いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep81 彩美と稚奈
朝。彩美は学校に到着すると、自分の席にかばんを置き、そのまま稚奈のいる教室に向かった。
5組の教室には、既に稚奈の姿があった。楽しそうに友人たちとお喋りしている彼女の傍らには、もちろん咲乃もいる。相変わらず、稚奈は咲乃の腕に自身の腕を巻き付け、まるで自分のものだと言うように、べったり咲乃にくっついていた。
彩美は誰に断るでもなく勝手に教室に入ると、咲乃の前で立ち止まった。
「篠原くん、おはよう!」
「おはよう、山口さん」
突然の彩美の登場にも動じることなく、咲乃は穏やかにあいさつを返した。となりにいた稚奈が、そっと眉を寄せる。彼女がいる前で咲乃と親し気にあいさつを交わす彩美が、面白くなかったのだ。
「山口さん、どうして来たの?」
咲乃の腕にさらに密着し、大きな瞳をくりくりさせて彩美を見た。ストレートに発せられた疑問には、彩美への警戒心がにじみ出ている。しかし彩美は、稚奈の話など聞こえていないかのように、稚奈の方は一瞥もせず、まっすぐに咲乃の方を見て言った。
「篠原くん、レポートのチェックをお願いできないかな。今日、世界史の授業で発表しなきゃ行けなくて」
両手を組んであざとくお願いする。
明らかに稚奈を無視するような態度に、稚奈だけではなく、稚奈の友人たちも面白くなさそうな顔をして彩美を睨みつけた。
「ねぇ、山口さん。そういうお願いって、先に稚奈に確認を取らなきゃ行けないんじゃない?」
彩美を非難したのは、稚奈の友人のひとりである、関口稀々香という少女だった。彼女の言葉に、他の友人たちからも非難の言葉が上がる。
「普通、他人の彼氏と喋ったりしなくない? ちょっとデリカシーないよね」
芦輪実生が、バカにしたように言う。すると、松浦世奈が同調した。
「ねー。普通、気をつかうよねー」
友人たちの非難攻撃に、稚奈は勝ち誇った気持ちで彩美を見た。味方のいない彩美が、稚奈に敵うはずがないと思ったのだ。
しかし、稚奈の期待は簡単に覆された。彩美はわざと驚いたように口元に手を当てると、不思議そうに声を上げたのだ。
「えー、私、本田さんの友達じゃないから、本田さんに許可取る必要なくない?」
あっけらかんとした彩美の物言いに、稚奈の友人たちの目が鋭くなる。彩美はそんな彼女たちの反応も構わず、わざと煽るように人差し指を頬に当てて、可愛らしくも考える仕草をした。
「だって、私、ずっと前から篠原くんの友達だったし。最近、付き合ったばっかりの本田さんに気をつかわなきゃいけないとか、マジ意味わかんないんだけど。むしろ、彼氏の女友達との関係を切らせるのって、束縛っぽくない??」
彩美が無邪気に笑って見せると、稚奈の友人たちは何も言えずにお互いの顔を見合わせた。確かに彩美は、稚奈の友達ではない。稚奈の友達ではないから、稚奈に何を思われようが関係ないのだ。
稚奈の友人たちの反応に満足すると、彩美は改めて、稚奈の方に向き直った。
「でも、本田さんがどうしても嫌だっていうなら、私も篠原くんと仲良くするのは控えるよ? ちょっとレポートを確認してほしかっただけなんだけど……」
残念そうに微笑んだ彩美に、稚奈の表情が固まった。もし、ここで稚奈が拒否すれば、本当に束縛の激しい我儘な彼女のように映ってしまう。あまりにもきつい束縛は咲乃も嫌がるだろうし、周囲の印象も良くない。ここでの拒否は、一転して稚奈の評判に傷をつけることになるだろう。
稚奈は戸惑った顔で咲乃を見ると、寂しそうに目を伏せて微笑んだ。
