いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep84 輝け青春、英至中学校体育祭!!
*
数週間前、2組でクラス対抗リレーの走順の話し合いが行われた。
「今年は篠原と悠真がいるし、楽勝だな」
「やっぱり、クラスで一番遅いヤツが先に走った方がいいんじゃん?」
「でも、それだと後半厳しくならねぇか? 後半に固めようぜ」
「アンカーは、二人のうちどっちが走んの?」
石淵たちが熱心に声を上げる中、悠真は冷めた気持ちで、ぼんやりとクラスの話し合いが行われるのを眺めていた。昔の悠真であれば、率先してこの議題の指揮をとっていたであろうが、今の悠真にその熱意はない。以前であれば、当然のように求められたアンカーも、今はもうどうでもよくなっていた。
話し合いは盛り上がり、いよいよ収集がつかなくなってきたところで、学級委員として話し合いを取り仕切っていた咲乃が手を上げた。
「俺からも提案があるんだけど、少しだけ話を聞いてもらえるかな」
穏やかな声色が、教室内に響く。ああだこうだ熱心に話し込んでいた声が、その一言でぴたりと止まった。
咲乃は、悠然と教室の中を見渡すと、良く響く声で続けた。
「個人の足の速さに大きな差がある場合、早抜きを狙っても、後半の失速が痛い。一方、後半に巻き返しを狙っても、前半で大きな差をつけられたら巻き返しどころではなくなってしまう。前半で戦力を出し切っても、後半に温存してもダメだ。ここは、体育の時間に100メートル走で計ったタイムを参考にバランスよく配置するのが良いと思う」
クラスメイト全員が学級委員の言葉に耳を傾ける。咲乃は落ち着いた口調で黒板に図を描きながら説明した。
「全体的に他クラスとの順位差を広げすぎない程度に速さを保ち、ラストにかけて差をつけていくのが理想だ。そう考えると、アンカーはこのクラスで一番速いエースを置くのがベスト。アンカーは、定説通りにいこう」
「それじゃあ、第一走者はどうする?」
「第一走者は、瞬発力がある人がいい。一走目から、他のクラスとの差をつけておきたい」
そう言って、咲乃が第一走者に指名したのは石淵だった。
「石淵くんは人一倍勝つことにこだわる人だから、第一走で本気で走ってくれれば後続の士気を上げられる。いいスタートが切れるんじゃないかと思う」
「第二走目は?」
続いて咲乃は、第二走者に日下を指名した。
「まだ十分に差が広がらない前半は、インコース争いが激しくなるであろうことを見越して、ここは日下くんが適任だと思う。日下くんなら、冷静さを見失わず状況把握に優れている上に運動能力も高いから、これ以上の適任はいないと思う」
咲乃の説明を、クラス全員が真剣に聞き入っている。それは、さっきまでどうでもいいと思っていた悠真でさえも、咲乃が立てる走順に興味を抱くほどだった。
「第三走者はどうする?」
小林が声を上げると、咲乃はまっすぐ小林を見返して答えた。
「このクラスのナンバー2を入れたい」
「もう、二番目に速い人を入れるの?」
女子の一人が驚いたように発言した。確かに。さっき咲乃は、早抜きは意味がないと言っていた。どういうことなのだろうと、クラスメイトたちが困惑の表情を浮かべる。
「第三走で、大きくゲームの流れを作る必要があるんだ。ここで出来るだけ他のクラスとの差を広げておきたい」
そして第三走者に、村上を指名した。
「新島くんをアンカーに据えるとして、次に速い村上くんを置くのが適任だと思う」
「ちょっと待て」
不服そうに、村上が声を上げた。
「速さで言えば、悠真の次はお前だ。俺じゃねぇだろ」
「そんなことはないよ。村上くんは足の速さ以外にも、他の選手を圧倒するだけの気迫があるから。このポジションに向いているのは、村上くんしかいない」
村上は、納得したのか褒められて嬉しかったのか、すこし照れた様子で黙った。
気迫があるって誉め言葉か? 悠真は疑問に思ったが、水を差すつもりはなかったので何も聞かないことにした。
