いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep101 さよなら、大好きだった人
「稚奈ちゃんてさぁ、津田さんと仲いーの?」
小学3年生の頃、稚奈は同じクラスの遠藤沙織と遊んでいた。放課後は、学校に残ってみんなでおしゃべりをして過ごす。そんな時にされた、沙織からの何気ない質問だった。
「えっ、ううん。ぜんぜん仲良くないよ!」
稚奈は、咄嗟に嘘をついた。幼い頃から、女子の中でもよくからかわれていた成海と親しいだなんて、思われたくなかったのだ。
「やっぱり? そーだよね。だって稚奈ちゃん、津田さんと全然違うもんね!」
納得したように沙織に言われて、稚奈は内心ほっとした。
その日以来、稚奈は沙織やほかの女子たちと一緒に、成海の陰口を言い合うようになった。
稚奈が仲良くしたかったのは、ぼんやりしていてどん臭くて、太っていて、ブスでバカな成海なんかではない。遠藤沙織だ。彼女と親しくなれば、自分も沙織のように、可愛くてお洒落で、みんなの中心的な女の子になれるはず。遠藤沙織みたいになるには、成海の存在は邪魔だったのだ。
どのグループに属せばいじめの対象にならずに済むのか、バカにされずに済むのか、かっこいい男の子と親しくなりやすいのか――。稚奈は、彼女なりに周囲の空気を敏感に察知して、振り落とされないように必死になってしがみついた。みんなから好かれる良い子でいるには、仲良しグループの子たちにとっていい子であればいい。
成海は、女子間の中で暗黙にかけられるそのふるいに振り落とされたにすぎない。そんなこともわからない成海は、稚奈にとって、唯一の汚点でしかなかった。
小学3年生以降、稚奈は沙織と同じクラスになる機会には恵まれなかった。それに伴い、彼女と遊ぶことはなくなってしまったが、それでも交友関係が切れたわけでは無かった。
中学1年生の時、新島悠真と付き合いはじめた沙織に、成海が悠真に片思いしていたことを喋ったのは稚奈だった。悪意なんてなかった。
成海が彼の名前を書いた消しゴムを、よりによって悠真の前で落としてしまうという、笑える話をしただけだった。
「本当に鈍臭いよね」稚奈が沙織に、共感を求めて笑う。
しかし、悠真に近づく女子をすべて敵と見なしていた沙織にとって、成海のくせに自分の彼氏に恋心を抱いているという事実を許せるはずもなかった。
稚奈の悪意のないおしゃべりは、既にじわじわとくすぶりつつあった成海への嫌がらせを、いじめへと発展させていった。しかし稚奈は、成海に対して罪悪感を持たなかった。
稚奈にとって、成海と仲良かった過去のことで、小学生の頃に惰性で遊びに付き合ってあげていた子だと思っていたからだ。
そんな成海と久しぶりに再会した。2年生のテスト期間中に、たまたまスマホを学校に忘れて、取りに戻っていた時だった。
成海が篠原咲乃と一緒にいるのを見かけて、稚奈は自身の目を疑った。
篠原咲乃のことは、稚奈の耳に入るほど話題になっていたし、稚奈も時々遠くから見かけることがあった。
美しく清廉で、どこか儚い空気をまとった知的な少年。稚奈が知っている男子とは明らかに違う。外の世界から来た王子様。そんな憧れの王子様が、なぜかあの成海といる。そんなことがあるなんて、思いもしなかった。
気になる男子に近づくために、関心のなかった昔の知り合いに今になって近づいた。
篠原咲乃と知り合い、付き合うことが出来れば、稚奈は理想の彼氏を得るだけでなく、周囲の人間からも注目される。新島悠真と付き合っている遠藤沙織のように、憧れられる存在として。
稚奈は、本心から咲乃に恋していたが、一方で、みんなに注目されたい、頭一つ抜けた存在になりたいという野心も持っていた。
