いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep86 運動会の後
閉会式の後、校庭に出していた椅子を教室まで運ぶ。わたしは、ようやく体育祭が終わったことにほっとしていた。わたしにとって、体育祭ははじめての行事だ。小学生の頃から運動会が苦手で、みんなの足を引っ張るのが嫌で、一年の中で一番憂鬱な行事だったけど、でも、今年はいつもと違ったような気がする。
ムカデ競争は、智子ちゃんたちと沢山練習したし、リレーの時は、西田くんたちが精一杯応援してくれた。結局みんなの足を引っ張った形にはなったけど、走り終わった時、智子ちゃんたちががんばったねって言ってくれて、思わず泣きたくなってしまった。それにまさか、新島くんが応援してくれたのは意外だった。まぁ、あんな大きな声で「デブ」はやめてほしかったけど。
「あの、新島くん」
「んぁ?」
椅子を運びながら、こっそり新島くんに声をかける。新島くんは、面倒臭そうに顔をしかめた。
「あの、ありがとうございました。リレーの時、応援してくれて」
「吐かなくてよかったな」
「はい……それは……本当によかったです」
椅子を持ったまま、階段を上る。3年生は3階にあるから、椅子を運ぶのも大変だ。沢山動いた後で、階段をのぼるのはきつかった。息も絶え絶えになってようやく2階の踊り場にまでたどり着く。あとひとつ階段をのぼれば、3階だ。
ようやく3階にたどり着き、肺の奥から変な音をさせながら、しんどい呼吸を整えると、廊下に人だかりが出来ていた。早く椅子を持っていきたいのに、この人だかりで列が詰まって動けない。
――何があったの?
――椅子を運んでるときに転んだんだって。
どこからともなく聞こえてきた会話を耳にして、事故が起きたのだと理解する。状況が状況だけに、そのまま列が進むまで待っているしかないだろう。
「すみません、通してください。保健室に連れて行きます」
人垣の奥の方から、よく通る澄んだ声が聞こえてきた。その時、わたしの前に立っていた人が、道を譲るように脇に移動する。わたしも前の人にならって壁際に移動すると、間を縫うようにして篠原くんが、女の子を抱えているのが見えた。
ちなちゃんだ。怪我をしたのは、ちなちゃんだったんだ。
「前、動いてるよ」
「あ……すみません」
後ろから急かされるように言われて、わたしはそのまま流されるように教室に戻った。
椅子を教室に運び終えると、ジャージから制服に着替えて、帰りの会が始まる。担任の先生が、みんなのがんばりを褒めた後、来週の連絡事項を伝え、帰りの会を終えた。帰りの会が終わっても、篠原くんが戻って来る様子はなかった。
大したことがないケガだったら、こんなに時間はかからないはず。心配になったわたしは、新島くんにLINEを送った。
『すみません! 保健室に寄ってもいいですか!?』
すぐに既読がついて新島くんの方を見ると、新島くんは構わないと言うように肩をすくめた。
*
「っだから! 私じゃないって言ってるでしょ!?」
保健室から聞こえてきたのは、女子の金切り声だった。ものすごく怒っているのが分かる。わたしは驚いて、解放されたドアからそっと中を覗いた。
パイプ椅子に座ったちなちゃんと、ちなちゃんのお友達が3人、そして篠原くんに山口さんがいる。保健室の先生は、今は不在のようだ。
ちなちゃんの右ひじには四角い絆創膏が貼られ、右足首には包帯が巻かれているのを見て、大きな怪我ではないか、わたしは心配になった。
「山口さんのことなんて誰が信じるの!? 実生も見たって言ってるんだよ?」
ちなちゃんの友達のひとりが、怒った顔で彩美に詰め寄る。
「謝りなよ。嘘だって分かってるんだから」
「ずっと嫉妬してたもんね。その腹いせに稚奈にケガさせるなんて最低!」
「今までの嫌がらせだって、どうせ山口さんがやったんでしょう!?」
ちなちゃんの友達が、ちなちゃんを庇うように前に立って、口々に山口さんを責め立てている。山口さんは、負けじと彼女たちを鋭く睨んだ。
「はぁ!? なんで、私のせいになってるわけ! 適当なこと言わないでよ!」