それから第四走目は、村上のバトンを受け取る役として、二軍の男子が指名された。村上と仲が良いため、彼の気迫――咲乃が言う、気迫とは誉め言葉ではないような気がするが――に気圧されることなく安定して第五走目にバトンを渡せる。バランサーとして相応しいらしい。
第五走目からは、走ることに不安がある津田や西田を、中くらいの速さの生徒を間に挟んで他のクラスとの差を広げないようにしつつ、徐々にタイムが速い生徒を後ろの方へ持っていく。ラスト3名で速い生徒を入れ、大きく逆転を謀る流れのようだった。
「篠原はどこで走んの?」
悠真が尋ねると、咲乃は走順が書かれた黒板をチョークで軽く叩いて示した。
「ラストから二番目、俺が新島くんにつなぐ」
*
選択種目である200メートル走から帰ってくると、悠真はタオルで汗を拭った。気温は予報の通り、29度まで上がっている。汗がとめどなく額を流れて、あごの下へと落ちる。スポーツ飲料を喉の奥に流し込み、喉の渇きを癒していると、同じく200メートル走に出場していた咲乃に呼び止められた。
「アンカー、このまま行ける?」
200メートル走を走った後は、そのままクラス対抗リレーがある。インターバルはあるが、悠真の体力を心配しているようだ。しかし悠真に、そんな杞憂は必要ない。
「余裕」
悠真が応えると、咲乃は緑組に視線を走らせた。
「4組は、早抜きで来るって」
「神谷がいる組? 早抜きは意味ないんじゃなかった?」
咲乃の話しに、悠真が眉を上げた。
「どうだろうね。所詮は、体育祭のリレーだから。プロの陸上リレーとは条件が違う。実際のところ、個人の実力差の大きい体育祭のリレーでは、なにが正解かなんてわからないんだ」
「じゃあ、早抜きも有力かもしれないってこと?」
「あそこまで断言しておかないと、話がまとまらなそうだったんだよ」
最初と話が違う。悠真が顔をしかめると、咲乃は苦笑した。
「早抜きは、前後の走る速度に差が少ない分、バトンをミスが発生しにくくなる点と、1位を維持できれば、クラス全体のモチベーションを高く維持したまま完走することができる点でメリットがある。一方、戦況が変わった時の巻き返しが出来ない点ではリスクが大きい」
悠真は、成海がすでにプレッシャーで具合が悪くなっていたのを思い出した。もし、前半で1位をキープし続けられれば、成海があそこまでプレッシャーに感じることはないかもしれない。しかし、実際は1位をキープし続けられる保証もない。結局、どちらを取ってもリスクはある。
「体育祭でのリレーが、早抜きが最適解か、バランスで組むのが最適解かは、色んな説があって正直俺にもわからない。多分、結局はその年のクラス全体の総合的な速さと、走ることが苦手な子たちの気持ちをどうカバーするかしだいなんだと思う」
プログラムは最終種目である、3年生出場のクラス対抗リレーへの準備がされた。悠真は、アンカーである青色のビブスを着て最後尾に並ぶ。前の方で、成海が絶望的に蒼白な顔で並んでいるのを見つけた。
第一走目、パンとスターターピストルの乾いた音が鳴り響く。石淵が誰よりも早く前に出た。校庭中が声援に沸き立つ。石淵はスタートダッシュが早いが、後半へたれやすい。案の定、60メートルを過ぎたあたりから、4組の緑のはちまきが迫ってきていた。
緑が第2走へバトンを繋ぐ。早抜き戦法を取っているだけある。緑が1位を先取。ようやく、石淵がテイク・オーバー・ゾーンに入ると、日下が走り出した。石淵からバトンを受けとってスピードを上げる。1位を取られたと言っても、負けてはいない。日下は、冷静にインコースを取ると、緑から大きく差を広げられつつも2位を維持して、村上へとつなげた。
バトンを受け取った村上が猛然と走り出した。迫りくる村上に、緑の走者がひっと悲鳴を上げる。緑側のバトンバスが一瞬崩れた。
「うわぁ、青の奴怖ぇー」
緑組が呑気に言うのが聞こえる。1位の余裕か。悠真は不覚にもムッとして、自分のクラスに目をやった。
緑組はすでに5走目に入るなか、青組はようやく4走目が走る。この後5走目以降は、中間の速さの生徒と遅い生徒が交互に走り、速度調整が行われるはずだ。そうなると、緑組からはどんどん抜かされていくだろう。青組の後ろから、桃組も追い上げてきている。後半の、咲乃、悠真までは2位を死守したい。
