いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep100 最初から。始めに戻って、何度でも。
規則的に時を刻む時計の音を聞きながら、わたしは布団の中で呆然としていた。今日一日何を考えていたのかなんて、覚えてない。ここ最近、感覚が朧気だ。今が昼か夜かは、窓の外から差し込む光で分かるけど、正確な時間も、何日の何曜日なのかも、スマホの画面を見て確かめる気にはならなかった。
昨日は日高先生がうちに来て、少しだけ話をした。日高先生は、わたしに気が済むまでゆっくり休んでいて良いと言ってくれた。
――もし気が向いたら、また、相談室にいらっしゃい。相談室登校に戻ってもいいし、進路相談もしているから。先生、津田さんのこと待ってるからね。
先生はそう言って、わたしが好きなデパ地下のクッキーを置いて行ってくれた。
昼過ぎに起きて、気づけば夕日がさしはじめている。起き上がる気力はなく、部屋の前に置かれた食事を口にして、またのろのろと布団の中に戻った。
布団の隙間から、壁にかかったカレンダーを見上げる。今日は、修了式だったんだ。これから冬休みに入って、みんなは受験勉強か。
受験勉強のことを考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。好きなことを我慢して、本気で桜花咲に受かろうとがんばっていただけに、今こうしてなにもせずに過ごしている自分に嫌悪感を抱いてしまう。
わたしが頑張ったところで受かるはずもないし、学校に行けない自分が受ける意味はない。そんなことは、わかってるけど……。
かぶっていた布団を引っ張って、もっと奥へもぐっていると、部屋のドアがノックされた。
「津田さん、こんにちは」
お母さんが家に上げたのだろう。ドアの向こうから、篠原くんの控え目な声が聞こえてきた。
「今日は、プリントを持って来たんだ。学校からのお知らせは、見ていないだろうと思ったから」
そう言って、ドアの隙間からプリントの紙を差し込む。前にもやったなぁ、このやりとり。あの時のわたしは、突然やって来た篠原くんが信用できなくて、怖くて口を利こうとしなかったんだよな。
でも、今は篠原くんを信用しているし、怖いわけでも、嫌いなわけでもない。篠原くんに対する罪悪感で、顔を合わせる勇気が出ないんだ。
せっかく学校に行くようになったのに、半年も経たずに行けなくなってしまったこと。桜花咲受験だって、決めたのはわたしなのに、それすらもやめてしまったこと。あんなに支えになってくれていた篠原くんの厚意を無駄にして、篠原くんに迷惑をかけてしまった。
わたしが学校に行けなくなったのは、篠原くんのせいなんかじゃない。ちなちゃんのことも、遠藤さんのことも、全部自分の責任だ。
「今日、西田くんたちが、津田さんの話をしていたよ。どうすれば津田さんが学校に来られるようになるかって。でも、途中から西田くんと安藤さんの口論になってしまって、俺と竹内くんで喧嘩を止めなきゃいけなくなって大変だったんだけどね」
西田くんも、智子ちゃんも、竹内くんも、わたしにとっては学校で出来た、大切な友達だ。みんなのことは大好きだし、できればみんなに会いたい。だけど、学校に行かなきゃと思うと、急に動けなくなってしまう。これじゃあ、みんなの気持ちもないがしろにしてるみたい。大切にしたい人たちのことも大切に出来ないなんて、わたしは本当に最低だ。
「明日でもう、冬休みだね。 せっかくのクリスマスだし、よければ一緒にケーキ食べない? 今度、ケーキ屋で買ってくるよ」
みんなに心配させて、助けてもらって、わたしはみんなに何を返したらいいんだろう。篠原くんに、何を返せるんだろう。桜花咲を受かって、篠原くんに恩返しするんだって決めたのに、それすらできない自分に返せるものなんて、もう何もないのに。
もう、これ以上、篠原くんの迷惑にはなりたくない。篠原くんの邪魔はしたくないよ。だって、篠原くんだって、わたしの大切な友達なんだ。
「だから……」
だから。
「また、――」「迷惑なので、もう来ないでくれませんか」
