いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep90 消し去れない絆
悠真はちらりと、横目で成海の様子を窺った。
日高先生と話したおかげか、抜け殻だった状態から生気を取り戻したようだ。しかし、落ち込んでいることには変わりなく、成海は無言のまま地面を見つめ、ずっと何かを考えていた。
悠真は、この状態の成海と歩くことに気まずさを感じた。何せ、本田稚奈と成海の仲違いを最初から最後まで見ていたのだ。知らないふりをするにも無理がある。
「津田さんって、いつから本田さんと仲良いの?」
黙り込んでいる成海に、悠真が気をつかって話かけると、成海は地面を見つめたまま暗い声色で答えた。
「幼稚園の頃からの親友です」
「へー」
本田稚奈のことは、小学生の頃からうっすら知っていた。昔から、誰とでも打ち解けられる明るい性格の女子という印象で、友人関係も幅広いイメージがあった。
だからこそ、本田稚奈と津田成海が親しいと知った時は、意外に感じたものだ。誰とでも打ち解けられる稚奈の性格だったからこそ、成海のような根暗なオタク趣味女とも仲良くなれたのだろうか、と。
「……やっぱり、変ですかね」
「変って?」
ぽつりとこぼすように言った成海の質問に悠真が聞き返すと、成海は地面に視線を落としたまましばらく口を噤み、ようやく再びこぼすようにぽつりと答えた。
「篠原くんと勉強してるのって、やっぱり変ですかね?」
稚奈に言われたことを気にしているのだとわかり、悠真は「あー」と視線をさ迷わせた。
悠真にも経験がある。沙織と付き合っていた時、沙織は悠真の異性関係をやたら気にしていた。悠真に対しては、他の女子との会話を制限したり、スマホの中身をチェックしたりするようなことはしなかったが、悠真に近づく女子に対してはかなり牽制したようだ。
たとえ互いに恋愛感情が無かったとしても、相手に恋人がいる時点で異性と遊ぶことは制限される。正直悠真は、沙織が他の男と遊んでいても気になったことは一度もなかったのだが、悠真が冷めているだけで、他の話を聞く限り、恋愛が絡んだ時の、異性の友情関係は慎重になるものらしかった。
「まぁ、一般的には変なんじゃない?」
「やっぱり、そうなんですね……」
悠真が応えると、成海は地面に目を向けたまま、小さく頷いた。
「ちなちゃんに謝った方がいいですよね?」
「津田は篠原との勉強やめるつもりはないんでしょ?」
「それは……」
「じゃあ、謝っても無駄なんじゃない?」
悠真が正直に答えると、成海は「そうですかね……」と、益々声色を暗くした。
稚奈が咲乃を独占したいという気持ちは、恋愛をしていればありがちな感情だ。悠真からすれば、成海なんかに嫉妬したところで杞憂だろうと思ってしまうのだが、稚奈にとっての問題はそこではないらしい。
「わたし、桜花咲を受けようと思ってるんです」
「らしいね」
なぜ、よりによって桜花咲なんだか、と悠真は呆れた気持ちで言った。桜花咲なんてところ、普通は受けようとは思わないだろ、と。
「篠原に誘われた?」
「いえ、自分で決めました」
「あんたが?」
悠真は驚いて成海を見ると、成海はうつむいたまま首を縦に振った。
「なんで?」
「桜花咲は好きな漫画の聖地だったので、……憧れてたんです」
「漫画の聖地って……」
そんな理由かよと呆れ果てていると、悠真の考えていることが伝わったのか、成海は眉をしかめて悠真の方へ顔を上げた。
「もちろん、それだけじゃありません。篠原くんに、恩返しがしたかったんです」
「恩返し?」
「はい、恩返しです。今まで勉強を見てくれた篠原くんに、がんばってきた成果を見せたかったんです。そうすれば、篠原くんがわたしのために使ってくれた時間は無駄じゃなかったってことになりますから」
「なるほどねぇ」
「本当にそれだけ?」悠真が疑うように尋ねると、成海は「それ以外にないですよ!」とムキになって言った。
「でもそれって、追いかけてるって思われても仕方ないじゃん。いくら恋愛感情がないって言っても、同じ学校目指すんじゃ説得力ないでしょ」