8走目に入り、成海がスタート位置についた。明らかに、顔色が最悪な状態になっている。まさか吐くんじゃないかと、悠真でさえも心配してしまうくらいには不調さがにじみ出ていた。
青組の走者がテイク・オーバーゾーンに入ると、成海も走り出した。後ろ手に伸ばした手平にバトンが渡される、成海がそれを握り締めた――と思った。が、バトンが成海の指に弾かれて落としてしまった。地面に転がるバトンを慌てて拾って、成海が走り出す。2位を死守したいと思った順位は、一気に3位へと落ち込んだ。
クラスメイトたちから、残念そうな声が上がった。最初から期待していたわけではなかったが、こうまできれいに失敗してくれると、逆に感心してしまえるのだと悠真はこのとき初めて思った。
成海は、顔を真っ赤にさせて一生懸命に手足を振って走った。しかし、振っている手足にしてはドテドテとしか前に進んでいない。後ろからは4位の黄組が迫っている。状況は絶望的だった。
「あーあ、せっかくいい感じだったのに」
「まぁ、最初からやる気なさそうだったもんなぁ」
クラスメイトから、残念そうに不満が漏れた。
体育祭の間、ずっと元気のなかった成海を見て、「やる気がない」と取られても仕方がないのかもしれない。それは悠真も、思っていた。どうせ初めからやる気なんかないのだろうと。
だが、不覚にも知ってしまったのだ。出来ない奴は出来ないなりに、貢献したいと思っていることを。貢献したくても貢献できないだけで、別にやる気がないわけではないのだということを。
「津田さん頑張れー!」
「ドンマイ、ドンマイ! 気にせず走り切れ!」
西田と、竹内、安藤が応援している。誰も期待していなかった成海を応援しているのは、現状この3人だけだ。他のクラスメイトは、成海の方を見ずに関係のないお喋りを始めている。
――結局はその年のクラス全体の総合的な速さと、走ることが苦手な子たちの気持ちをどうカバーするかしだいなんだと思う。
悠真は後ろを振り向き、反対列に並ぶ咲乃の方へ目を向けた。
咲乃は、この状況をただ静観していた。本当は、誰よりも声を張り上げて成海を応援したいはずだった。だが、咲乃にはそれができない。
――今の俺では、上手く守ってあげられそうもないから。
「津田さん頑張れー!」
西田と竹内が叫ぶ。
「成海ちゃん、負けるなっー!」
安藤も叫んでいる。
完全に優勢である緑組の声援が大きくなっている中、青組からの声援はたったこれだけで、この3人の声は、成海の方まで届いているのだろうか。
大量に噴き出した汗をぬぐいもせず、必死に短い手足を振って、顔を真っ赤にして走る成海に。咲乃が決めた走順だから、できれば貢献したいと言っていた彼女に。
「頑張れ、津田!! 途中でへばってんな、デブ!!」
気づいたら、悠真は叫んでいた。先程からずっと、喉の奥に溜まっていた、モヤモヤとした苛立ちを吐き出すように。その声は校庭に大きく響いた。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
リレーの戦術について、テイク・オーバーゾーンでのバトン受け取り位置(遅い人は短めに、速い人は長めに走る)や、走順によって走距離が長くなったり短くなったりするなど、様々な説や戦略があるそうですが、体育祭のリレーとプロ陸上のリレーでは条件が違うとの意見もあり、説明や物語がややこしくなってしまうので、今回はストーリーが作りやすい走順のみの戦略に絞りました。
正確な論文などは確認していないので、あくまでフィクションの戦略としてお楽しみください。
走順について参考にしたサイト様:
「ゆずぐらし」
https://yuzugurashi.com/5321.html
「陸上アカデミア」
https://rikujou-ac.com/method-019/
「体育祭における全員リレーの必勝法」
https://youtu.be/bfXzuiUfPgs?si=U0NUse5kv0xAHlUi
