いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「山口さんって、山口彩美さん?」

 確認するようにちなちゃんに尋ねると、ちなちゃんは悲しそうに頷いた。わたしはその名前を聞いて、山口さんがちなちゃんの恋のライバルだったことを思い出す。
 そう言えば、一度山口さんに絡まれたことあったっけ。その時、ちなちゃんたちがいつから付き合ってるのかとか、付き合った経緯とかを聞かれて、それで最後に、伝えておけって言われたことがあって――。

 「篠原くんに纏わりついているのは目障りだ」って、ちなちゃんに伝えとけって言われたんだ。

 全身から血の気が引くのを感じて、寒気を覚える。身体が震えた。あの時、山口さんの怒りは相当のものだった。もし嫌がらせの犯人が山口さんだったら……。正直、山口さんが一番あり得る。

「篠原くんのお見舞いに行った時も、稚奈に怒ってたみたいだったから……。山口さん、未だに篠原くんのこと諦めてないみたい。稚奈のこと睨んでくるし、すごく怖くて……」

「……そう、なんだ……。篠原くんには、言ったの?」

 わたしがちなちゃんに聞くと、ちなちゃんは哀しそうに首を横に振った。

「言えないよ。だって、山口さんは篠原くんにとって、大事なお友達みたいなんだもん……」

 親しくしている人のことを何の根拠もなく悪く言われたら、篠原くんだってきっといい気はしないだろうと、言い出せずにいるのだ。
 たしかに、山口さんが嫌がらせの犯人である証拠はないから、犯人だって言い切れない。決めつけるのはよくないかもしれないけれど、わたしたちにしてみれば、山口さんは十分怪しい。

「ちなちゃんが言いにくいなら、わたしから言ってみようか? ちなちゃんが嫌な目に合ってるのは、事実なんだし。怪しいと思ったら、気を付けるに越したことはないと思うし」

 山口さんに睨まれることも、わたしが山口さんに絡まれたことも、一応、篠原くんの耳に入れておくくらいはしてもいいはずだ。篠原くんなら、山口さんに対しても上手く対応してくれるはずだし。

「お願いしちゃっても、いいの? なるちゃん」

「もちろんだよ、ちなちゃん。わたしだって、ちなちゃんのために何かしたいもん。早く、嫌がらせとかも無くなってほしいしさ」

「ありがとう、なるちゃん!」

 ぎゅっとちなちゃんに抱き着かれて、わたしもちなちゃんの背中をぽんぽんと叩く。何もできないかもと思ってたけど、少しはちなちゃんの力になれそうだ。

 そろそろ帰ることを伝えると、ちなちゃんは玄関口まで見送りに出てくれた。

「今日はお話を聞いてくれてありがとう。おかげで元気になっちゃった!」

「何かあったら、絶対に言ってね。わたしはちなちゃんの味方だから!」

「うん! ありがとう、なるちゃん!」

 ちなちゃんに手を振りつつ、門を抜ける。
 これから勉強会だから、急いで篠原くんの家に向かわないと。

「遅くない?」

「ぎょえっ!!!」

 門を出た瞬間に、声がかかって、思わず飛び跳ねる。塀に寄りかかるようにして、さっき別れたはずの新島くんが立っていた。

「な、ななななんでいるんですか! 帰ったんじゃなかったんですか!!」

 驚きすぎてばくばく鳴っている胸を抑えて新島くんに尋ねると、新島くんは気怠そうに肩をすくめた。

「あんたを無事に家まで送る約束だったから」

「だ、だからって、ずっと待ってたんですか!?」

 鬱陶しそうに、新島くんが頷いた。

 待ってたって、40分近くはちなちゃんと喋ってたけど??

 わたしが呆然としていると、新島くんは訝し気に眉を寄せた。

「帰らないの?」

「あ、いえ。実はこれから、まだ寄るところが……」

「はぁ? いい加減にしろよ。俺だって早く帰りたいんだけど」

 いや、勝手についてきたのそっち!

「そ、そうは言いましても、これから篠原くんの家で勉強会ですし……」

「篠原の?」

 苛立っていた新島くんの表情が、驚いたものに変わった。

「わりとがっつりめの勉強会なので、勉強道具がないと暇だと思いますけど、新島くんも来ますか……?」

 本当は新島くんを連れて行きたいなんてカケラも思ってないけど、どうやら(うち)に帰るまではどこまででもついてきそうな勢いだったので、一応聞いてみることにする。

 ちなちゃんの参加も拒否してた神谷くんが、受け入れるかどうかはわからないけど。

「行く」

「はは。……そうですか」

 やっぱり、わたしが家に帰るまでは、新島くんも帰らないつもりらしい。





 篠原くんの家に到着すると、新島くんは興味深そうに家の外観を眺めた。

「ここが篠原ん()?」

「そうです」

 軽く会話をしつつ、インターホンを鳴らす。インターホンから篠原くんの声がした後、家のドアが開いた。

「津田さん、いらっしゃい」

「お邪魔します。あの、すみません、遅れちゃって」

「ううん。事前に連絡をくれていたし、本田さんからも聞いていたから大丈夫だよ」

 私服姿の篠原くんが、軽やかに微笑んで言うと、その視線が新島くんへと映った。

「新島くんも来たんだ?」

「あ、あの。新島くんが、わたしを無事に家まで送り届けるまで帰れないって。勉強会が終わるまで、新島くんも良いですかね?」

 わたしが篠原くんにお伺いを立てると、篠原くんは、新島くんの方を見た。

「後は俺が送るから、新島くんは帰っていいよ」

 にこりと微笑んだ篠原くんを、真っすぐに新島くんが見つめる。僅かに間が空いた後、(なぜだか、ふたりの間で無言のやり取りがあった気がした)新島くんは、はぁと軽くため息をついた。

「わかった、俺は帰るよ。じゃあな、津田さん」

「は、はい。また明日……」

 なんだか追い返したみたいになってしまったけど、良かったのだろうか。

「津田さんの送り迎えを頼んだのは俺だって、新島くんに聞いた?」

「あ、はい。約束がどうのとか言って……」

 新島くんが帰って行くのを見送っていると、篠原くんが話しかけてきた。

「遠藤さんの件があって、頼りになるのは新島くんだけだと思ったんだけど、どう?」

 わたしは、はっとして篠原くんを見た。そうだ、前々からそのことで篠原くんに文句を言おうと思っていたのだ。

「どうって、めちゃくちゃ困りますよ! なんで、よりによって新島くんなんですか!」

 おかげで毎日別の意味で胃が痛くなっている。そうクレームをつけると、篠原くんは眉を下げて苦笑した。

「ごめんね、津田さん。でも、役には立ったでしょう?」

「そりゃあ、まぁ……。守ってくれたことは……ありましたけど……」

「そう、よかった」

 篠原くんが穏やかに頷くと、リビングの方へと行ってしまった。

「篠原くんって、こういうところは強引なんだよなぁ」

 こうすると決めたことは絶対に揺るがない。テストを受けさせようとした時も、相談室登校を勧めた時も。いつも、いつのまにか外堀を埋められていて、気付いた時にはそうなるように流されてしまっている。

 篠原くんって、結構(したた)かだ。

 今後も、無事に学校生活を送るためには、わたしの胃を犠牲にするしかないらしい。わたしはお腹をさすりながら、深くため息を吐いた。
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