話を聞く限り、ちなちゃんは、椅子を運んでいる最中にだれかに転ばされてケガを負ってしまったらしい。その犯人として、山口さんが疑われているという状況みたいだ。
今にも一触即発状態だ。山口さんとちなちゃんの友達が、互いに睨み合っている。わたしはちなちゃんが心配で来たのに、これでは中に入って行けそうもなかった。
山口さんは、助けを求めるように篠原くんの方を見た。
「篠原くんなら、私がやったんじゃないって信じてくれるよね?」
静かに様子を見守っていた篠原くんは、ちなちゃんの肩に優しく手をのせ、安心させるようにさすった。
「今は、嫌がらせの件のことは置いておこう。それこそ、何の証拠もない」
篠原くんは、そうひとこと前置きしてから、ちなちゃんの友達のひとりに、静かに目を向けた。
「芦輪さん、山口さんが本田さんを転ばせたのを見たっていうのは本当?」
篠原くんが尋ねると芦輪さん(多分、さっき言っていた実生っていう子だろう)に問いかけた。すると芦輪さんは、緊張したように山口さんを睨みつけて頷いた。
「山口さんが、椅子を運んでいる稚奈ちゃんの足を引っかけてた」
「嘘つき!」
芦輪さんがこたえると、山口さんが叫んだ。篠原くんは、山口さんには一瞥もくれずに、芦輪さんを見つめたまま続けた。
「あの時、周りに人がいたと思うけど、本当に山口さんだった?」
「間違いないよ。私、見たもん」
「事故だった可能性は?」
「足が引っかかるほど、そんなに混雑してたわけじゃなかったし、絶対に、転ばそうとして足を出してた」
「私やってないってば!!」
篠原くんが落ち着くように山口さんを見やると、山口さんは、顔を青くしたまま唇を噛み締めて黙った。
「みんなは? 見た人はいる?」
篠原くんが尋ねると、ちなちゃんの友達は、ばつが悪そうにお互いの顔を見合わせる。
「稚奈が転んだ瞬間、ウチらは見てないんだよね。稚奈の前で歩いてたし」
「あたしと、世奈は歩きながら喋ってて、後ろが稚奈と実生だったもんね」
「稚奈が倒れて振り返った時に、山口さんがいたのは見たけど」
ちなちゃんの友達がそれぞれ応えると、山口さんを睨んだ。篠原くんは、また芦輪さんの方を見て尋ねた。
「山口さんが足を引っかけたところ、他に見た人はいそう?」
「ううん。たぶん見てたの、私だけだと思う」
ちなちゃんの友達が応えるたびに、山口さんが「違う! やってない! 篠原くん、信じて!」と叫んでいる。
篠原くんは、そんな山口さんを無視すると、今度はちなちゃんに「本田さんは?」と優しく尋ねた。ちなちゃんは、悲しそうな顔で首を横に振った。
「実生ちゃんとお喋りに夢中で、稚奈、全然、気付かなくて……」
ももの上で握りこんだ拳が、僅かに震えている。今にも泣きそうなちなちゃんに、ちなちゃんの友達が、口々にちなちゃんを慰めた。
篠原くんが改めて山口さんの方へ向くと、山口さんは肩をびくりと震わせて後ろへ下がった。
「本当にやってないんだよね?」
山口さんは、口元を震わせて頷いた。
「私……じゃない……」
あんなに強気だった山口さんが、血の気を引いた顔で視線を落としている。
篠原くんは、ひとつ溜息を吐いた。
「今回は、先生には言わない」
篠原くんの発言に、ちなちゃんの友達が驚愕の表情を浮かべ、納得いかなそうに口を開きかけた、そのとき、篠原くんは遮るように言葉を続けた。
「だけど、今後何かあったときには、山口さんが犯人である可能性を第一に考えることになるから、気を付けて」
はっきりした口調で篠原くんに言われて、山口さんは悔しそうに唇をかみしめた。
「私じゃない」
山口さんは一言吐き捨てると、保健室の前にわたしと新島くんがいたことに気付きもせずに、行ってしまった。
山口さんがいなくなった後、ちなちゃんの友達がちなちゃんを慰めている中、結局わたしはちなちゃんに話しかけることもできずに、保健室を後にした。
山口さんがちなちゃんにケガさせたなら、わたしだって許せない。目撃者もいるのに、やってないなんて、絶対に嘘だ。嫌がらせの件だって、動機としては十分なんだから。それなのに今回は先生に言わないなんて、ちょっと優しすぎるよ。