そんな稚奈は悪い子だったのかと言うと、そんなことは、きっとない。自分の、ただ周囲を楽しませようとしてした話が、成海のいじめに繋がってしまったのだとしても。全く稚奈には悪気がなかったのだから。
ただ稚奈は、世間一般の醜美の基準に従って、女子間に存在した暗黙の空気を汲み取って、カーストから振り落とされないよう立ち回っていたにすぎない。
稚奈はどこにでもいる、新しいモノや流行りモノに敏感で、無邪気で愛らしい、恋に恋する年頃の女の子に過ぎなかった。
*
冬休みに入った学校は、運動部が校庭や体育館を使うため、年末までは常時開放されている。稚奈は、昇降口で上履きに履き替えると、3年2組の教室へ向かった。
久しぶりに咲乃と話せると思ったら浮足立ってしまって落ち着かなかった。彼と話すのは久しぶりだ。稚奈が何度謝っても、話したいと懇願しても、LINEに既読はつかなかった。学校で会っても、目も合わせてもらえない。そんな彼から、連絡があった。「話がある」と。
学校ではすでに、稚奈と咲乃は別れたことになっている。
稚奈のことを、まるで他人のように振る舞う咲乃の態度に、稚奈は悲しく、同時に悔しさを覚えていた。
2組の教室まで到着した。解放された教室の入口で、稚奈は足を止めた。
「えっ――」
教室にいたのは、咲乃ではなく成海だった。最近また引きこもるようになった彼女が、なぜ学校にいるのか、稚奈にはわからない。
成海は稚奈が来ると、ぱっと顔を輝かせ、稚奈に近づいた。
「あっ、ちなちゃん! ごめんね、急に呼び出したりして。その、わたしが篠原くんに、ちなちゃんとお話がしたいって頼んだんだ。だから、篠原くんじゃなくてがっかりさせたと思うんだけど……ご、ごめんね……」
申し訳なさそうに謝る成海に、徐々に理解が追い付いてきた。つまり、ふたりにはめられたのだ。成海からの連絡は、全てブロックしていたから。
「稚奈をだましたの……? ひどいよ、なるちゃん!」
稚奈は叫ぶと、成海は顔を真っ青にさせて「こんなやり方で……本当にごめん」と、慌てたように何度もごめんを繰り返した。
「ち、ちなちゃん、わたしのこと避けてるみたいだったから……ちゃんと話がしたくて……その……」
おどおどと喋り続ける成海に、稚奈は冷ややかに成海を見下した。
昔から、成海のそのおどおどした態度が嫌いだった。どん臭くて、バカで、要領が悪くて。成海がそんなんだから、稚奈は成海と同類にみられないように苦労してきたのだ。
「稚奈、なるちゃんと話したいことないから帰るね!」
「まっ、待ってよ、ちなちゃん!!」
思わず出た成海の大声に、稚奈は足を止めた。
「ちなちゃん……わたしのこと親友と思ってなかったって、本当?」
面倒臭いな。ブロックしてるんだから、そんなことくらい察しなよ。
稚奈はため息をつくと、キッと鋭く成海を睨みつけた。
「そうだけど、だからなに?」
「で、でも……ちなちゃんは、わたしを親友だって……」
「まだ信じてるの? ばっかじゃない?」
困惑して視線をさまよわせる成海に、稚奈が呆れて大きな声で言った。
「そんなの、篠原くんと仲良くなるために嘘ついたに決まってるじゃん」
「そ、そうだったんだ」
稚奈のこたえに、成海は打ちひしがれたように肩を落とした。
わざわざそんなことを確認するために、咲乃に協力させて呼び出したのかと思うと、稚奈は無性に腹が立った。
なんで篠原くんは、なるちゃんなんかに優しくするんだろう。
稚奈の方が、かわいいのに。稚奈といた方が、ずっと楽しいはずなのに。
「なんで、なるちゃんなの?」
成海を利用すれば、咲乃と親しくなるのは簡単だと思っていた。だって、成海よりも圧倒的に自分の方が良いに決まっているから。社交的で明るい稚奈のほうが、男子ウケが良いのは当たり前のはずなのに。咲乃はいつも、成海ばかりに構う。3人でいた時も、咲乃はいつも成海のことを気にしていた。