悠真の正論に、よほど突き刺さるものがあったのか、成海は「うぐぐ」っと苦しげに呻いた。
変な反応、悠真は思う。最初は、痛くて仕方なかった成海の奇妙な言動だったが、最近はそういう奴なんだと思うとなんだかなれてしまった。
成海は青ざめた顔で「で、でも、受かっても通うかどうかはまだ……。本当に、そんなつもりじゃないんだよぉ、ちなちゃん……」とぶつぶつ呟いている。そんな成海を横目で見ながら、悠真ははぁとため息をついた。
「しょうがないんじゃない? 恋愛絡みで友情崩壊することって、割と結構ありがちだし。っていうか、本田さんとの友情って、そんなに大したものでもなかったでしょ」
悠真の気のない言葉に、成海は眉毛を吊り上げて悠真を睨んだ。
「大したものじゃないってどういう意味ですか!」
「まんまの意味だよ。同じ学校に通ってて、気をつかって話すこともできない親友って何? 親友ってそんなもんじゃねーから」
「だっ……だってちなちゃん、お友達が多いですし、ちなちゃんにはちなちゃんの付き合いがあるじゃないですか。わたしも、智子ちゃんや西田くんたちとの付き合いもありますし。クラスが違うからなかなか話すタイミングがないだけで、普段からLINEのやりとりはしてましたし。気をつかって話せないんじゃなくて、わたしはただ、ちなちゃんの学校生活を大切にしてあげたかったんです!」
「その大切にしたいちなちゃんは、あんたのためになんかしてくれたことあんの?」
悠真が尋ねると成海はすかさず、「ありますよ!」と反発した。
「へぇ、何?」
悠真が尋ねると、成海は憤慨して答えた。
「ちなちゃんは、わたしと遊んでくれますから」
「それって、普通の友達と何が違うの」
「……。篠原くんに紹介したとき、ちなちゃんはわたしのこと“親友”だって言ってくれました」
「篠原がいたからじゃん」
「ちなちゃんは、わたしが不登校中の間、ずっと心配してた言ってくれました……!」
「一度も来てくれなかったのに?」
「仕方ないじゃないですか! 当時はちなちゃんにもいろいろ事情があって――、忙しくて来られなかっただけで……」
成海が言ったことに悠真が反論していると、成海は今にも泣きそうになって表情を歪ませた。悠真は、これ以上やると本格的に泣きはじめることをわかっていながら、成海の言う、稚奈への否定をやめることができなかった。
なぜ自分が、ここまで否定したいのか、悠真にはわからない。ただ、成海が稚奈を親友だと言うたびに、腹の底から不快感がこみ上げる。
「俺にも親友がいるから、わかるよ」
「……」
「大切にしたいって気持ちもわかる」
怒りのため黙りこくっている成海に、悠真は続けた。
悠真にも、ひとりだけ親友と呼べる人がいる。
日下英明は、保育園時代からの親友だ。長い時間を過ごしてきて、互いのことは、互いが一番わかっていると思っていた。しかし、咲乃の一件で、危うくその友情は壊れかけた。
悠真は全く分かっていなかったのだ。日下が何に苦しみ、何に悩んでいるのかを。
西田や咲乃のことで過剰に反応する悠真に対し、不安を抱いていたことを。日に日に暴走していく悠真に恐れを抱いていたことを。たとえ悠真に恨まれてでも暴走を止めたかった気持ちを。
あの後日下は、悠真を裏切ったことを本気で謝った。赦されないことも覚悟して、悠真に頭を下げてくれたのは日下だ。学校に行けなくなった悠真の様子を、毎日気にしてくれたのは日下だ。あんなことがあった後でも、日下は悠真の親友でい続けてくれた。
悠真にとって日下は、今もなお心から信頼できる親友だと言えるし、親友とはそういうものだと思っている。喧嘩することがあっても、壊れることはない。最後まで消し去ることが出来ないような――悠真が死んでも使わないであろう言葉を、あえてここで使うとするならば――悠真と日下には、確かな“絆”があったのだ。
だからだろうか。成海が稚奈を親友だと言うたびに。
「――でもさ」
稚奈が成海を親友だと言うたびに。
「一方的に要求だけを押し付けてくるような関係って、親友じゃなくて奴隷って言うんじゃないの?」