「篠原くんがしたいなら、稚奈、大丈夫だよ」
そっと弱々しく咲乃の服の裾をつまむ。今度は彩美の顔が引きつった。
全く大丈夫そうには見えない、まるで小動物のように不安げな様子は、誰が見ても庇護欲を掻き立てられるものだった。確かにそれも、ある種の束縛ではある。しかし、彼女の愛らしい嫉妬を嫌がる男はいるだろうか。
咲乃はふわりと微笑むと、稚奈の頭を優しくなでた。
「ごめんね、本田さん。レポートを見るだけだから。少しだけ待ってくれる?」
しかし、そんな稚奈に対しても、咲乃の対応は大人だった。彼女の愛らしい嫉妬を穏やかになだめると、稚奈は表情を緩めて「うん、待ってるね」と頷いた。
甘やかなふたりのやり取りに、彩美は顔が引きつりそうになるのを何とか堪える。
稚奈の腕から離れ、彩美と咲乃が別の場所に移動すると、咲乃が、彩美の持っていたタブレットの画面を覗き込んだ。一通りレポートに目を通した後で、簡潔に感想を述べつつ笑い合う。
和やかな咲乃と彩美の様子に、ひっそりとそれを見る稚奈の顔は固くひきつっていた。
その日を境に、彩美は頻繁に稚奈の教室に訪れるようになった。そして、稚奈がいるのも構わず、積極的に咲乃のみに話しかけた。
後日、レポートを見てくれたお礼にと言って焼き菓子を持って来たり、勉強していて分からない箇所があったから教えてほしいと言ったり、はたまたただの雑談をしに来たりと、彩美の傍若無人ぶりな行動は稚奈を困惑させ、稚奈の友人たちは彩美に対して鬱憤を募らせることになった。
ある日、ついに我慢に耐え兼ねた稚奈の友人たちが、彩美の教室まで訪れた。彩美を廊下に呼び出し、3人で彩美を取り囲む。
「あのさ、いい加減にしてくれないかな!」
関口稀々香の怒鳴り声が、廊下中に響き渡った。一体何があったのかと、野次馬たちが教室から顔を出し、彩美たちの周りに集まってくる。
稀々香はそんな周囲の状況もお構いなしに、彩美に詰め寄った。
「アンタが篠原くんと仲が良いのはわかるけど、稚奈の前ではやめてよ! 稚奈が可哀そうでしょ!?」
稀々香の隣りで、松浦世奈がせせら笑った。
「篠原くんは、稚奈の彼氏なんだよ。いくらアンタが篠原くんのことが好きだからって、篠原くんには届かないの」
彩美は、この状況に面倒臭さを感じながら、胸に垂れる長い髪を指に巻き付けて弄んだ。
全く響いていないとわかる彩美の態度に、芦輪実生が、ドンッと彩美の顔の横の壁を叩いた。
「稚奈は今、嫌がらせされて傷ついてんの。そんな稚奈を追い詰めるような事はやめて」
今日も、稚奈のジャージが砂まみれになって机の上に置かれていたのだ。午後の体育の授業で使うはずだったのに、稚奈は他クラスの子から、ジャージを借りなければならなくなってしまった。
彩美は、稚奈のために怒る友人たちを冷めた目で睨むと、「本田さんの前じゃなきゃいいんだ」と冷たく言い放った。
「は?」
稀々香が眉を顰めると、彩美は肩をすくめた。
「だってそうでしょう? 本田さんさえいなければ、本田さんに気をつかう必要なんてないもん」
彩美は悪びれずにそう言うと、視線を世奈の方へ向けた。
「松浦さんって、本田さんがいないときに、よく篠原くんと話してるよね。この前、篠原くんにノートを運ぶの手伝ってもらってるの見ちゃったし」
「ウチは別に……。あれは、たまたま手伝ってもらっただけで――」
「でも、わざわざ篠原くんに頼まなくてもよくない? 日直ってペアでやるものでしょ? もうひとりの男子に頼めばいいのに、なんで2組の篠原くんに頼むかなぁ?」
「あの時は、鈴木くんの手が空いてなかったから……」