「なるちゃんだって、酷いじゃん! なるちゃんはさ、篠原くんと友達だって言ったよね!? ただの友達だって! 稚奈のこと応援するって言ったのに、なんで、稚奈から篠原くんを奪うの!?」
大きな瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。両手を固く握り込んで叫んだ。
「親友だったら、友達の彼氏とおなじ学校に行ったりしない! 一緒に勉強なんてしない! 親友だったら、稚奈の邪魔しないでよ! なるちゃんのせいでふられたんだよ!? 最初に稚奈を裏切ったのは自分でしょ!?? 自分ばっかり被害者面しないで!!!!」
絶叫にも似た稚奈の叫びに、成海は今にも泣き出しそうなのを堪えているような顔をして、稚奈のことを見ていた。成海は鼻をすすると、赤くなった目を何度も瞬きさせた。
「……ちなちゃんと篠原くんが、付き合って嬉しかったのは本当、だよ?」
声が震えないように、押し殺した声で成海は言った。
「でも、わたしにとって篠原くんは、はじめてできた、本当の友達だったから」
幼稚園の頃からの親友だった稚奈が本当は親友ではなく、そもそも友達ですらなかったのだとしたら、成海にとって、きっと咲乃こそが本当の意味での「はじめてできた、本当の友達」なのだ。
成海は、嗚咽を何度も呑み込んで、震える声で続けた。
「引きこもってた時に、一度も会いに来てくれなかったちなちゃんより、何度強く当たっても会いにきてくれた篠原くんの気持ちに応えたかった」
成海の言葉に、稚奈は奥歯を噛み締めた。
成海が稚奈に向かってこんな言い方をしたのは、初めてだった。今までの成海は、稚奈に甘く、いつも稚奈の言うことに全肯定だったから。
そんな成海が、今やまっすぐに稚奈を見つめていた。深い悲しみを帯びた目に、決意を込めて。
「ごめんね、ちなちゃん」
何度も息を整えた。声が震えた。今にも悲しみがこみ上げる。
長くも儚い友情は、今ここで――。
「わたし……ちなちゃんの本当の親友になれなかったよ」
散った。
小学3年生の頃、稚奈は同じクラスの遠藤沙織と遊んでいた。放課後は、学校に残ってみんなでおしゃべりをして過ごす。そんな時にされた、沙織からの何気ない質問だった。
「えっ、ううん。ぜんぜん仲良くないよ!」
稚奈は、咄嗟に嘘をついた。幼い頃から、女子の中でもよくからかわれていた成海と親しいだなんて、思われたくなかったのだ。
「やっぱり? そーだよね。だって稚奈ちゃん、津田さんと全然違うもんね!」
納得したように沙織に言われて、稚奈は内心ほっとした。
その日以来、稚奈は沙織やほかの女子たちと一緒に、成海の陰口を言い合うようになった。
稚奈が仲良くしたかったのは、ぼんやりしていてどん臭くて、太っていて、ブスでバカな成海なんかではない。遠藤沙織だ。彼女と親しくなれば、自分も沙織のように、可愛くてお洒落で、みんなの中心的な女の子になれるはず。遠藤沙織みたいになるには、成海の存在は邪魔だったのだ。
どのグループに属せばいじめの対象にならずに済むのか、バカにされずに済むのか、かっこいい男の子と親しくなりやすいのか――。稚奈は、彼女なりに周囲の空気を敏感に察知して、振り落とされないように必死になってしがみついた。みんなから好かれる良い子でいるには、仲良しグループの子たちにとっていい子であればいい。
成海は、女子間の中で暗黙にかけられるそのふるいに振り落とされたにすぎない。そんなこともわからない成海は、稚奈にとって、唯一の汚点でしかなかった。
小学3年生以降、稚奈は沙織と同じクラスになる機会には恵まれなかった。それに伴い、彼女と遊ぶことはなくなってしまったが、それでも交友関係が切れたわけでは無かった。
中学1年生の時、新島悠真と付き合いはじめた沙織に、成海が悠真に片思いしていたことを喋ったのは稚奈だった。悪意なんてなかった。