違和感だらけで気持ちが悪く、虫唾が走ってイライラするのだ。
日高先生と話したおかげか、抜け殻だった状態から生気を取り戻したようだ。しかし、落ち込んでいることには変わりなく、成海は無言のまま地面を見つめ、ずっと何かを考えていた。
悠真は、この状態の成海と歩くことに気まずさを感じた。何せ、本田稚奈と成海の仲違いを最初から最後まで見ていたのだ。知らないふりをするにも無理がある。
「津田さんって、いつから本田さんと仲良いの?」
黙り込んでいる成海に、悠真が気をつかって話かけると、成海は地面を見つめたまま暗い声色で答えた。
「幼稚園の頃からの親友です」
「へー」
本田稚奈のことは、小学生の頃からうっすら知っていた。昔から、誰とでも打ち解けられる明るい性格の女子という印象で、友人関係も幅広いイメージがあった。
だからこそ、本田稚奈と津田成海が親しいと知った時は、意外に感じたものだ。誰とでも打ち解けられる稚奈の性格だったからこそ、成海のような根暗なオタク趣味女とも仲良くなれたのだろうか、と。
「……やっぱり、変ですかね」
「変って?」
ぽつりとこぼすように言った成海の質問に悠真が聞き返すと、成海は地面に視線を落としたまましばらく口を噤み、ようやく再びこぼすようにぽつりと答えた。
「篠原くんと勉強してるのって、やっぱり変ですかね?」
稚奈に言われたことを気にしているのだとわかり、悠真は「あー」と視線をさ迷わせた。
悠真にも経験がある。沙織と付き合っていた時、沙織は悠真の異性関係をやたら気にしていた。悠真に対しては、他の女子との会話を制限したり、スマホの中身をチェックしたりするようなことはしなかったが、悠真に近づく女子に対してはかなり牽制したようだ。
たとえ互いに恋愛感情が無かったとしても、相手に恋人がいる時点で異性と遊ぶことは制限される。正直悠真は、沙織が他の男と遊んでいても気になったことは一度もなかったのだが、悠真が冷めているだけで、他の話を聞く限り、恋愛が絡んだ時の、異性の友情関係は慎重になるものらしかった。
「まぁ、一般的には変なんじゃない?」
「やっぱり、そうなんですね……」
悠真が応えると、成海は地面に目を向けたまま、小さく頷いた。
「ちなちゃんに謝った方がいいですよね?」
「津田は篠原との勉強やめるつもりはないんでしょ?」
「それは……」
「じゃあ、謝っても無駄なんじゃない?」
悠真が正直に答えると、成海は「そうですかね……」と、益々声色を暗くした。
稚奈が咲乃を独占したいという気持ちは、恋愛をしていればありがちな感情だ。悠真からすれば、成海なんかに嫉妬したところで杞憂だろうと思ってしまうのだが、稚奈にとっての問題はそこではないらしい。
「わたし、桜花咲を受けようと思ってるんです」
「らしいね」
なぜ、よりによって桜花咲なんだか、と悠真は呆れた気持ちで言った。桜花咲なんてところ、普通は受けようとは思わないだろ、と。
「篠原に誘われた?」
「いえ、自分で決めました」
「あんたが?」
悠真は驚いて成海を見ると、成海はうつむいたまま首を縦に振った。
「なんで?」
「桜花咲は好きな漫画の聖地だったので、……憧れてたんです」
「漫画の聖地って……」
そんな理由かよと呆れ果てていると、悠真の考えていることが伝わったのか、成海は眉をしかめて悠真の方へ顔を上げた。
「もちろん、それだけじゃありません。篠原くんに、恩返しがしたかったんです」
「恩返し?」
「はい、恩返しです。今まで勉強を見てくれた篠原くんに、がんばってきた成果を見せたかったんです。そうすれば、篠原くんがわたしのために使ってくれた時間は無駄じゃなかったってことになりますから」
「なるほどねぇ」
「本当にそれだけ?」悠真が疑うように尋ねると、成海は「それ以外にないですよ!」とムキになって言った。
「でもそれって、追いかけてるって思われても仕方ないじゃん。いくら恋愛感情がないって言っても、同じ学校目指すんじゃ説得力ないでしょ」
悠真の正論に、よほど突き刺さるものがあったのか、成海は「うぐぐ」っと苦しげに呻いた。