数週間前、2組でクラス対抗リレーの走順の話し合いが行われた。
「今年は篠原と悠真がいるし、楽勝だな」
「やっぱり、クラスで一番遅いヤツが先に走った方がいいんじゃん?」
「でも、それだと後半厳しくならねぇか? 後半に固めようぜ」
「アンカーは、二人のうちどっちが走んの?」
石淵たちが熱心に声を上げる中、悠真は冷めた気持ちで、ぼんやりとクラスの話し合いが行われるのを眺めていた。昔の悠真であれば、率先してこの議題の指揮をとっていたであろうが、今の悠真にその熱意はない。以前であれば、当然のように求められたアンカーも、今はもうどうでもよくなっていた。
話し合いは盛り上がり、いよいよ収集がつかなくなってきたところで、学級委員として話し合いを取り仕切っていた咲乃が手を上げた。
「俺からも提案があるんだけど、少しだけ話を聞いてもらえるかな」
穏やかな声色が、教室内に響く。ああだこうだ熱心に話し込んでいた声が、その一言でぴたりと止まった。
咲乃は、悠然と教室の中を見渡すと、良く響く声で続けた。
「個人の足の速さに大きな差がある場合、早抜きを狙っても、後半の失速が痛い。一方、後半に巻き返しを狙っても、前半で大きな差をつけられたら巻き返しどころではなくなってしまう。前半で戦力を出し切っても、後半に温存してもダメだ。ここは、体育の時間に100メートル走で計ったタイムを参考にバランスよく配置するのが良いと思う」
クラスメイト全員が学級委員の言葉に耳を傾ける。咲乃は落ち着いた口調で黒板に図を描きながら説明した。
「全体的に他クラスとの順位差を広げすぎない程度に速さを保ち、ラストにかけて差をつけていくのが理想だ。そう考えると、アンカーはこのクラスで一番速いエースを置くのがベスト。アンカーは、定説通りにいこう」
「それじゃあ、第一走者はどうする?」
「第一走者は、瞬発力がある人がいい。一走目から、他のクラスとの差をつけておきたい」
そう言って、咲乃が第一走者に指名したのは石淵だった。
「石淵くんは人一倍勝つことにこだわる人だから、第一走で本気で走ってくれれば後続の士気を上げられる。いいスタートが切れるんじゃないかと思う」
「第二走目は?」
続いて咲乃は、第二走者に日下を指名した。
「まだ十分に差が広がらない前半は、インコース争いが激しくなるであろうことを見越して、ここは日下くんが適任だと思う。日下くんなら、冷静さを見失わず状況把握に優れている上に運動能力も高いから、これ以上の適任はいないと思う」
咲乃の説明を、クラス全員が真剣に聞き入っている。それは、さっきまでどうでもいいと思っていた悠真でさえも、咲乃が立てる走順に興味を抱くほどだった。
「第三走者はどうする?」
小林が声を上げると、咲乃はまっすぐ小林を見返して答えた。
「このクラスのナンバー2を入れたい」
「もう、二番目に速い人を入れるの?」
女子の一人が驚いたように発言した。確かに。さっき咲乃は、早抜きは意味がないと言っていた。どういうことなのだろうと、クラスメイトたちが困惑の表情を浮かべる。
「第三走で、大きくゲームの流れを作る必要があるんだ。ここで出来るだけ他のクラスとの差を広げておきたい」
そして第三走者に、村上を指名した。
「新島くんをアンカーに据えるとして、次に速い村上くんを置くのが適任だと思う」
「ちょっと待て」
不服そうに、村上が声を上げた。
「速さで言えば、悠真の次はお前だ。俺じゃねぇだろ」
「そんなことはないよ。村上くんは足の速さ以外にも、他の選手を圧倒するだけの気迫があるから。このポジションに向いているのは、村上くんしかいない」
村上は、納得したのか褒められて嬉しかったのか、すこし照れた様子で黙った。
気迫があるって誉め言葉か? 悠真は疑問に思ったが、水を差すつもりはなかったので何も聞かないことにした。
それから第四走目は、村上のバトンを受け取る役として、二軍の男子が指名された。村上と仲が良いため、彼の気迫――咲乃が言う、気迫とは誉め言葉ではないような気がするが――に気圧されることなく安定して第五走目にバトンを渡せる。バランサーとして相応しいらしい。