成海が彼の名前を書いた消しゴムを、よりによって悠真の前で落としてしまうという、笑える話をしただけだった。
「本当に鈍臭いよね」稚奈が沙織に、共感を求めて笑う。
しかし、悠真に近づく女子をすべて敵と見なしていた沙織にとって、成海のくせに自分の彼氏に恋心を抱いているという事実を許せるはずもなかった。
稚奈の悪意のないおしゃべりは、既にじわじわとくすぶりつつあった成海への嫌がらせを、いじめへと発展させていった。しかし稚奈は、成海に対して罪悪感を持たなかった。
稚奈にとって、成海と仲良かった過去のことで、小学生の頃に惰性で遊びに付き合ってあげていた子だと思っていたからだ。
そんな成海と久しぶりに再会した。2年生のテスト期間中に、たまたまスマホを学校に忘れて、取りに戻っていた時だった。
成海が篠原咲乃と一緒にいるのを見かけて、稚奈は自身の目を疑った。
篠原咲乃のことは、稚奈の耳に入るほど話題になっていたし、稚奈も時々遠くから見かけることがあった。
美しく清廉で、どこか儚い空気をまとった知的な少年。稚奈が知っている男子とは明らかに違う。外の世界から来た王子様。そんな憧れの王子様が、なぜかあの成海といる。そんなことがあるなんて、思いもしなかった。
気になる男子に近づくために、関心のなかった昔の知り合いに今になって近づいた。
篠原咲乃と知り合い、付き合うことが出来れば、稚奈は理想の彼氏を得るだけでなく、周囲の人間からも注目される。新島悠真と付き合っている遠藤沙織のように、憧れられる存在として。
稚奈は、本心から咲乃に恋していたが、一方で、みんなに注目されたい、頭一つ抜けた存在になりたいという野心も持っていた。
そんな稚奈は悪い子だったのかと言うと、そんなことは、きっとない。自分の、ただ周囲を楽しませようとしてした話が、成海のいじめに繋がってしまったのだとしても。全く稚奈には悪気がなかったのだから。
ただ稚奈は、世間一般の醜美の基準に従って、女子間に存在した暗黙の空気を汲み取って、カーストから振り落とされないよう立ち回っていたにすぎない。
稚奈はどこにでもいる、新しいモノや流行りモノに敏感で、無邪気で愛らしい、恋に恋する年頃の女の子に過ぎなかった。
*
冬休みに入った学校は、運動部が校庭や体育館を使うため、年末までは常時開放されている。稚奈は、昇降口で上履きに履き替えると、3年2組の教室へ向かった。
久しぶりに咲乃と話せると思ったら浮足立ってしまって落ち着かなかった。彼と話すのは久しぶりだ。稚奈が何度謝っても、話したいと懇願しても、LINEに既読はつかなかった。学校で会っても、目も合わせてもらえない。そんな彼から、連絡があった。「話がある」と。
学校ではすでに、稚奈と咲乃は別れたことになっている。
稚奈のことを、まるで他人のように振る舞う咲乃の態度に、稚奈は悲しく、同時に悔しさを覚えていた。
2組の教室まで到着した。解放された教室の入口で、稚奈は足を止めた。
「えっ――」
教室にいたのは、咲乃ではなく成海だった。最近また引きこもるようになった彼女が、なぜ学校にいるのか、稚奈にはわからない。
成海は稚奈が来ると、ぱっと顔を輝かせ、稚奈に近づいた。
「あっ、ちなちゃん! ごめんね、急に呼び出したりして。その、わたしが篠原くんに、ちなちゃんとお話がしたいって頼んだんだ。だから、篠原くんじゃなくてがっかりさせたと思うんだけど……ご、ごめんね……」
申し訳なさそうに謝る成海に、徐々に理解が追い付いてきた。つまり、ふたりにはめられたのだ。成海からの連絡は、全てブロックしていたから。
「稚奈をだましたの……? ひどいよ、なるちゃん!」
稚奈は叫ぶと、成海は顔を真っ青にさせて「こんなやり方で……本当にごめん」と、慌てたように何度もごめんを繰り返した。