篠原くんを、自由にしてあげるんだ。
篠原くんが何を言おうとしたのかはわからなかった。ただわたしの言葉が、たまたま篠原くんの言葉と被っただけ。それでも、わたしの言葉は、わたしが意図したもの以上に冷たく響いてしまった。
「そっか」
篠原くんが、呟く。
「迷惑、なんだ」
篠原くんの声はとても静かで、悲しいくらいに優しい声をしていた。もっと怒ってくれてもいいのに、篠原くんはこんな時でも優しくて、わたしを傷つけないように気をつかってくれている。その優しさに救われることは沢山あったけど、今はただ、その優しさが辛かった。
早く篠原くんに嫌われて、見限ってくれればいいのに。篠原くんみたいな優しい人は、わたしみたいなクズと関わったらダメなんだ。毎日来てくれる友達に酷いことを言ってしまうような、自分のことしか考えてない最低なクズなんかいじめられて当然だ。そんなクズをいじめていた遠藤さんたちは、正しかったのかもしれない。
篠原くんはしばらく黙っていると、ようやく静かに口を開いた。
「ごめんね、津田さん。俺、津田さんを困らせてばかりだ」
篠原くんは、変わらず優しい口調でわたしに謝った。
「学校に行かせようとして説得したことも、桜花咲受験のことも。結果的には、津田さんを苦しめていただけだった。津田さんには、津田さんのペースや生き方があるのに。最初から、津田さんのことでうまくいったことは、なにもなかったから――」
篠原くんは、穏やかな声色でそう言うと。
「きっと俺は、津田さんの友達としては、ふさわしくないんだろうなって」
自嘲気味に、僅かに笑って言った。
ふさわしくない。
篠原くんの口から、そんな言葉が出てくるなんて思わなかった。それはわたしが、篠原くんに常々感じていた気持ちだったから。それを、篠原くんも同じように感じていたなんて思わなかったのだ。
わたしと篠原くんには、共通の趣味があるわけではない。勉強も運動も、苦も無くやり遂げてしまう篠原くんと、必死に努力しないと何もできない自分とでは、明らかに違い過ぎる。
人気者で、みんなに頼られていて、友達の多い篠原くんと、どん臭くて、人と関わるのが苦手なわたしとでは、住む世界がまったく違う。友達になりえるような共通点なんて、最初からわたしたちには何もない。
「でも俺は、津田さんの友達をやめるつもりはないから」
ドアの外から語り掛ける、篠原くんの声は。
「俺は、津田さんといるの、好きなんだ。たとえ、同じ高校に行けなかったとしても、卒業しても友達でいたい」
春風みたいに温かくて、柔らかくて。
「だから、迷惑だなんて言わないで。来ないでなんて、言わないでよ」
優しさに満ち溢れているのに。
「津田さんに拒絶されたら」
不安げに、静かに震えていて。
「もう、俺に出来ることがなくなってしまうから」
本当に、全て終わってしまうのを恐れているかのようだった。
「……」
篠原くんは、変わってる。わたしと居てもメリットなんて何もないのに。学校に行かないで、部屋で死んだような生活をしている人間といて、篠原くんに何の得があるんだろう。
どうせ、篠原くんのことだ。またわたしを部屋から出そうとして、あの手この手で良いように転がして、わたしを外へ連れ出すのだろう。きっと、何度だってそうするんだ。
わたしにとって篠原くんは、西田くんみたいに気軽に軽口を叩き合えるような相手じゃない。智子ちゃんみたいに、互いに趣味を共有し合って、何でも話せるような、そんな相手でもない。
わたしにとって篠原くんは、あまりにもすごい人すぎて、篠原くんといることは、それこそきっと、苦しいだけの毎日だ。
だって、篠原くんの友達でい続けるには、必死になって真人間になる努力をしなきゃいけないんだから。でも、わたしなんかじゃ結局上手くいかなくて、そんな自分が嫌いになって、それでも篠原くんに嫌われたくないからって、また必死に努力する。一緒にいて、楽しいなんて言ってられる余裕があるような相手ではない。
それなのにわたしは、篠原くんの優しさにバカみたいに騙されて、のばされた手を、掴んでしまうんだ。
