顔を見合わせた。外界から遠ざかり過ぎて、悠真が山奥の僧侶みたいになりかけている。
「今思えば、本当は大して好きじゃなかったのかなって。まぁ、他の子よりかは可愛かったし、成り行きで付き合いはじめたよーなもんだったから」
目の前にいるのは本当にあの悠真なのかと疑ってしまうくらいに、今の悠真の発言は、日下と村上にとっては衝撃的なものだった。
*
2学期が始まって数日が経った頃、日下は、このまま篠原は卒業まで悠真を復学させないのではないかと心配になり始めていた。悠真がしたことの代償とはいえ、さすがに卒業まで教室出禁は罰が重すぎるのではと思ってしまう。
そろそろ悠真のことを許してもらえないか。咲乃にそう頼もうか悩んでいた矢先のこと、話は咲乃の方からあった。
「そろそろ新島くんを復学させてもいい頃だと思っているんだけど、一度、新島くんと話ができるよう日程を調節してくれる?」
咲乃の申し出は、日下にとって願ってもない言葉だった。
翌日。日下は学校が終わると、悠真を待ち合わせの公園まで連れてきた。そこにはなぜか神谷もいたが、咲乃が呼んだわけではないらしい。
「なんでお前もいるんだ?」
日下が神谷を睨みつけると、神谷は両腕を頭の後ろにまわしてニッと笑った。
「面白そうだからに決まってんだろ」
「どこで嗅ぎ付けて来んだ、こいつ」
日下は、呆れて溜息をついた。本当に、神谷は何にでも首を突っ込んでくる。
メンバーが揃うと、咲乃はしばらく会っていなかった悠真を前にして、いつものように穏やかに笑いかけた。
「久しぶりだね、新島くん。元気そうで良かったよ」
悠真を追い詰めた張本人とは思えぬ白々しい言葉に、悠真は呆れて肩をすくめた。
「篠原の方こそ、相変わらず何考えてるかわかんねーことするよな。俺がいるとクラスが荒れるから、邪魔なんじゃなかった?」
「そんなに不貞腐れないでよ。少しだけ学校から離れて頭を冷やす時間が必要だと思ったんだ。でも、そろそろ本気で高校進学を考える時期だし、出席日数は大切でしょう?」
悠真の挑発に、咲乃は素知らぬ様子でにこりと笑う。
「へぇ、心配してくれたんだ。さすが、うちの学級委員長は優しいな」
悠真がわざとらしく驚いた顔すると、すぐに目を細め咲乃の顔を探り見た。
「で、出席日数を盾に今度はなにをゆするつもり? 俺がやってきたことを考えれば、たった3ヵ月で復学なんて軽すぎるもんな?」
お前がそんなに甘いわけがない。悠真は咲乃を睨みつけると、咲乃は表面的な笑みを消し、真っすぐに悠真を見据えた。
「ひとつだけ、新島くんに頼みがあって呼んだんだ」
真剣に悠真を見つめるその瞳の中に、悠真はかつて見た暗い光を探した。
咲乃の瞳は日の光を受けて黒くつやつやと輝いていたが、その奥にあるものをうまく隠すように底が見えない。
咲乃は、悠真の探るような視線に気づいたのか、視線を落とし長い睫毛の奥にその瞳を隠した。そして静かに、悠真を呼び出した本当の目的を答えた。
「学校にいる間、ある人を守ってあげてほしい」
「それが復学の条件?」
それは悠真たちにとって、予想もしていない頼みだった。
困惑して悠真が尋ねると、咲乃は視線を上げ、強い眼差しを持ってしっかりと悠真を見つめる。
「あくまで個人的なお願いだよ。強制するつもりはない。ただ、きみの力を借りられたらと思って」
そして咲乃は、悔しそうに眉をひそめた。
「今の俺では、上手く守ってあげられそうもないから」
悠真は、息を呑んで黙り込んだ。
今まで悠真は、クラスの頂点にして誰かを貶める立場だった。
自分とは性格の合わない人、クラスに溶け込めずに浮いている人、容姿の悪い人、要領の悪い人、なんとなく存在が気に入らない人――。悠真が受け入れられない生徒は徹底的に排除してきた。
そんな自分が、他人を守るなんて考えもしない。もしも咲乃が、今まで悠真が虐げてきた類の人間を守れというのなら、それはまるで――。
「罰ゲームじゃん」
悠真にとっても、辛く厄介な頼みだ。咲乃が自身が課した十字架を、悠真にも背負わせようというのだから。
咲乃は表情を変えずに、静かに悠真の答えを待った。それはまるで、悠真を試すような沈黙だった。
