いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
Chapter1〈1 人間不信のドア越し攻防〉

ep1 面識のない訪問者


【高嶺の君とキズナを紡ぐ】



 幼い頃から太っていたわたしは、容姿のことでからかわれることが多かった。それが、中学に入ると本格的ないじめに変わった。クラスの女子グループを仕切っていた女の子に、目をつけられてしまったのだ。
 
 毎日のいじめに耐えられなくなって、夏休み前には学校へ行けなくなった。担任や家族には、いじめられていた事を言っていない。下手に問題を大きくされて、あの子たちに恨まれるのは嫌だったし、いじめと戦う勇気なんて、わたしにはなかったから。


 篠原くんに勉強を教わるようになったのは、2年生に進級してしばらく経った秋ごろ。
 学校からのおしらせのプリントを、篠原くんが届けに来たことがきっかけだった。

「はじめまして、津田さん。同級生の篠原(しのはら)です。最近、転校してきたばかりなんだ。よろしくね」

 部屋の外から語り掛けてきたその声は、穏やかで爽やかな、春の陽だまりみたいな声をしていた。






「津田さん、集中してる?」

「ひぃっ!」

 突然、目の前にキレイな顔が映り込んできて、わたしは驚きのあまり小さく息を呑んだ。後ろにのけぞった拍子に、勉強机の椅子の脚に頭をぶつけてしまう。

 痛ったぁ……。ただでさえバカなのに、もっとバカになっちゃうよ……。

 ずきずきする頭を抱えつつ、慌てて起き上がる。ミニテーブルの下に転がったシャーペンをひろった。

「す……すみません、つい考え事を……」

 わたしがおずおず謝ると、篠原くんはスマホを取り出して、休憩のタイマーを設定した。

「少し早いけど、休憩しようか」

 30分も経たずに集中力が切れてしまうなんて。せっかく篠原くんが直々に勉強を見てくれているのに、なんて失礼な話だろう。

 わたしは、内心申し訳なさを感じつつ、自分の心を落ち着かせようと、用意していたペットボトルのお茶を喉に流し込んだ。はぁとため息を吐き口元を拭うと、同じく水分補給をしている篠原くんをこっそり横目で窺う。

 篠原くんは、そのきれいな声と同様にきれいな容姿をしている。端的に言うと、微笑み系の美少年。ふとした時に彼が見せる微笑は、きっと何人もの人を堕としてきたであろうキラースマイルだ。
 茶色に近い黒髪に、色白の肌。あまりに繊細なきめ細かい素肌は、窓から差し込む冬の柔い日差しに包まれて、まるで光沢を放っているようにさえ見える。あぁ、なんてきれいなんだろう。良く出来た人形(つくりもの)みたいだ。

 こんな美少年と同じ空間で、(というか、キャラのポスターやマンガがごちゃごちゃ置かれたオタク部屋で)一緒に勉強しているなんて未だに信じられない。果たして、こんなことがあっていいのだろうか。いいや、わたしみたいなデブスは、篠原くんみたいな美少年と関わって良い訳がない。きっとこれは、何かの間違い(バグ)だ。

「津田さん、さっきから何を考えているの?」

 篠原くんの、透き通るような美しい黒い瞳がこちらを見た。

「あ……いや、別に……」

 美しすぎて見惚れていましたなんてバカ正直に言えるわけもなく、あちらこちらに視線をさ迷わせながら応える。篠原くんは、そんなわたしを見て、不思議そうに首を傾げた。

「もしかして、勉強時間が長い? もう少し短縮する?」

「い……いえ。勉強時間は、大丈夫なんですけど……」

「そう? じゃあ、他に困っていることでもあるの?」

 困ってます。篠原くんが眩しすぎて、目のやり場に困ってます。

「……い、いえ……別に何も」

 でも、そんなこと、本人に言えるわけもない。

「そう。何かあったら、遠慮なく言ってね。津田さんがストレスなく勉強に取り組めるようになるのが一番だから、ね?」

 そう言って、柔らかく笑った篠原くんの笑顔が眩しすぎて、わたしは一瞬、意識を飛ばした。



 篠原くんに初めて声をかけられた当初、わたしは驚きのあまり、突然現れた篠原くんのことを信用出来なかった。
 今までわたしにプリントを届けに来てくれた人たちはみんな、わたしが住むマンションの集合ポストに投函するだけで、直接に家に上がることは無かったからだ。
 篠原くんが来たときは、きっと「顔も知らない不気味なクラスメイトに対する軽薄な嫌がらせ」か、「罰ゲームに使われた」かのどちらかだと思っていた。