わたしは、ベッドから起き上がり、力ない足取りで机まで歩くと、桜花咲高校の問題集を手に取った。毎日開いて、よれよれになってしまった表紙。ここ最近は、見るのも辛くて放置していた。
「……篠原くんは、わたしが桜花咲を受験しなくても、いいんですか?」
桜花咲を受験するって言った時は、あんなに喜んでいたのに。こんなにあっさり諦めて、普通は失望もするはずなのに。それに今は、高校に行ける自信もない。
「津田さんが高校に言っても行かなくても、遊びに来るよ」
「お姉ちゃんが言ってました。“どんなに中学時代に仲が良くて、また合おうねって約束しても、卒業したら自分の生活に忙しくなって、そのうち疎遠になるものだ”って」
「だったら、毎晩一緒に勉強する?」
「それ、結局、今やってることと変わりないじゃないですか」
LINE通話しながら勉強して、わからない問題は画面共有する。せっかく受験勉強から解放されても、篠原くんはすぐに、わたしを勉強漬けにしようとするから困る。
篠原くんは、勉強以外の趣味を見つけた方がいいと思う。
「桜花咲に行ったら、きっともっと素敵な友達ができますよ。勉強するなら、同じ勉強好きな友達とやったほうが良いじゃないですか」
桜花咲なら絶対にいるだろう。少なくとも、わたしとやるより有意義なはず。
「いるかもしれないけれど、どうしても津田さんのことが心配になっちゃうから」
「心配、ですか」
篠原くんに心配と言われて、ちょっとだけドキリとする。
「うん、心配。俺が今まで出会った中でも、津田さんはトップレベルに危ういから。定期的に生存確認しないと、生きてるかどうかが不安で……」
「篠原くん、もしかしてわたしのことマンボウだと思ってます?」
「思ってないよ、そんなこと」
わたしの指摘に、篠原くんはおかしそうに噴き出した。そんな篠原くんに、わたしもひさしぶりに笑った。笑ったら少しだけ気が楽になって、わたしは部屋のドアを開いた。
扉の向こうでは、またひとつ背が高くなった篠原くんが、柔らかく微笑んでいた。
今のわたしの格好は、髪の毛はぼさぼさで、着古したパジャマ姿だ。とても人前に出られるような姿ではないけれど。
「今まで色々と、ご迷惑とご心配をおかけしてすみませんでした」
「ううん。俺の方こそ、いろいろごめんね?」
お互いに今までのことを謝りあって、わたしたちは仲直りした。
昨日は日高先生がうちに来て、少しだけ話をした。日高先生は、わたしに気が済むまでゆっくり休んでいて良いと言ってくれた。
――もし気が向いたら、また、相談室にいらっしゃい。相談室登校に戻ってもいいし、進路相談もしているから。先生、津田さんのこと待ってるからね。
先生はそう言って、わたしが好きなデパ地下のクッキーを置いて行ってくれた。
昼過ぎに起きて、気づけば夕日がさしはじめている。起き上がる気力はなく、部屋の前に置かれた食事を口にして、またのろのろと布団の中に戻った。
布団の隙間から、壁にかかったカレンダーを見上げる。今日は、修了式だったんだ。これから冬休みに入って、みんなは受験勉強か。
受験勉強のことを考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。好きなことを我慢して、本気で桜花咲に受かろうとがんばっていただけに、今こうしてなにもせずに過ごしている自分に嫌悪感を抱いてしまう。
わたしが頑張ったところで受かるはずもないし、学校に行けない自分が受ける意味はない。そんなことは、わかってるけど……。
かぶっていた布団を引っ張って、もっと奥へもぐっていると、部屋のドアがノックされた。
「津田さん、こんにちは」
お母さんが家に上げたのだろう。ドアの向こうから、篠原くんの控え目な声が聞こえてきた。
「今日は、プリントを持って来たんだ。学校からのお知らせは、見ていないだろうと思ったから」
そう言って、ドアの隙間からプリントの紙を差し込む。前にもやったなぁ、このやりとり。あの時のわたしは、突然やって来た篠原くんが信用できなくて、怖くて口を利こうとしなかったんだよな。
でも、今は篠原くんを信用しているし、怖いわけでも、嫌いなわけでもない。篠原くんに対する罪悪感で、顔を合わせる勇気が出ないんだ。