篠原くんには、山口さんがちなちゃんを敵対視していることは伝えている。篠原くんだって、山口さんが怪しいと思ってるはずなのに。
学校を出た後も、わたしの気持はずっともやもやしたまま、自分が何もできないことがもどかしくて仕方がなかった。
ムカデ競争は、智子ちゃんたちと沢山練習したし、リレーの時は、西田くんたちが精一杯応援してくれた。結局みんなの足を引っ張った形にはなったけど、走り終わった時、智子ちゃんたちががんばったねって言ってくれて、思わず泣きたくなってしまった。それにまさか、新島くんが応援してくれたのは意外だった。まぁ、あんな大きな声で「デブ」はやめてほしかったけど。
「あの、新島くん」
「んぁ?」
椅子を運びながら、こっそり新島くんに声をかける。新島くんは、面倒臭そうに顔をしかめた。
「あの、ありがとうございました。リレーの時、応援してくれて」
「吐かなくてよかったな」
「はい……それは……本当によかったです」
椅子を持ったまま、階段を上る。3年生は3階にあるから、椅子を運ぶのも大変だ。沢山動いた後で、階段をのぼるのはきつかった。息も絶え絶えになってようやく2階の踊り場にまでたどり着く。あとひとつ階段をのぼれば、3階だ。
ようやく3階にたどり着き、肺の奥から変な音をさせながら、しんどい呼吸を整えると、廊下に人だかりが出来ていた。早く椅子を持っていきたいのに、この人だかりで列が詰まって動けない。
――何があったの?
――椅子を運んでるときに転んだんだって。
どこからともなく聞こえてきた会話を耳にして、事故が起きたのだと理解する。状況が状況だけに、そのまま列が進むまで待っているしかないだろう。
「すみません、通してください。保健室に連れて行きます」
人垣の奥の方から、よく通る澄んだ声が聞こえてきた。その時、わたしの前に立っていた人が、道を譲るように脇に移動する。わたしも前の人にならって壁際に移動すると、間を縫うようにして篠原くんが、女の子を抱えているのが見えた。
ちなちゃんだ。怪我をしたのは、ちなちゃんだったんだ。
「前、動いてるよ」
「あ……すみません」
後ろから急かされるように言われて、わたしはそのまま流されるように教室に戻った。
椅子を教室に運び終えると、ジャージから制服に着替えて、帰りの会が始まる。担任の先生が、みんなのがんばりを褒めた後、来週の連絡事項を伝え、帰りの会を終えた。帰りの会が終わっても、篠原くんが戻って来る様子はなかった。
大したことがないケガだったら、こんなに時間はかからないはず。心配になったわたしは、新島くんにLINEを送った。
『すみません! 保健室に寄ってもいいですか!?』
すぐに既読がついて新島くんの方を見ると、新島くんは構わないと言うように肩をすくめた。
*
「っだから! 私じゃないって言ってるでしょ!?」
保健室から聞こえてきたのは、女子の金切り声だった。ものすごく怒っているのが分かる。わたしは驚いて、解放されたドアからそっと中を覗いた。
パイプ椅子に座ったちなちゃんと、ちなちゃんのお友達が3人、そして篠原くんに山口さんがいる。保健室の先生は、今は不在のようだ。
ちなちゃんの右ひじには四角い絆創膏が貼られ、右足首には包帯が巻かれているのを見て、大きな怪我ではないか、わたしは心配になった。
「山口さんのことなんて誰が信じるの!? 実生も見たって言ってるんだよ?」
ちなちゃんの友達のひとりが、怒った顔で彩美に詰め寄る。
「謝りなよ。嘘だって分かってるんだから」
「ずっと嫉妬してたもんね。その腹いせに稚奈にケガさせるなんて最低!」
「今までの嫌がらせだって、どうせ山口さんがやったんでしょう!?」
ちなちゃんの友達が、ちなちゃんを庇うように前に立って、口々に山口さんを責め立てている。山口さんは、負けじと彼女たちを鋭く睨んだ。
「はぁ!? なんで、私のせいになってるわけ! 適当なこと言わないでよ!」
話を聞く限り、ちなちゃんは、椅子を運んでいる最中にだれかに転ばされてケガを負ってしまったらしい。その犯人として、山口さんが疑われているという状況みたいだ。
