いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep93 錯綜クインテット

「……またいねぇー」

 悠真が成海の姿を探して、エントランス中を見回した。
 稚奈のことがあってか、最近成海の注意力が散漫だ。沙織がいないと思って、気を抜いているのかもしれない。

 悠真はため息をついて、西田に近づいた。

「悪いんだけどさ」

「ひっ、あ……どうも……」

 悠真が声をかけると、西田はあからさまに肩を震わせて、悠真の方を見た。安藤と竹内は、未だに悠真を信用出来ないらしく、表情を固めている。

 悠真はそんな安藤たちのことは無視して、西田に用件を伝えた。

「津田さん知らない?」

 悠真に聞かれて、西田たちは互いに顔を見合わせた。

「友達に話があるからって、外に出て行っちゃったはずだよ」

「友達って?」

 どうせ稚奈のことだろうと予想しながら、一応尋ねてみると、安藤の方から「本田さん」と、思った通りの答えが返ってきた。

「わかった、サンキュー」

 西田たちに軽く礼を述べてから、市民会館を出る。外に出ても、成海の姿はなかった。

 とっくに帰ってしまったのだろうか。LINEで成海に通話をかけていると、目の前に遠藤沙織が現れた。

 休んでたんじゃなかったのかよ。

 悠真は心の中で悪態をつくと、無視してそのまま歩き去ろうとした。

「津田成海って、悠真の今カノ?」

 沙織の言葉に、悠真の足が止まった。

「は? なんでそう思った?」

 冗談じゃない。津田成海(あのブタ)との関係を誤解されるなんて最悪だ。悠真は顔をしかめて、不快感を露わにした。

「昔からそうだよな、お前。思い込みが激しくて、ヒステリックでさ。俺が他の子と話してると、陰でその子いじめて。必死だったもんな?」

 悠真が、うんざりした口調で過去のことを口にすると、沙織の顔から見る間に表情がなくなった。

「他の女といるのを見せつけて、わざと怒らせてたのは悠真(あんた)の方じゃん。妬いてほしかったんでしょ? 昔からそういうところあるもんね。そうやって、いちいち嫉妬させたり怒らせたりするようなことして、うちの愛情確かめてたくせに」

 目だけは笑っておらずむしろ怒りさえうかがえるのに、口元だけはいびつに上がった沙織の顔は、さすがの悠真でもぞっとするほどの迫力があった。

 沙織は、悠真をバカにしたように続けた。

「もう、どうでもいいわ、あんたのことなんて。うちを捨てて、デブに走るあんたを追いかけるだけムダだし。だから最後にしてあげる。あのブタを滅茶苦茶にして、二度と立ち直れないようにしてやるから」

 沙織はそう言うと、制服のポケットからスマホを取り出し、悠真に見せた。スマホには、透明のカバーがしてあり、その中にはペタペタと何らかのアニメキャラのステッカーが挟んである。

 津田成海のスマホだ。悠真は状況を理解すると、頭にカッと血が溜まるのを感じた。

「返せよ!」

 悠真が沙織から成海のスマホをひったくると、沙織はくすくす笑いを次第に大きくさせて、「あはははは」と声を上げて笑った。
 悠真は成海のスマホを手の中に握り締め、沙織を睨んだ。

「津田をどうした?」

 悠真が怒気を含めて尋ねると、沙織は、はぁはぁと息を整えて、目尻を拭った。

「知らなーい。新しいオンナのために頑張って探せばぁ?」

 けらけら声高く笑う沙織から離れて、悠真は自分のスマホを取り出した。LINEで咲乃に連絡する。鳴らしても出ない。
 舌打ちをして、悠真は今の状況をメッセージで送った。

 分厚い雲が空を覆い、これから一雨振りそうなほど陰っている。雨の匂いを感じさせる冷たい風が、ぴりりと悠真の頬をかすめた。

「キミが、新島クン?」

 メッセージを送り終えたちょうどその時、後ろからがっしりと肩を掴まれた。細い手首に着けたシルバーのブレスレットが、じゃらりと音を鳴らす。
 悠真が肩を掴む手を追って首を捻ると、スカジャン姿の背の高い男が、黒いマスクを顎まで引き下げた。