せっかく学校に行くようになったのに、半年も経たずに行けなくなってしまったこと。桜花咲受験だって、決めたのはわたしなのに、それすらもやめてしまったこと。あんなに支えになってくれていた篠原くんの厚意を無駄にして、篠原くんに迷惑をかけてしまった。
わたしが学校に行けなくなったのは、篠原くんのせいなんかじゃない。ちなちゃんのことも、遠藤さんのことも、全部自分の責任だ。
「今日、西田くんたちが、津田さんの話をしていたよ。どうすれば津田さんが学校に来られるようになるかって。でも、途中から西田くんと安藤さんの口論になってしまって、俺と竹内くんで喧嘩を止めなきゃいけなくなって大変だったんだけどね」
西田くんも、智子ちゃんも、竹内くんも、わたしにとっては学校で出来た、大切な友達だ。みんなのことは大好きだし、できればみんなに会いたい。だけど、学校に行かなきゃと思うと、急に動けなくなってしまう。これじゃあ、みんなの気持ちもないがしろにしてるみたい。大切にしたい人たちのことも大切に出来ないなんて、わたしは本当に最低だ。
「明日でもう、冬休みだね。 せっかくのクリスマスだし、よければ一緒にケーキ食べない? 今度、ケーキ屋で買ってくるよ」
みんなに心配させて、助けてもらって、わたしはみんなに何を返したらいいんだろう。篠原くんに、何を返せるんだろう。桜花咲を受かって、篠原くんに恩返しするんだって決めたのに、それすらできない自分に返せるものなんて、もう何もないのに。
もう、これ以上、篠原くんの迷惑にはなりたくない。篠原くんの邪魔はしたくないよ。だって、篠原くんだって、わたしの大切な友達なんだ。
「だから……」
だから。
「また、――」「迷惑なので、もう来ないでくれませんか」
篠原くんを、自由にしてあげるんだ。
篠原くんが何を言おうとしたのかはわからなかった。ただわたしの言葉が、たまたま篠原くんの言葉と被っただけ。それでも、わたしの言葉は、わたしが意図したもの以上に冷たく響いてしまった。
「そっか」
篠原くんが、呟く。
「迷惑、なんだ」
篠原くんの声はとても静かで、悲しいくらいに優しい声をしていた。もっと怒ってくれてもいいのに、篠原くんはこんな時でも優しくて、わたしを傷つけないように気をつかってくれている。その優しさに救われることは沢山あったけど、今はただ、その優しさが辛かった。
早く篠原くんに嫌われて、見限ってくれればいいのに。篠原くんみたいな優しい人は、わたしみたいなクズと関わったらダメなんだ。毎日来てくれる友達に酷いことを言ってしまうような、自分のことしか考えてない最低なクズなんかいじめられて当然だ。そんなクズをいじめていた遠藤さんたちは、正しかったのかもしれない。
篠原くんはしばらく黙っていると、ようやく静かに口を開いた。
「ごめんね、津田さん。俺、津田さんを困らせてばかりだ」
篠原くんは、変わらず優しい口調でわたしに謝った。
「学校に行かせようとして説得したことも、桜花咲受験のことも。結果的には、津田さんを苦しめていただけだった。津田さんには、津田さんのペースや生き方があるのに。最初から、津田さんのことでうまくいったことは、なにもなかったから――」
篠原くんは、穏やかな声色でそう言うと。
「きっと俺は、津田さんの友達としては、ふさわしくないんだろうなって」
自嘲気味に、僅かに笑って言った。
ふさわしくない。
篠原くんの口から、そんな言葉が出てくるなんて思わなかった。それはわたしが、篠原くんに常々感じていた気持ちだったから。それを、篠原くんも同じように感じていたなんて思わなかったのだ。
わたしと篠原くんには、共通の趣味があるわけではない。勉強も運動も、苦も無くやり遂げてしまう篠原くんと、必死に努力しないと何もできない自分とでは、明らかに違い過ぎる。
人気者で、みんなに頼られていて、友達の多い篠原くんと、どん臭くて、人と関わるのが苦手なわたしとでは、住む世界がまったく違う。友達になりえるような共通点なんて、最初からわたしたちには何もない。
「でも俺は、津田さんの友達をやめるつもりはないから」
