いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep91 疑念の真相
最悪だ。篠原くんの前で、やってもいない罪を着せられた。
彩美は保健室から飛び出すと、昇降口の靴箱まで走った。肩で息をしながら呼吸を整え、靴箱から取り出したスニーカーに乱暴な足取りで上履きから履き替えた。
悔しくて、悔しくてたまらない。いくら彩美がやっていないと訴えても、誰も彩美のことを信じなかった。咲乃でさえ庇ってくれなかった。あまつさえ、やってもいない嫌がらせの犯人にまで疑われている。咲乃にとって、自分は友達ではなかったのか。それほどまでに、稚奈が大事なのか。
彩美は泣きたくなるのをぐっとこらえると、振り向くことなく校舎を後にした。
体育祭の後、自分の椅子を片付けている際に稚奈を見つけて、彩美は彼女に一言嫌味でも言おうと近づいた。すると突然、稚奈は何かに躓くようにして転倒し、身体を受け止めようとしてついた右ひじと、右足首を痛めてしまったのだ。
突然目の前で倒れた稚奈に彩美が驚いていると、隣にいた稚奈の友人、実生が稚奈の傍に駆け寄った。その時実生は、まるで彩美が稚奈の足をひっかけたのだと言うように睨んできたのだ。
稚奈が何に躓いて転んだのかなんて、彩美はもちろん見ていない。あの時はたしかに、たくさんの生徒が列を作って自分の椅子を運んでいたため、廊下はいつも以上に混雑していた。あの混雑の中で足をかけられたら、誰がやったかなんて分からなかっただろう。足が引っかかったのだって、誰かの故意ではなく事故だった可能性もある。
それなのに、実生は彩美が稚奈の足を引っかけたのを見たと言った。彩美は一切、稚奈に触れていないのにも関わらずだ。誰かの足を、近くにいた彩美の足と勘違いしたのだろうか。もしかすると、彩美を陥れるために口から出まかせを言ったのかもしれない。見ていないものを、「見た」と嘘をついて――。
帰り道を歩きながら、彩美は頭の中で自分の考えをまとめた。考えれば考えるほど、実生に対して怒りが湧いてきて、悔しい気持ちも強くなっていく。しかし、自分はやっていないと証明するものもまた、何もなかった。
今回の件も、かなり注目を集めてしまったし、このままではあらぬ噂が広まって、いつの間にか彩美が嫌がらせの犯人にさせられてしまうかもしれない。
「……もし私が、本田さんの嫌がらせの犯人を捕まえたら、篠原くんは私を信じてくれるかな……」
溜息まじりに呟いた。
でも、どうやって? 彩美は思う。5組ではない自分が、稚奈の教室の傍でうろうろしていたらそれこそ疑われてしまうかもしれない。
彩美は、肩にかけていたカバンの柄を握り締めた。
その時、制服の中でスマホが揺れているのに気づく。彩美は驚いて制服のポケットからスマホを取り出した。立ち止まってスマホの画面を操作し、LINEを確認する。
咲乃からのLINEだった。
『山口さんがやったんじゃないのは分かってる。俺が何とかするから、山口さんは心配しないで』
「篠原くん……」
信じてくれてたんだ。
スマホを握る手が震えた。流れた涙が、画面に落ちる。
怖かったのは、でたらめな噂が広まって自分が犯人にされてしまうことなんかではなかった。咲乃に誤解されたまま、信じてもらえない事の方が怖かったのだ。
彩美は手の甲で涙を拭った。
篠原くんが信じてくれるなら、もう怖いものなんてない。私は私のやり方で、本田さんとぶつかって行くんだ。
*
休日が明けた朝、彩美はまだ誰もいない教室に忍び込むと、音を立てないようそっと椅子を引き、稚奈の机の中を漁った。稚奈の机の中には、教科書やノートがそのまましまってある。いつも置いて帰っているのだろう。嫌がらせを受けているにしては、大分不用心だ。これではまるで、どうぞ嫌がらせをしてくださいと言っているようなもののように感じてしまう。
彩美は、稚奈の不用心さに呆れつつ、机の中にあるものをすべて取り出し、一冊ずつ手に取ってパラパラと中を捲った。嫌がらせをされるとしたら、早朝や放課後、そして移動教室。教室に誰もいなくなった頃だ。もし、放課後に嫌がらせをされているとしたら、既に中の教科書やノートは落書きだらけだろう。
彩美は教科書とノートを全て確認すると、ため息をついて机の中にもどした。教科書もノートも、どれもきれいな状態だ。落書き等はされていない。
ある程度机の中を見た後で、今度はロッカーの中を覗いてみる。ロッカーの中にしまわれていた教科書を見ても、落書きはされていなかった。もしかしたら、体育祭の後はなにもされなかったのかもしれない。