悠真は黙り込んで、頭の中に思案を巡らせる。しかし、それも僅かな間だけで、すぐに観念したように息をついた。
「戻っていいなら、言う通りにするよ。暇をつぶす方法を考えるのにも飽きてきた頃だしさ」
「ありがとう。助かる」
悠真が了承すると、咲乃は安心したように表情を緩めた。
悠真に罰ゲームを課そうという割には、随分と切実そうな咲乃の様子に疑念を抱く。ただ嫌がらせがしたくて、適当に見繕っただけの相手ではないのか。
「で、俺は誰を守ってあげればいいわけ?」
学校で厄介な立場にいる人物だ。きっとカワイイ子は望めないだろう。半ば諦めて悠真が尋ねると、咲乃は朗らかに、かつ何かを含んだような笑みを浮かべた。
「最近教室復帰した、津田成海という女の子を守ってあげてほしい」
悠真を心配して、彼の様子を見るために会いに行っているのだが、意外にも悠真に落ち込んでいる様子はなかった。むしろ張り詰めていたものが緩んだようだ。どこか気が抜けた様子ではあるものの、気持ち面では落ち着いているように見えた。
突然学校に行かなくなってしまった悠真を両親は心配しているようだが、勉強に集中したいと言って適当に誤魔化しているらしい。担任には、体調不良だと言っているようだ。
実際、3年生と言うだけあって、会ってやることと言えば受験勉強と、気晴らしにゲームをするくらいだ。さすがに1日中部屋にこもっているのは気が滅入るからと、気が向くままに日下や小林たちの家に遊びに行ったりもしていた。夏休みの間もほとんどそんな感じで、勉強の合間にたまにプールに行ったり、近所の空き地でバスケをして身体を動かしたりと、不登校児にしてはわりと健康的な生活を送っている。
その日悠真は、村上の部屋に集まっていた。勉強は既に済ませてしまい、何もやることが無くなった悠真たちは、各々スマホをいじったり漫画を読んだりして過ごしていた。
「遠藤と別れたってマジ?」
ふと思い出したことを日下が尋ねると、床に寝そべってスマホでゲームをしていた悠真は、短く「別れたよ」と答えた。
「なんで?」
「飽きたから」
淡白に答える悠真に、日下は眉をひそめた。
「なんで急に。お前ら、いい感じだったじゃん」
「いい感じっぽくしてただけ。だいぶ前から冷めてた」
日下も、村上も、悠真の言葉に驚いた。悠真と沙織の間に冷めきった印象はなかったからだ。
「よく、遠藤が納得したな」
沙織はかなり悠真のことが好きだったし、いつも悠真にべったりだった。冷めていたのは悠真のみで、突然別れを切り出されても納得しなかったのではないか。日下がそう思って尋ねると、悠真は面倒臭そうに答えた。
「してねぇよ。未だに時々家来るし」
そりゃあ、何の前触れもなく急に距離を置かれたら、沙織だって納得できないだろう。悠真は悠真で、沙織と話し合いなどするつもりはないらしく、自然消滅を狙っているようだ。
仮にも3年近く付き合っていたのにと、悠真の割り切りの良さに日下は苦笑した。
「もしかして、他に好きな子でもいんの?」
日下が興味本位で尋ねると、悠真はダルそうに眉を寄せた。
「恋愛って、絶対しなきゃだめ?」
「は?」
今まで見てきた悠真とは考えられない発言に、日下と村上が声をそろえて驚いた。
「しばらくは彼女とかいいよ。相手の機嫌とったりすんの疲れるし」
悠真の意外な言葉に何とも言えない気持ちになって、日下と村上は互いに顔を見合わせた。外界から遠ざかり過ぎて、悠真が山奥の僧侶みたいになりかけている。
「今思えば、本当は大して好きじゃなかったのかなって。まぁ、他の子よりかは可愛かったし、成り行きで付き合いはじめたよーなもんだったから」
目の前にいるのは本当にあの悠真なのかと疑ってしまうくらいに、今の悠真の発言は、日下と村上にとっては衝撃的なものだった。
*
2学期が始まって数日が経った頃、日下は、このまま篠原は卒業まで悠真を復学させないのではないかと心配になり始めていた。悠真がしたことの代償とはいえ、さすがに卒業まで教室出禁は罰が重すぎるのではと思ってしまう。
そろそろ悠真のことを許してもらえないか。咲乃にそう頼もうか悩んでいた矢先のこと、話は咲乃の方からあった。