「えー、でもぉ、彼女の許可なく勝手に彼氏と話しちゃダメなんじゃないの? 本田さんには許可取った?」
彩美は、愛らしく小首をかしげて続けた。
5組の教室には、既に稚奈の姿があった。楽しそうに友人たちとお喋りしている彼女の傍らには、もちろん咲乃もいる。相変わらず、稚奈は咲乃の腕に自身の腕を巻き付け、まるで自分のものだと言うように、べったり咲乃にくっついていた。
彩美は誰に断るでもなく勝手に教室に入ると、咲乃の前で立ち止まった。
「篠原くん、おはよう!」
「おはよう、山口さん」
突然の彩美の登場にも動じることなく、咲乃は穏やかにあいさつを返した。となりにいた稚奈が、そっと眉を寄せる。彼女がいる前で咲乃と親し気にあいさつを交わす彩美が、面白くなかったのだ。
「山口さん、どうして来たの?」
咲乃の腕にさらに密着し、大きな瞳をくりくりさせて彩美を見た。ストレートに発せられた疑問には、彩美への警戒心がにじみ出ている。しかし彩美は、稚奈の話など聞こえていないかのように、稚奈の方は一瞥もせず、まっすぐに咲乃の方を見て言った。
「篠原くん、レポートのチェックをお願いできないかな。今日、世界史の授業で発表しなきゃ行けなくて」
両手を組んであざとくお願いする。
明らかに稚奈を無視するような態度に、稚奈だけではなく、稚奈の友人たちも面白くなさそうな顔をして彩美を睨みつけた。
「ねぇ、山口さん。そういうお願いって、先に稚奈に確認を取らなきゃ行けないんじゃない?」
彩美を非難したのは、稚奈の友人のひとりである、関口稀々香という少女だった。彼女の言葉に、他の友人たちからも非難の言葉が上がる。
「普通、他人の彼氏と喋ったりしなくない? ちょっとデリカシーないよね」
芦輪実生が、バカにしたように言う。すると、松浦世奈が同調した。
「ねー。普通、気をつかうよねー」
友人たちの非難攻撃に、稚奈は勝ち誇った気持ちで彩美を見た。味方のいない彩美が、稚奈に敵うはずがないと思ったのだ。
しかし、稚奈の期待は簡単に覆された。彩美はわざと驚いたように口元に手を当てると、不思議そうに声を上げたのだ。
「えー、私、本田さんの友達じゃないから、本田さんに許可取る必要なくない?」
あっけらかんとした彩美の物言いに、稚奈の友人たちの目が鋭くなる。彩美はそんな彼女たちの反応も構わず、わざと煽るように人差し指を頬に当てて、可愛らしくも考える仕草をした。
「だって、私、ずっと前から篠原くんの友達だったし。最近、付き合ったばっかりの本田さんに気をつかわなきゃいけないとか、マジ意味わかんないんだけど。むしろ、彼氏の女友達との関係を切らせるのって、束縛っぽくない??」
彩美が無邪気に笑って見せると、稚奈の友人たちは何も言えずにお互いの顔を見合わせた。確かに彩美は、稚奈の友達ではない。稚奈の友達ではないから、稚奈に何を思われようが関係ないのだ。
稚奈の友人たちの反応に満足すると、彩美は改めて、稚奈の方に向き直った。
「でも、本田さんがどうしても嫌だっていうなら、私も篠原くんと仲良くするのは控えるよ? ちょっとレポートを確認してほしかっただけなんだけど……」
残念そうに微笑んだ彩美に、稚奈の表情が固まった。もし、ここで稚奈が拒否すれば、本当に束縛の激しい我儘な彼女のように映ってしまう。あまりにもきつい束縛は咲乃も嫌がるだろうし、周囲の印象も良くない。ここでの拒否は、一転して稚奈の評判に傷をつけることになるだろう。
稚奈は戸惑った顔で咲乃を見ると、寂しそうに目を伏せて微笑んだ。
「篠原くんがしたいなら、稚奈、大丈夫だよ」
そっと弱々しく咲乃の服の裾をつまむ。今度は彩美の顔が引きつった。