今にも一触即発状態だ。山口さんとちなちゃんの友達が、互いに睨み合っている。わたしはちなちゃんが心配で来たのに、これでは中に入って行けそうもなかった。
山口さんは、助けを求めるように篠原くんの方を見た。
「篠原くんなら、私がやったんじゃないって信じてくれるよね?」
静かに様子を見守っていた篠原くんは、ちなちゃんの肩に優しく手をのせ、安心させるようにさすった。
「今は、嫌がらせの件のことは置いておこう。それこそ、何の証拠もない」
篠原くんは、そうひとこと前置きしてから、ちなちゃんの友達のひとりに、静かに目を向けた。
「芦輪さん、山口さんが本田さんを転ばせたのを見たっていうのは本当?」
篠原くんが尋ねると芦輪さん(多分、さっき言っていた実生っていう子だろう)に問いかけた。すると芦輪さんは、緊張したように山口さんを睨みつけて頷いた。
「山口さんが、椅子を運んでいる稚奈ちゃんの足を引っかけてた」
「嘘つき!」
芦輪さんがこたえると、山口さんが叫んだ。篠原くんは、山口さんには一瞥もくれずに、芦輪さんを見つめたまま続けた。
「あの時、周りに人がいたと思うけど、本当に山口さんだった?」
「間違いないよ。私、見たもん」
「事故だった可能性は?」
「足が引っかかるほど、そんなに混雑してたわけじゃなかったし、絶対に、転ばそうとして足を出してた」
「私やってないってば!!」
篠原くんが落ち着くように山口さんを見やると、山口さんは、顔を青くしたまま唇を噛み締めて黙った。
「みんなは? 見た人はいる?」
篠原くんが尋ねると、ちなちゃんの友達は、ばつが悪そうにお互いの顔を見合わせる。
「稚奈が転んだ瞬間、ウチらは見てないんだよね。稚奈の前で歩いてたし」
「あたしと、世奈は歩きながら喋ってて、後ろが稚奈と実生だったもんね」
「稚奈が倒れて振り返った時に、山口さんがいたのは見たけど」
ちなちゃんの友達がそれぞれ応えると、山口さんを睨んだ。篠原くんは、また芦輪さんの方を見て尋ねた。
「山口さんが足を引っかけたところ、他に見た人はいそう?」
「ううん。たぶん見てたの、私だけだと思う」
ちなちゃんの友達が応えるたびに、山口さんが「違う! やってない! 篠原くん、信じて!」と叫んでいる。
篠原くんは、そんな山口さんを無視すると、今度はちなちゃんに「本田さんは?」と優しく尋ねた。ちなちゃんは、悲しそうな顔で首を横に振った。
「実生ちゃんとお喋りに夢中で、稚奈、全然、気付かなくて……」
ももの上で握りこんだ拳が、僅かに震えている。今にも泣きそうなちなちゃんに、ちなちゃんの友達が、口々にちなちゃんを慰めた。
篠原くんが改めて山口さんの方へ向くと、山口さんは肩をびくりと震わせて後ろへ下がった。
「本当にやってないんだよね?」
山口さんは、口元を震わせて頷いた。
「私……じゃない……」
あんなに強気だった山口さんが、血の気を引いた顔で視線を落としている。
篠原くんは、ひとつ溜息を吐いた。
「今回は、先生には言わない」
篠原くんの発言に、ちなちゃんの友達が驚愕の表情を浮かべ、納得いかなそうに口を開きかけた、そのとき、篠原くんは遮るように言葉を続けた。
「だけど、今後何かあったときには、山口さんが犯人である可能性を第一に考えることになるから、気を付けて」
はっきりした口調で篠原くんに言われて、山口さんは悔しそうに唇をかみしめた。
「私じゃない」
山口さんは一言吐き捨てると、保健室の前にわたしと新島くんがいたことに気付きもせずに、行ってしまった。
山口さんがいなくなった後、ちなちゃんの友達がちなちゃんを慰めている中、結局わたしはちなちゃんに話しかけることもできずに、保健室を後にした。
山口さんがちなちゃんにケガさせたなら、わたしだって許せない。目撃者もいるのに、やってないなんて、絶対に嘘だ。嫌がらせの件だって、動機としては十分なんだから。それなのに今回は先生に言わないなんて、ちょっと優しすぎるよ。
篠原くんには、山口さんがちなちゃんを敵対視していることは伝えている。篠原くんだって、山口さんが怪しいと思ってるはずなのに。
学校を出た後も、わたしの気持はずっともやもやしたまま、自分が何もできないことがもどかしくて仕方がなかった。