「こんちわ。沙織チャンの今カレでーす」

 男が、鋭い犬歯を見せて嗤った。




 稚奈は自分の部屋に咲乃を上げると、カバンを床に落として、疲れたようにため息をはきつつ、ベッドに倒れ込んだ。仰向けになっていると、ドアの傍に立ち止まったままスマホの画面を見つめている咲乃を見やる。せっかく一緒にいるのにスマホばかり見ている彼に不満を感じて、稚奈はベッドから起き上がった。

「誰から?」

 尋ねた口調に、あえて不貞腐れたような調子をにじませる。稚奈の不機嫌を感じ取って、咲乃の穏やかな目が、稚奈の方を見た。

「神谷から」

「ふぅん。なんだって?」

「この後の勉強会のこと。神谷(あいつ)もメンバーだから」

 咲乃が答えると、スマホをカバンの中にしまった。

「ここでやればいいじゃん。稚奈も一緒に勉強するよ?」

「今日は勉強会はない。津田さんは、今勉強どころじゃないだろうし」

 咲乃の口から成海の名が出ると、稚奈は頭の中が熱くなるのを感じた。咲乃とふたりでいるときに、成海の名前など聞きたくない。思わず目が鋭くなるのを自覚して、稚奈はわざと小さい子がするように足をぶらぶらさせた。

「なるちゃん、可哀想だったね。みんなの前で友達じゃない、なんて言われちゃって」

「そんなに不安だった? 俺が津田さんの方へ行くんじゃないかって」


 哀想だと言って笑う稚奈に、咲乃が冷ややかな口調で咎める。稚奈はますます唇を尖らせ、不満をあらわにした。

「付き合ってる彼女がいるのに、他の女の子と会う方がおかしいじゃん。なんでなるちゃんのために、篠原くんに会うのを我慢しなきゃいけないの?」

「今は受験勉強が優先でしょう。それ以上に理由なんてある?」

「受験を言い訳にしないで!」

 稚奈が叫んだ。

 勉強が苦手な稚奈だって、受験勉強が大事なことくらいわかっている。稚奈が受ける高校と、咲乃が受ける高校とでは、勉強量が全く違うのも理解していた。だから今は、恋愛よりも勉強が大事だと言われれば、当然、納得するしかなかった。

 だが咲乃は、自身の勉強のことを気にしているわけではない。咲乃が何よりも気にかけているのは、成海のことだ。ずっと不登校だった女子(なるみ)のことを、彼女(ちな)よりも気にしている。

 付き合っているのは自分なのに、彼の一番でなければいけないのに。いつも咲乃が考えることは、成海のことばかりだ。

「篠原くんも同罪でしょ。あの場でなるちゃんを庇うこともで来たのに、無視したじゃん。人のこと言えないね?」

 稚奈は嗤った。
 成海に酷いことをしたのは、咲乃も同じだ。咲乃自身も、成海を傷つけたのは稚奈だけではないとわかっている。

「今日はもう帰るよ。また明日」

「篠原くん、待って!」

 部屋を出て行こうとする咲乃に、稚奈が駆け寄る。後ろから咲乃を抱きしめた。

「ねぇ、篠原くん。篠原くんにとってなるちゃんは、ただの友達でしょ?」

 もう何度も確認したことを、改めて咲乃に問う。咲乃に抱き着く手に、ぎゅっと力を込めて。

「じゃあ、なるちゃんよりも稚奈の方が大事だよね?」

 稚奈の腕をほどくように、咲乃が稚奈の手を握った。向き合った咲乃と稚奈が、互いに目を合わせる。

 稚奈の瞳はほのかに熱を帯びて、咲乃を誘うように揺らめいていた。
< 211 / 222 >

この作品をシェア

pagetop