全く大丈夫そうには見えない、まるで小動物のように不安げな様子は、誰が見ても庇護欲を掻き立てられるものだった。確かにそれも、ある種の束縛ではある。しかし、彼女の愛らしい嫉妬を嫌がる男はいるだろうか。
咲乃はふわりと微笑むと、稚奈の頭を優しくなでた。
「ごめんね、本田さん。レポートを見るだけだから。少しだけ待ってくれる?」
しかし、そんな稚奈に対しても、咲乃の対応は大人だった。彼女の愛らしい嫉妬を穏やかになだめると、稚奈は表情を緩めて「うん、待ってるね」と頷いた。
甘やかなふたりのやり取りに、彩美は顔が引きつりそうになるのを何とか堪える。
稚奈の腕から離れ、彩美と咲乃が別の場所に移動すると、咲乃が、彩美の持っていたタブレットの画面を覗き込んだ。一通りレポートに目を通した後で、簡潔に感想を述べつつ笑い合う。
和やかな咲乃と彩美の様子に、ひっそりとそれを見る稚奈の顔は固くひきつっていた。
その日を境に、彩美は頻繁に稚奈の教室に訪れるようになった。そして、稚奈がいるのも構わず、積極的に咲乃のみに話しかけた。
後日、レポートを見てくれたお礼にと言って焼き菓子を持って来たり、勉強していて分からない箇所があったから教えてほしいと言ったり、はたまたただの雑談をしに来たりと、彩美の傍若無人ぶりな行動は稚奈を困惑させ、稚奈の友人たちは彩美に対して鬱憤を募らせることになった。
ある日、ついに我慢に耐え兼ねた稚奈の友人たちが、彩美の教室まで訪れた。彩美を廊下に呼び出し、3人で彩美を取り囲む。
「あのさ、いい加減にしてくれないかな!」
関口稀々香の怒鳴り声が、廊下中に響き渡った。一体何があったのかと、野次馬たちが教室から顔を出し、彩美たちの周りに集まってくる。
稀々香はそんな周囲の状況もお構いなしに、彩美に詰め寄った。
「アンタが篠原くんと仲が良いのはわかるけど、稚奈の前ではやめてよ! 稚奈が可哀そうでしょ!?」
稀々香の隣りで、松浦世奈がせせら笑った。
「篠原くんは、稚奈の彼氏なんだよ。いくらアンタが篠原くんのことが好きだからって、篠原くんには届かないの」
彩美は、この状況に面倒臭さを感じながら、胸に垂れる長い髪を指に巻き付けて弄んだ。
全く響いていないとわかる彩美の態度に、芦輪実生が、ドンッと彩美の顔の横の壁を叩いた。
「稚奈は今、嫌がらせされて傷ついてんの。そんな稚奈を追い詰めるような事はやめて」
今日も、稚奈のジャージが砂まみれになって机の上に置かれていたのだ。午後の体育の授業で使うはずだったのに、稚奈は他クラスの子から、ジャージを借りなければならなくなってしまった。
彩美は、稚奈のために怒る友人たちを冷めた目で睨むと、「本田さんの前じゃなきゃいいんだ」と冷たく言い放った。
「は?」
稀々香が眉を顰めると、彩美は肩をすくめた。
「だってそうでしょう? 本田さんさえいなければ、本田さんに気をつかう必要なんてないもん」
彩美は悪びれずにそう言うと、視線を世奈の方へ向けた。
「松浦さんって、本田さんがいないときに、よく篠原くんと話してるよね。この前、篠原くんにノートを運ぶの手伝ってもらってるの見ちゃったし」
「ウチは別に……。あれは、たまたま手伝ってもらっただけで――」
「でも、わざわざ篠原くんに頼まなくてもよくない? 日直ってペアでやるものでしょ? もうひとりの男子に頼めばいいのに、なんで2組の篠原くんに頼むかなぁ?」
「あの時は、鈴木くんの手が空いてなかったから……」
「えー、でもぉ、彼女の許可なく勝手に彼氏と話しちゃダメなんじゃないの? 本田さんには許可取った?」
彩美は、愛らしく小首をかしげて続けた。