彩美がロッカーの中に教科書を戻すと、ふと遠くから足音がしているのに気づいた。徐々に近づいてくる足音に、急いで教卓の下に身をひそめる。
足音は5組の教室で止まり、そのまま中に入ってきた。足音からして先生ではない。コツコツと、上履きが床を踏む音がする。彩美はそっと教卓から外の様子を窺った。
一人の少女が、稚奈の机の前に止まる。稚奈の椅子を引き、机の中からノートを取り出すと、ページをびりびりと破きはじめた。
彩美は息を呑んで、少女の、悔しそうに歪んだ顔を見つめた。彩美はその少女を知っていた。稚奈の友達のひとり、芦輪実生だ。稚奈に嫌がらせをしていた犯人は、稚奈が転んだ時、彩美が足を引っかけたのをみたと証言していた、あの子だったのだ。
実生が破り捨てた紙屑は白い花弁のように、稚奈の机の上や周りの床一面に散らばる。実生はノートのページを全て破り捨ててしまうと、ずっと息を止めていたのか、激しく息を切らして、表情のない顔でノートだった残骸を感情もなく見つめていた。
「芦輪さんが犯人だったんだ」
彩美が教卓の下から姿を現した。実生の表情が、驚愕したものに変わる。
「……山口さん……どうして……!?」
まさか見られていたとは思わなかったのだろう。一気に血の気が引いて、実生の顔は青ざめていった。一歩後退ると、それを追い詰めるように、彩美が一歩前へ出た。
「本田さんに足を引っかけたのが私だって言われて、おまけに嫌がらせの犯人なんじゃないかなんて言われたら、誰だってムカつくでしょ? だったら、私が犯人を見つけちゃおうと思って。こんなに簡単にわかっちゃうなんて思わなかったなぁ。まさか、芦輪さんだったなんてびっくりしちゃった」
彩美が愛らしく微笑むと、実生は後退りながらも激しく首を横に振った。
「違う……これは、違うの……!」
「違うわけないでしょ。今更とぼけるのはやめて。証拠はちゃんと撮ってあるんだから」
彩美はスマホをかざして、今まで撮っていた動画を実生に見せた。実生が、稚奈のノートを破いている動画だ。
「動画、篠原くんに見せちゃうから」
「やめて! ……篠原くんには――」
「芦輪さんは、脅されてやっていたんだもんね?」
突然、思わぬ声が割り込んできて、彩美と実生は声のした方を見る。黒板側の入口には、咲乃が立っていた。
「篠原くん……?」
彩美が咲乃を呼ぶと、咲乃はふわりと微笑んで、そのまま実生の前まで歩いて行った。
彩美は保健室から飛び出すと、昇降口の靴箱まで走った。肩で息をしながら呼吸を整え、靴箱から取り出したスニーカーに乱暴な足取りで上履きから履き替えた。
悔しくて、悔しくてたまらない。いくら彩美がやっていないと訴えても、誰も彩美のことを信じなかった。咲乃でさえ庇ってくれなかった。あまつさえ、やってもいない嫌がらせの犯人にまで疑われている。咲乃にとって、自分は友達ではなかったのか。それほどまでに、稚奈が大事なのか。
彩美は泣きたくなるのをぐっとこらえると、振り向くことなく校舎を後にした。
体育祭の後、自分の椅子を片付けている際に稚奈を見つけて、彩美は彼女に一言嫌味でも言おうと近づいた。すると突然、稚奈は何かに躓くようにして転倒し、身体を受け止めようとしてついた右ひじと、右足首を痛めてしまったのだ。
突然目の前で倒れた稚奈に彩美が驚いていると、隣にいた稚奈の友人、実生が稚奈の傍に駆け寄った。その時実生は、まるで彩美が稚奈の足をひっかけたのだと言うように睨んできたのだ。
稚奈が何に躓いて転んだのかなんて、彩美はもちろん見ていない。あの時はたしかに、たくさんの生徒が列を作って自分の椅子を運んでいたため、廊下はいつも以上に混雑していた。あの混雑の中で足をかけられたら、誰がやったかなんて分からなかっただろう。足が引っかかったのだって、誰かの故意ではなく事故だった可能性もある。
それなのに、実生は彩美が稚奈の足を引っかけたのを見たと言った。彩美は一切、稚奈に触れていないのにも関わらずだ。誰かの足を、近くにいた彩美の足と勘違いしたのだろうか。もしかすると、彩美を陥れるために口から出まかせを言ったのかもしれない。見ていないものを、「見た」と嘘をついて――。
帰り道を歩きながら、彩美は頭の中で自分の考えをまとめた。考えれば考えるほど、実生に対して怒りが湧いてきて、悔しい気持ちも強くなっていく。しかし、自分はやっていないと証明するものもまた、何もなかった。
今回の件も、かなり注目を集めてしまったし、このままではあらぬ噂が広まって、いつの間にか彩美が嫌がらせの犯人にさせられてしまうかもしれない。