「ち、ちなちゃん、わたしのこと避けてるみたいだったから……ちゃんと話がしたくて……その……」
おどおどと喋り続ける成海に、稚奈は冷ややかに成海を見下した。
昔から、成海のそのおどおどした態度が嫌いだった。どん臭くて、バカで、要領が悪くて。成海がそんなんだから、稚奈は成海と同類にみられないように苦労してきたのだ。
「稚奈、なるちゃんと話したいことないから帰るね!」
「まっ、待ってよ、ちなちゃん!!」
思わず出た成海の大声に、稚奈は足を止めた。
「ちなちゃん……わたしのこと親友と思ってなかったって、本当?」
面倒臭いな。ブロックしてるんだから、そんなことくらい察しなよ。
稚奈はため息をつくと、キッと鋭く成海を睨みつけた。
「そうだけど、だからなに?」
「で、でも……ちなちゃんは、わたしを親友だって……」
「まだ信じてるの? ばっかじゃない?」
困惑して視線をさまよわせる成海に、稚奈が呆れて大きな声で言った。
「そんなの、篠原くんと仲良くなるために嘘ついたに決まってるじゃん」
「そ、そうだったんだ」
稚奈のこたえに、成海は打ちひしがれたように肩を落とした。
わざわざそんなことを確認するために、咲乃に協力させて呼び出したのかと思うと、稚奈は無性に腹が立った。
なんで篠原くんは、なるちゃんなんかに優しくするんだろう。
稚奈の方が、かわいいのに。稚奈といた方が、ずっと楽しいはずなのに。
「なんで、なるちゃんなの?」
成海を利用すれば、咲乃と親しくなるのは簡単だと思っていた。だって、成海よりも圧倒的に自分の方が良いに決まっているから。社交的で明るい稚奈のほうが、男子ウケが良いのは当たり前のはずなのに。咲乃はいつも、成海ばかりに構う。3人でいた時も、咲乃はいつも成海のことを気にしていた。
「なるちゃんだって、酷いじゃん! なるちゃんはさ、篠原くんと友達だって言ったよね!? ただの友達だって! 稚奈のこと応援するって言ったのに、なんで、稚奈から篠原くんを奪うの!?」
大きな瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。両手を固く握り込んで叫んだ。
「親友だったら、友達の彼氏とおなじ学校に行ったりしない! 一緒に勉強なんてしない! 親友だったら、稚奈の邪魔しないでよ! なるちゃんのせいでふられたんだよ!? 最初に稚奈を裏切ったのは自分でしょ!?? 自分ばっかり被害者面しないで!!!!」
絶叫にも似た稚奈の叫びに、成海は今にも泣き出しそうなのを堪えているような顔をして、稚奈のことを見ていた。成海は鼻をすすると、赤くなった目を何度も瞬きさせた。
「……ちなちゃんと篠原くんが、付き合って嬉しかったのは本当、だよ?」
声が震えないように、押し殺した声で成海は言った。
「でも、わたしにとって篠原くんは、はじめてできた、本当の友達だったから」
幼稚園の頃からの親友だった稚奈が本当は親友ではなく、そもそも友達ですらなかったのだとしたら、成海にとって、きっと咲乃こそが本当の意味での「はじめてできた、本当の友達」なのだ。
成海は、嗚咽を何度も呑み込んで、震える声で続けた。
「引きこもってた時に、一度も会いに来てくれなかったちなちゃんより、何度強く当たっても会いにきてくれた篠原くんの気持ちに応えたかった」
成海の言葉に、稚奈は奥歯を噛み締めた。
成海が稚奈に向かってこんな言い方をしたのは、初めてだった。今までの成海は、稚奈に甘く、いつも稚奈の言うことに全肯定だったから。
そんな成海が、今やまっすぐに稚奈を見つめていた。深い悲しみを帯びた目に、決意を込めて。
「ごめんね、ちなちゃん」
何度も息を整えた。声が震えた。今にも悲しみがこみ上げる。
長くも儚い友情は、今ここで――。
「わたし……ちなちゃんの本当の親友になれなかったよ」
散った。