「そろそろ新島くんを復学させてもいい頃だと思っているんだけど、一度、新島くんと話ができるよう日程を調節してくれる?」
咲乃の申し出は、日下にとって願ってもない言葉だった。
翌日。日下は学校が終わると、悠真を待ち合わせの公園まで連れてきた。そこにはなぜか神谷もいたが、咲乃が呼んだわけではないらしい。
「なんでお前もいるんだ?」
日下が神谷を睨みつけると、神谷は両腕を頭の後ろにまわしてニッと笑った。
「面白そうだからに決まってんだろ」
「どこで嗅ぎ付けて来んだ、こいつ」
日下は、呆れて溜息をついた。本当に、神谷は何にでも首を突っ込んでくる。
メンバーが揃うと、咲乃はしばらく会っていなかった悠真を前にして、いつものように穏やかに笑いかけた。
「久しぶりだね、新島くん。元気そうで良かったよ」
悠真を追い詰めた張本人とは思えぬ白々しい言葉に、悠真は呆れて肩をすくめた。
「篠原の方こそ、相変わらず何考えてるかわかんねーことするよな。俺がいるとクラスが荒れるから、邪魔なんじゃなかった?」
「そんなに不貞腐れないでよ。少しだけ学校から離れて頭を冷やす時間が必要だと思ったんだ。でも、そろそろ本気で高校進学を考える時期だし、出席日数は大切でしょう?」
悠真の挑発に、咲乃は素知らぬ様子でにこりと笑う。
「へぇ、心配してくれたんだ。さすが、うちの学級委員長は優しいな」
悠真がわざとらしく驚いた顔すると、すぐに目を細め咲乃の顔を探り見た。
「で、出席日数を盾に今度はなにをゆするつもり? 俺がやってきたことを考えれば、たった3ヵ月で復学なんて軽すぎるもんな?」
お前がそんなに甘いわけがない。悠真は咲乃を睨みつけると、咲乃は表面的な笑みを消し、真っすぐに悠真を見据えた。
「ひとつだけ、新島くんに頼みがあって呼んだんだ」
真剣に悠真を見つめるその瞳の中に、悠真はかつて見た暗い光を探した。
咲乃の瞳は日の光を受けて黒くつやつやと輝いていたが、その奥にあるものをうまく隠すように底が見えない。
咲乃は、悠真の探るような視線に気づいたのか、視線を落とし長い睫毛の奥にその瞳を隠した。そして静かに、悠真を呼び出した本当の目的を答えた。
「学校にいる間、ある人を守ってあげてほしい」
「それが復学の条件?」
それは悠真たちにとって、予想もしていない頼みだった。
困惑して悠真が尋ねると、咲乃は視線を上げ、強い眼差しを持ってしっかりと悠真を見つめる。
「あくまで個人的なお願いだよ。強制するつもりはない。ただ、きみの力を借りられたらと思って」
そして咲乃は、悔しそうに眉をひそめた。
「今の俺では、上手く守ってあげられそうもないから」
悠真は、息を呑んで黙り込んだ。
今まで悠真は、クラスの頂点にして誰かを貶める立場だった。
自分とは性格の合わない人、クラスに溶け込めずに浮いている人、容姿の悪い人、要領の悪い人、なんとなく存在が気に入らない人――。悠真が受け入れられない生徒は徹底的に排除してきた。
そんな自分が、他人を守るなんて考えもしない。もしも咲乃が、今まで悠真が虐げてきた類の人間を守れというのなら、それはまるで――。
「罰ゲームじゃん」
悠真にとっても、辛く厄介な頼みだ。咲乃が自身が課した十字架を、悠真にも背負わせようというのだから。
咲乃は表情を変えずに、静かに悠真の答えを待った。それはまるで、悠真を試すような沈黙だった。
悠真は黙り込んで、頭の中に思案を巡らせる。しかし、それも僅かな間だけで、すぐに観念したように息をついた。
「戻っていいなら、言う通りにするよ。暇をつぶす方法を考えるのにも飽きてきた頃だしさ」
「ありがとう。助かる」
悠真が了承すると、咲乃は安心したように表情を緩めた。
悠真に罰ゲームを課そうという割には、随分と切実そうな咲乃の様子に疑念を抱く。ただ嫌がらせがしたくて、適当に見繕っただけの相手ではないのか。
「で、俺は誰を守ってあげればいいわけ?」
学校で厄介な立場にいる人物だ。きっとカワイイ子は望めないだろう。半ば諦めて悠真が尋ねると、咲乃は朗らかに、かつ何かを含んだような笑みを浮かべた。
「最近教室復帰した、津田成海という女の子を守ってあげてほしい」