変な反応、悠真は思う。最初は、痛くて仕方なかった成海の奇妙な言動だったが、最近はそういう奴なんだと思うとなんだかなれてしまった。
成海は青ざめた顔で「で、でも、受かっても通うかどうかはまだ……。本当に、そんなつもりじゃないんだよぉ、ちなちゃん……」とぶつぶつ呟いている。そんな成海を横目で見ながら、悠真ははぁとため息をついた。
「しょうがないんじゃない? 恋愛絡みで友情崩壊することって、割と結構ありがちだし。っていうか、本田さんとの友情って、そんなに大したものでもなかったでしょ」
悠真の気のない言葉に、成海は眉毛を吊り上げて悠真を睨んだ。
「大したものじゃないってどういう意味ですか!」
「まんまの意味だよ。同じ学校に通ってて、気をつかって話すこともできない親友って何? 親友ってそんなもんじゃねーから」
「だっ……だってちなちゃん、お友達が多いですし、ちなちゃんにはちなちゃんの付き合いがあるじゃないですか。わたしも、智子ちゃんや西田くんたちとの付き合いもありますし。クラスが違うからなかなか話すタイミングがないだけで、普段からLINEのやりとりはしてましたし。気をつかって話せないんじゃなくて、わたしはただ、ちなちゃんの学校生活を大切にしてあげたかったんです!」
「その大切にしたいちなちゃんは、あんたのためになんかしてくれたことあんの?」
悠真が尋ねると成海はすかさず、「ありますよ!」と反発した。
「へぇ、何?」
悠真が尋ねると、成海は憤慨して答えた。
「ちなちゃんは、わたしと遊んでくれますから」
「それって、普通の友達と何が違うの」
「……。篠原くんに紹介したとき、ちなちゃんはわたしのこと“親友”だって言ってくれました」
「篠原がいたからじゃん」
「ちなちゃんは、わたしが不登校中の間、ずっと心配してた言ってくれました……!」
「一度も来てくれなかったのに?」
「仕方ないじゃないですか! 当時はちなちゃんにもいろいろ事情があって――、忙しくて来られなかっただけで……」
成海が言ったことに悠真が反論していると、成海は今にも泣きそうになって表情を歪ませた。悠真は、これ以上やると本格的に泣きはじめることをわかっていながら、成海の言う、稚奈への否定をやめることができなかった。
なぜ自分が、ここまで否定したいのか、悠真にはわからない。ただ、成海が稚奈を親友だと言うたびに、腹の底から不快感がこみ上げる。
「俺にも親友がいるから、わかるよ」
「……」
「大切にしたいって気持ちもわかる」
怒りのため黙りこくっている成海に、悠真は続けた。
悠真にも、ひとりだけ親友と呼べる人がいる。
日下英明は、保育園時代からの親友だ。長い時間を過ごしてきて、互いのことは、互いが一番わかっていると思っていた。しかし、咲乃の一件で、危うくその友情は壊れかけた。
悠真は全く分かっていなかったのだ。日下が何に苦しみ、何に悩んでいるのかを。
西田や咲乃のことで過剰に反応する悠真に対し、不安を抱いていたことを。日に日に暴走していく悠真に恐れを抱いていたことを。たとえ悠真に恨まれてでも暴走を止めたかった気持ちを。
あの後日下は、悠真を裏切ったことを本気で謝った。赦されないことも覚悟して、悠真に頭を下げてくれたのは日下だ。学校に行けなくなった悠真の様子を、毎日気にしてくれたのは日下だ。あんなことがあった後でも、日下は悠真の親友でい続けてくれた。
悠真にとって日下は、今もなお心から信頼できる親友だと言えるし、親友とはそういうものだと思っている。喧嘩することがあっても、壊れることはない。最後まで消し去ることが出来ないような――悠真が死んでも使わないであろう言葉を、あえてここで使うとするならば――悠真と日下には、確かな“絆”があったのだ。
だからだろうか。成海が稚奈を親友だと言うたびに。
「――でもさ」
稚奈が成海を親友だと言うたびに。
「一方的に要求だけを押し付けてくるような関係って、親友じゃなくて奴隷って言うんじゃないの?」
違和感だらけで気持ちが悪く、虫唾が走ってイライラするのだ。