第五走目からは、走ることに不安がある津田や西田を、中くらいの速さの生徒を間に挟んで他のクラスとの差を広げないようにしつつ、徐々にタイムが速い生徒を後ろの方へ持っていく。ラスト3名で速い生徒を入れ、大きく逆転を謀る流れのようだった。
「篠原はどこで走んの?」
悠真が尋ねると、咲乃は走順が書かれた黒板をチョークで軽く叩いて示した。
「ラストから二番目、俺が新島くんにつなぐ」
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選択種目である200メートル走から帰ってくると、悠真はタオルで汗を拭った。気温は予報の通り、29度まで上がっている。汗がとめどなく額を流れて、あごの下へと落ちる。スポーツ飲料を喉の奥に流し込み、喉の渇きを癒していると、同じく200メートル走に出場していた咲乃に呼び止められた。
「アンカー、このまま行ける?」
200メートル走を走った後は、そのままクラス対抗リレーがある。インターバルはあるが、悠真の体力を心配しているようだ。しかし悠真に、そんな杞憂は必要ない。
「余裕」
悠真が応えると、咲乃は緑組に視線を走らせた。
「4組は、早抜きで来るって」
「神谷がいる組? 早抜きは意味ないんじゃなかった?」
咲乃の話しに、悠真が眉を上げた。
「どうだろうね。所詮は、体育祭のリレーだから。プロの陸上リレーとは条件が違う。実際のところ、個人の実力差の大きい体育祭のリレーでは、なにが正解かなんてわからないんだ」
「じゃあ、早抜きも有力かもしれないってこと?」
「あそこまで断言しておかないと、話がまとまらなそうだったんだよ」
最初と話が違う。悠真が顔をしかめると、咲乃は苦笑した。
「早抜きは、前後の走る速度に差が少ない分、バトンをミスが発生しにくくなる点と、1位を維持できれば、クラス全体のモチベーションを高く維持したまま完走することができる点でメリットがある。一方、戦況が変わった時の巻き返しが出来ない点ではリスクが大きい」
悠真は、成海がすでにプレッシャーで具合が悪くなっていたのを思い出した。もし、前半で1位をキープし続けられれば、成海があそこまでプレッシャーに感じることはないかもしれない。しかし、実際は1位をキープし続けられる保証もない。結局、どちらを取ってもリスクはある。
「体育祭でのリレーが、早抜きが最適解か、バランスで組むのが最適解かは、色んな説があって正直俺にもわからない。多分、結局はその年のクラス全体の総合的な速さと、走ることが苦手な子たちの気持ちをどうカバーするかしだいなんだと思う」
プログラムは最終種目である、3年生出場のクラス対抗リレーへの準備がされた。悠真は、アンカーである青色のビブスを着て最後尾に並ぶ。前の方で、成海が絶望的に蒼白な顔で並んでいるのを見つけた。
第一走目、パンとスターターピストルの乾いた音が鳴り響く。石淵が誰よりも早く前に出た。校庭中が声援に沸き立つ。石淵はスタートダッシュが早いが、後半へたれやすい。案の定、60メートルを過ぎたあたりから、4組の緑のはちまきが迫ってきていた。
緑が第2走へバトンを繋ぐ。早抜き戦法を取っているだけある。緑が1位を先取。ようやく、石淵がテイク・オーバー・ゾーンに入ると、日下が走り出した。石淵からバトンを受けとってスピードを上げる。1位を取られたと言っても、負けてはいない。日下は、冷静にインコースを取ると、緑から大きく差を広げられつつも2位を維持して、村上へとつなげた。
バトンを受け取った村上が猛然と走り出した。迫りくる村上に、緑の走者がひっと悲鳴を上げる。緑側のバトンバスが一瞬崩れた。
「うわぁ、青の奴怖ぇー」
緑組が呑気に言うのが聞こえる。1位の余裕か。悠真は不覚にもムッとして、自分のクラスに目をやった。
緑組はすでに5走目に入るなか、青組はようやく4走目が走る。この後5走目以降は、中間の速さの生徒と遅い生徒が交互に走り、速度調整が行われるはずだ。そうなると、緑組からはどんどん抜かされていくだろう。青組の後ろから、桃組も追い上げてきている。後半の、咲乃、悠真までは2位を死守したい。