ドアの外から語り掛ける、篠原くんの声は。
「俺は、津田さんといるの、好きなんだ。たとえ、同じ高校に行けなかったとしても、卒業しても友達でいたい」
春風みたいに温かくて、柔らかくて。
「だから、迷惑だなんて言わないで。来ないでなんて、言わないでよ」
優しさに満ち溢れているのに。
「津田さんに拒絶されたら」
不安げに、静かに震えていて。
「もう、俺に出来ることがなくなってしまうから」
本当に、全て終わってしまうのを恐れているかのようだった。
「……」
篠原くんは、変わってる。わたしと居てもメリットなんて何もないのに。学校に行かないで、部屋で死んだような生活をしている人間といて、篠原くんに何の得があるんだろう。
どうせ、篠原くんのことだ。またわたしを部屋から出そうとして、あの手この手で良いように転がして、わたしを外へ連れ出すのだろう。きっと、何度だってそうするんだ。
わたしにとって篠原くんは、西田くんみたいに気軽に軽口を叩き合えるような相手じゃない。智子ちゃんみたいに、互いに趣味を共有し合って、何でも話せるような、そんな相手でもない。
わたしにとって篠原くんは、あまりにもすごい人すぎて、篠原くんといることは、それこそきっと、苦しいだけの毎日だ。
だって、篠原くんの友達でい続けるには、必死になって真人間になる努力をしなきゃいけないんだから。でも、わたしなんかじゃ結局上手くいかなくて、そんな自分が嫌いになって、それでも篠原くんに嫌われたくないからって、また必死に努力する。一緒にいて、楽しいなんて言ってられる余裕があるような相手ではない。
それなのにわたしは、篠原くんの優しさにバカみたいに騙されて、のばされた手を、掴んでしまうんだ。
わたしは、ベッドから起き上がり、力ない足取りで机まで歩くと、桜花咲高校の問題集を手に取った。毎日開いて、よれよれになってしまった表紙。ここ最近は、見るのも辛くて放置していた。
「……篠原くんは、わたしが桜花咲を受験しなくても、いいんですか?」
桜花咲を受験するって言った時は、あんなに喜んでいたのに。こんなにあっさり諦めて、普通は失望もするはずなのに。それに今は、高校に行ける自信もない。
「津田さんが高校に言っても行かなくても、遊びに来るよ」
「お姉ちゃんが言ってました。“どんなに中学時代に仲が良くて、また合おうねって約束しても、卒業したら自分の生活に忙しくなって、そのうち疎遠になるものだ”って」
「だったら、毎晩一緒に勉強する?」
「それ、結局、今やってることと変わりないじゃないですか」
LINE通話しながら勉強して、わからない問題は画面共有する。せっかく受験勉強から解放されても、篠原くんはすぐに、わたしを勉強漬けにしようとするから困る。
篠原くんは、勉強以外の趣味を見つけた方がいいと思う。
「桜花咲に行ったら、きっともっと素敵な友達ができますよ。勉強するなら、同じ勉強好きな友達とやったほうが良いじゃないですか」
桜花咲なら絶対にいるだろう。少なくとも、わたしとやるより有意義なはず。
「いるかもしれないけれど、どうしても津田さんのことが心配になっちゃうから」
「心配、ですか」
篠原くんに心配と言われて、ちょっとだけドキリとする。
「うん、心配。俺が今まで出会った中でも、津田さんはトップレベルに危ういから。定期的に生存確認しないと、生きてるかどうかが不安で……」
「篠原くん、もしかしてわたしのことマンボウだと思ってます?」
「思ってないよ、そんなこと」
わたしの指摘に、篠原くんはおかしそうに噴き出した。そんな篠原くんに、わたしもひさしぶりに笑った。笑ったら少しだけ気が楽になって、わたしは部屋のドアを開いた。
扉の向こうでは、またひとつ背が高くなった篠原くんが、柔らかく微笑んでいた。
今のわたしの格好は、髪の毛はぼさぼさで、着古したパジャマ姿だ。とても人前に出られるような姿ではないけれど。
「今まで色々と、ご迷惑とご心配をおかけしてすみませんでした」
「ううん。俺の方こそ、いろいろごめんね?」
お互いに今までのことを謝りあって、わたしたちは仲直りした。