いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep89 気まずい空気

 本田稚奈が立ち去るのを横目に、悠真は、中庭のベンチに座り込む成海に目を向けた。そして、ひとつため息をつくと、悠真は成海の方へ近づいた。

「あんた、大丈夫?」

 悠真が声をかける。しかし、成海には聞こえていないようだ。ぼーっとしたままぴくりとも動かない。

「おい、津田」

 肩を叩くと、成海はびくりと肩を揺らして、ようやく悠真の方を振り返った。

 稚奈とのやりとりを、最初から最後までしっかり見ていたので余計に気まずい。成海も同じことを思っているのか、悠真とは目を合わせようとはしなかった。

「あー……。そろそろチャイムが鳴るけど……」

「あ、はい。……戻りましょうか」

 成海は幽霊のようにふらりと立ち上がる。
 のそのそと、まるで抜け殻のように歩く成海に、悠真はそれ以上なんと声をかけたらいいのか分からず、黙って後をついて行った。




 その後は、特に何事もなく放課後を迎えたが、悠真が女子たちに話しかけられているうちに、気づいた時には、教室に成海の姿がなくなっていた。

 慌てて昇降口まで行き、成海のくつ箱を確認する。まだ成海のくつは残っていた。校舎内にはいるのだとわかり、思い当たる場所を見てまわって探した。もしかしたら、トイレに行っていただけで、教室に戻っているかもと思い、教室まで急ぐと、廊下を歩く安藤たちに出くわした。

「ちょうど良かった。安藤さん、津田さん知らない?」

 焦っていたため、性急に成海のことを尋ねると、安藤は怪しむように、細い目をさらに細くさせて、疑いの眼差しで悠真を睨みつけた。

「成海ちゃんに何か用ですか」

「あ、いや……。先生が呼んでるんだよ。なんか、急用っぽくてさ」

 咄嗟に思いついた言い訳を述べるが、安藤は、なおも悠真を睨み続けている。一度助けたことがあるとはいえ、安藤にとって悠真はまだ、いじめる側(・・・・・)の人間なのだ。それに加えて、お世辞にも良いとは言えない容姿が嫌いで、安藤に対して、散々、冷たく当たっていたから、安藤は悠真のことを嫌っていた。

 悠真はさらなる言い訳を考えて、視線をさ迷わせていると、困っている悠真を見かねたのか、西田が口をはさんだ。

「えっと……、津田さんなら相談室にいるよ」

「それ、マジ?」

 まさか、西田の方から助け舟を出されるとは思っておらず、悠真は驚いて西田を見た。悠真が尋ねると、西田がうなずく。

「ずっと落ち込んでるみたいだったから。よかったら、相談室まで案内しようか?」

「いいの?」

「うん。相談室の場所、ちょっとわかりにくいところにあるから」

 西田の申し出に、悠真は益々驚いた。悠真は、相談室の場所を知らない。案内してもらえるのであれば、それはありがたい申し出だった。





 1階の保健室の隣りに、相談室があった。この前訪れた時には、全く気付かなかった部屋だ。
 ドアのガラス窓に、ピンク色の画用紙が内側から貼られており、水色のポスカで「相談室」と書かれている。横には手書きのイラストと、下の方にはカウンセラーがいる曜日が記載されていた。

 相談室という場所があるらしいと言うのは、うっすら聞いたことがあったが、どんなところなのか、悠真はよく分かっていなかった。生徒の悩みを聞くところ、という認識はある。だが、カウンセラーというものがどんな人で、何をする人なのかは、全く見当もつかない。

 西田がドアをノックすると、中から40代半ばの、おかっぱでメガネをかけた痩せた女性が出てきた。

「あら、西田さん。お久しぶりね」

「お久しぶりです、日高先生。津田さんはいますか?」

「ええ、今、来ているところよ」

 日高先生が、部屋の中を振り返る。入口から見ると仕切りがされていて、直接室内の構造がわからないようになっていた。

「津田さんに御用があるなら、中に入ってお話しする?」

 日高先生の申し出に、西田は首を振った。

「大丈夫です。終わるまで待ってます」

「遅くなってしまうかもしれないわよ?」

「大丈夫です。大丈夫だよね、新島くん?」

 西田が、うかがうように悠真を見ると、悠真も頷いた。

「はい、大丈夫です」

 日高先生は、朗らかに微笑んだ。

「分かったわ。どのくらいかかるかわからないけど、待っていてちょうだいね」

 ドアが閉められると、廊下に西田と二人きりで残された。お互いに気まずい思いで、その場に立ち尽くす。
 一言くらいは西田にお礼を言った方がいいと分かっていても、気恥ずかしさが勝ってうまく言葉が出てこない。それでも、悠真はなんとか口を開いた。

「……相談室の場所、案内させて悪かったな」

「……大したことないよ。困ってるみたいだったからさ……」

 互いに目も合わせないまま、悠真が感謝を伝えると、西田もおずおずと言った。

 不思議なことに、悠真の中にはもう、西田に感じていた苛立ちや不快感はなくなっていた。それこそ、自分には何もないと認めてからは。あれだけ、西田が目障りで仕方が無かったはずなのに。

「俺がまた、津田さんをいじめてるとは思わなかった?」

 悠真が、成海を探しているなど、他人から見れば不自然に映っただろう。安藤が悠真を疑ったのは間違いではなかったし、特に西田は、悠真の行動を警戒してもおかしくはなかった。もし西田に警戒されていたら、絶対にこの場所を教えなかったはずだ。

「篠原くん、新島くんに津田さんのことを任せたんだよね」

 喋りにくそうに、もごもご喋る西田の思いがけない言葉を聞いて、悠真は驚いた。

「篠原が、お前に言った?」

 西田は、首を振って否定した。

「安藤さんの話とか、普段の新島くんの様子とか見ていたら、いじめたくて探してるわけじゃないんだろうなって思ったんだ」

 悠真は驚いて目を見張った。

 今まで悠真は、勘のいい女子たちに気づかれないよう、十分に配慮して成海と接していたつもりだった。実際、他の生徒たちには気付かれている様子はなかった。
 悠真にいじめられていた期間が長すぎて、彼の目を気にして過ごしてきたからか。西田は習慣的に、悠真を観察する癖がついてしまったのだろう。まさか、西田に気付かれるとは思ってもいなかった。

「いや、キモッ!!」

 見られていたことに動揺しすぎて、案内してもらったにもかかわらず、思わぬ暴言がこぼれ出た。

 西田はかっと赤く顔を染め上げて「仕方ないだろ、こっちだって必死だったんだから!」と、羞恥のあまりに、普段では絶対に悠真本人には言わないようなことを口走っていた。

 互いに、いたたまれないような微妙な空気が流れる。余計なことを喋りすぎたと思ったのだろう。西田は、罰の悪そうな顔でリュックを背負い直した。

「それじゃあ、僕は帰るよ。津田さんのこと頼んだから」

「あぁ……。じゃーな」

 西田がいなくなった後、悠真はようやく一息ついて、壁に背中を預けて待った。

 30分程度待ったころ、ようやく、相談室のドアが開いた。相談室から出てきた成海は、未だ覇気のない目をしている。

「待たせてすみません」

 成海が悠真に、ぺこりと頭を下げた。

「探した」

「すみませんでした」

「……帰るよ」

 悠真がぶっきらぼうに言うと、成海は何も言わず、悠真の後ろを歩き始めた。
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