8走目に入り、成海がスタート位置についた。明らかに、顔色が最悪な状態になっている。まさか吐くんじゃないかと、悠真でさえも心配してしまうくらいには不調さがにじみ出ていた。
青組の走者がテイク・オーバーゾーンに入ると、成海も走り出した。後ろ手に伸ばした手平にバトンが渡される、成海がそれを握り締めた――と思った。が、バトンが成海の指に弾かれて落としてしまった。地面に転がるバトンを慌てて拾って、成海が走り出す。2位を死守したいと思った順位は、一気に3位へと落ち込んだ。
クラスメイトたちから、残念そうな声が上がった。最初から期待していたわけではなかったが、こうまできれいに失敗してくれると、逆に感心してしまえるのだと悠真はこのとき初めて思った。
成海は、顔を真っ赤にさせて一生懸命に手足を振って走った。しかし、振っている手足にしてはドテドテとしか前に進んでいない。後ろからは4位の黄組が迫っている。状況は絶望的だった。
「あーあ、せっかくいい感じだったのに」
「まぁ、最初からやる気なさそうだったもんなぁ」
クラスメイトから、残念そうに不満が漏れた。
体育祭の間、ずっと元気のなかった成海を見て、「やる気がない」と取られても仕方がないのかもしれない。それは悠真も、思っていた。どうせ初めからやる気なんかないのだろうと。
だが、不覚にも知ってしまったのだ。出来ない奴は出来ないなりに、貢献したいと思っていることを。貢献したくても貢献できないだけで、別にやる気がないわけではないのだということを。
「津田さん頑張れー!」
「ドンマイ、ドンマイ! 気にせず走り切れ!」
西田と、竹内、安藤が応援している。誰も期待していなかった成海を応援しているのは、現状この3人だけだ。他のクラスメイトは、成海の方を見ずに関係のないお喋りを始めている。
――結局はその年のクラス全体の総合的な速さと、走ることが苦手な子たちの気持ちをどうカバーするかしだいなんだと思う。
悠真は後ろを振り向き、反対列に並ぶ咲乃の方へ目を向けた。
咲乃は、この状況をただ静観していた。本当は、誰よりも声を張り上げて成海を応援したいはずだった。だが、咲乃にはそれができない。
――今の俺では、上手く守ってあげられそうもないから。
「津田さん頑張れー!」
西田と竹内が叫ぶ。
「成海ちゃん、負けるなっー!」
安藤も叫んでいる。
完全に優勢である緑組の声援が大きくなっている中、青組からの声援はたったこれだけで、この3人の声は、成海の方まで届いているのだろうか。
大量に噴き出した汗をぬぐいもせず、必死に短い手足を振って、顔を真っ赤にして走る成海に。咲乃が決めた走順だから、できれば貢献したいと言っていた彼女に。
「頑張れ、津田!! 途中でへばってんな、デブ!!」
気づいたら、悠真は叫んでいた。先程からずっと、喉の奥に溜まっていた、モヤモヤとした苛立ちを吐き出すように。その声は校庭に大きく響いた。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
リレーの戦術について、テイク・オーバーゾーンでのバトン受け取り位置(遅い人は短めに、速い人は長めに走る)や、走順によって走距離が長くなったり短くなったりするなど、様々な説や戦略があるそうですが、体育祭のリレーとプロ陸上のリレーでは条件が違うとの意見もあり、説明や物語がややこしくなってしまうので、今回はストーリーが作りやすい走順のみの戦略に絞りました。
正確な論文などは確認していないので、あくまでフィクションの戦略としてお楽しみください。
走順について参考にしたサイト様:
「ゆずぐらし」
https://yuzugurashi.com/5321.html
「陸上アカデミア」
https://rikujou-ac.com/method-019/
「体育祭における全員リレーの必勝法」
https://youtu.be/bfXzuiUfPgs?si=U0NUse5kv0xAHlUi