「……もし私が、本田さんの嫌がらせの犯人を捕まえたら、篠原くんは私を信じてくれるかな……」
溜息まじりに呟いた。
でも、どうやって? 彩美は思う。5組ではない自分が、稚奈の教室の傍でうろうろしていたらそれこそ疑われてしまうかもしれない。
彩美は、肩にかけていたカバンの柄を握り締めた。
その時、制服の中でスマホが揺れているのに気づく。彩美は驚いて制服のポケットからスマホを取り出した。立ち止まってスマホの画面を操作し、LINEを確認する。
咲乃からのLINEだった。
『山口さんがやったんじゃないのは分かってる。俺が何とかするから、山口さんは心配しないで』
「篠原くん……」
信じてくれてたんだ。
スマホを握る手が震えた。流れた涙が、画面に落ちる。
怖かったのは、でたらめな噂が広まって自分が犯人にされてしまうことなんかではなかった。咲乃に誤解されたまま、信じてもらえない事の方が怖かったのだ。
彩美は手の甲で涙を拭った。
篠原くんが信じてくれるなら、もう怖いものなんてない。私は私のやり方で、本田さんとぶつかって行くんだ。
*
休日が明けた朝、彩美はまだ誰もいない教室に忍び込むと、音を立てないようそっと椅子を引き、稚奈の机の中を漁った。稚奈の机の中には、教科書やノートがそのまましまってある。いつも置いて帰っているのだろう。嫌がらせを受けているにしては、大分不用心だ。これではまるで、どうぞ嫌がらせをしてくださいと言っているようなもののように感じてしまう。
彩美は、稚奈の不用心さに呆れつつ、机の中にあるものをすべて取り出し、一冊ずつ手に取ってパラパラと中を捲った。嫌がらせをされるとしたら、早朝や放課後、そして移動教室。教室に誰もいなくなった頃だ。もし、放課後に嫌がらせをされているとしたら、既に中の教科書やノートは落書きだらけだろう。
彩美は教科書とノートを全て確認すると、ため息をついて机の中にもどした。教科書もノートも、どれもきれいな状態だ。落書き等はされていない。
ある程度机の中を見た後で、今度はロッカーの中を覗いてみる。ロッカーの中にしまわれていた教科書を見ても、落書きはされていなかった。もしかしたら、体育祭の後はなにもされなかったのかもしれない。
彩美がロッカーの中に教科書を戻すと、ふと遠くから足音がしているのに気づいた。徐々に近づいてくる足音に、急いで教卓の下に身をひそめる。
足音は5組の教室で止まり、そのまま中に入ってきた。足音からして先生ではない。コツコツと、上履きが床を踏む音がする。彩美はそっと教卓から外の様子を窺った。
一人の少女が、稚奈の机の前に止まる。稚奈の椅子を引き、机の中からノートを取り出すと、ページをびりびりと破きはじめた。
彩美は息を呑んで、少女の、悔しそうに歪んだ顔を見つめた。彩美はその少女を知っていた。稚奈の友達のひとり、芦輪実生だ。稚奈に嫌がらせをしていた犯人は、稚奈が転んだ時、彩美が足を引っかけたのをみたと証言していた、あの子だったのだ。
実生が破り捨てた紙屑は白い花弁のように、稚奈の机の上や周りの床一面に散らばる。実生はノートのページを全て破り捨ててしまうと、ずっと息を止めていたのか、激しく息を切らして、表情のない顔でノートだった残骸を感情もなく見つめていた。
「芦輪さんが犯人だったんだ」
彩美が教卓の下から姿を現した。実生の表情が、驚愕したものに変わる。
「……山口さん……どうして……!?」
まさか見られていたとは思わなかったのだろう。一気に血の気が引いて、実生の顔は青ざめていった。一歩後退ると、それを追い詰めるように、彩美が一歩前へ出た。
「本田さんに足を引っかけたのが私だって言われて、おまけに嫌がらせの犯人なんじゃないかなんて言われたら、誰だってムカつくでしょ? だったら、私が犯人を見つけちゃおうと思って。こんなに簡単にわかっちゃうなんて思わなかったなぁ。まさか、芦輪さんだったなんてびっくりしちゃった」
彩美が愛らしく微笑むと、実生は後退りながらも激しく首を横に振った。
「違う……これは、違うの……!」
「違うわけないでしょ。今更とぼけるのはやめて。証拠はちゃんと撮ってあるんだから」
彩美はスマホをかざして、今まで撮っていた動画を実生に見せた。実生が、稚奈のノートを破いている動画だ。
「動画、篠原くんに見せちゃうから」
「やめて! ……篠原くんには――」
「芦輪さんは、脅されてやっていたんだもんね?」
突然、思わぬ声が割り込んできて、彩美と実生は声のした方を見る。黒板側の入口には、咲乃が立っていた。
「篠原くん……?」
彩美が咲乃を呼ぶと、咲乃はふわりと微笑んで、そのまま実生の前まで歩いて行った。