 わたしは部屋のドアに鍵をかけ、篠原くんの呼びかけを無視して応じなかった。わたしに寄り添おうとする、彼の言葉のすべてを拒んだのだ。

「去年、あるクラスでいじめがあったって聞いたよ」

「……」

「津田さんが学校に行きたくないのなら、俺は無理に来なくても良いと思うよ。でも、俺なら話し相手になれるし、出来れば友達になろうよ」

 友達になりたいなんて、本当は思ってもいないくせに。その時は、そう思っていた。わたしなんかと仲良くなりたい人なんて、どこにもいないんだって。


 今はこうして、一緒に勉強しているわけだけど、なんで篠原くんが毎日うちに来て勉強を見てくれているのか、理由は未だにさっぱりわからない。だけどわたしには、篠原くんに理由を聞く勇気もない。
 わたしがその理由を聞いてしまったら、とたんにすべての魔法が解けてしまって、何もかもが無くなってしまうんじゃないかと思ってしまうから。
 中学生にもなって魔法だなんて、さすがに幼稚すぎるなとは思う。だけど、それくらいわたしにとって篠原くんは、あまりにも現実味がなくて、きっといつかは消えていなくなってしまう人なのだろうと思っている。

 篠原くんのスマホのタイマーが鳴った。ぼうっと考え事をしていたわたしの思考は、穏やかに流れるタイマー音にかき消された。

「津田さん、そろそろ勉強に戻ろうか」

「……は、はい」

 篠原くんに言われて、わたしは数学の問題集を開く。

 しばらく問題を解いて、篠原くんに採点してもらう。間違えた問題の解き方を教えてくれるために、篠原くんはわたしの隣まで移動した。

 仕方なしに近づく距離に、ふわりと柔軟剤の香りがした。石鹸と柑橘系を合わせた爽やかな甘い香り。どうして篠原くんは、匂いすらも美少年なのか。
 わたしは霧散しかかる集中力をかき集めて、篠原くんの説明に耳を傾ける。ふと隣を見ると、目を伏せた篠原くんの長い睫毛が瞳にかかり、繊細なまつげが光を受けてきらきらと輝いていた。

 見惚れてしまって全然説明が頭に入らないよ、どうしよう。
 がんばって集中しなきゃと、整った横顔から視線を逸らして、篠原くんの手元を見る。長くしなやかな指がシャーペンを持ち、紙にさらさら数式を書き込みながら解き方を説明してくれている。
 その手にすら、一瞬で目を奪われてしまう。この美少年、どこを切り取っても美しすぎる。

 ……ダメだ。こんなの本当に勉強どころじゃなくなっちゃう。ただでさえ男子とまともに話したことがないのに、こんな美少年とこんなに近い距離で勉強なんて、また脳みそが許容量を超えてショートしちゃう。
 集中……。集中しなきゃ……。脳よ動け。篠原くんの美しさに、意識を飛ばしている場合じゃない!



 篠原くんに気を取られないよう必死になって問題に取り組むうちに、いつの間にか集中していたらしい。しばらく勉強を進めていると、ふと篠原くんのノートに目がいった。重要な箇所にマーカーが引かれ、隅にメモ書きが細かく書かれている。読みやすい丁寧な字で、丁寧にまとめられたノートだった。

「あ、あの……。篠原くんは、勉強が好き……なんですか?」

 気になって尋ねてみると、篠原くんはペンを止めてわたしの方を見た。

「んー。好きか嫌いかって考えたことないな。必要だからしてるって感じだから」

「……必要だから」

 勉強が、好きとか嫌いとかの次元じゃないんだ。すごいなぁ。必要なことを、ちゃんと出来る人って。

「すごい、ですね。わたしは、どうしても、勉強は苦手、なので……」

 難しいだけで面白くないし、好きじゃないことで何時間も机に向かわなきゃいけないなんて、すごく苦痛に感じてしまう。やらなきゃいけないことだとはわかっているけど、その苦痛がやる気を損ねてしまうのだ。

「わかるようになると面白いよ。それこそクイズを解いているみたいだしね」

「クイズ、ですか……」

 退屈な勉強を、クイズを解くみたいに楽しもうだなんて、思ったことなかった。

「津田さんだって、今から勉強を始めても、全く遅くはないと思うよ」

 篠原くんは穏やかに言って、わたしに笑いかけた。

「1年生の分を取り戻すにしても、時間はたくさんあるし、俺も出来ることなら協力するしね」

「……で、でも。わたしなんかに、勉強を教えるなんて、篠原くんの時間が、もったいない、ですよ。じ、自分の、べ、勉強にあてたほうが……」

「もったいなくなんかないよ。人に教えると、学んだことが脳に定着しやすくなるんだって。俺にとっても、どこまで理解できているか確認になって助かるし、津田さんにどう説明すればわかりやすいかを考えながら勉強するの、けっこう楽しいよ」

「……そ、そう、なんですか?」

「うん。だから、津田さんも一緒に頑張ろう?」

 篠原くんの言葉に、わたしは目をぱちくりさせた。
 篠原くんは、こんなブスと一緒にいて嫌じゃないのかな。今まで会った男子は、わたしと目が合っただけでも嫌な顔をするのに。

「……よ、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 ふわっと笑った篠原くんの笑顔の眩しさに、脳は簡単に許容量を超え、わたしの意識は再び飛んだ。



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