いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
*
初めて彼を目にした時、読んでいた恋愛小説のヒーローが現実に現れたのだと思った。
日に当たるときらきら輝く茶色い髪色と、白く滑らかな肌。色づきの良い唇に、背の高い細身の体躯。印象的なのはその目だった。前髪の下に切れ長の目。全身から清涼な空気と清廉さを纏っているのに、瞳だけは暗澹とした鈍い光を宿している。
一目見て、何処かへ消えてしまいそうだと思った。私はその不思議な空気を纏った彼に目を奪われて、周囲の雑音が聞こえなくなってしまった。
黒板の前に立ち担任に自己紹介を促されると、彼は涼やかな優しい声で言った。
「――から来ました、篠原咲乃です。よろしくお願いします」
それだけが、はっきりと私の耳へ届いた。
学校は唐突に現れた転校生に騒ぎになり、一目見たいと教室に生徒たちが詰めかけた。クラスメイトの女子からは、遠巻きに浮ついた視線で見られ、男子からは警戒されて、彼は独りで過ごすことが多くなった。
窓際の席で本を読み、時々ぼんやりと何かを考えている。瞳はいつも暗い光に揺らめいていて、目を離せば日差しの中に溶けてしまうのではと思われるほど、存在がかすんで朧気だった。いつも孤独に過ごす転校生を、私は声もかけられず、ただひたすら目で追う事しかできなかった。声をかける勇気はなかったし、当時の彼は近寄り難い静謐な雰囲気があった。
教室の誰もが、彼を遠目から窺いみることが多い中で、神谷くんだけは違った。持ち前の明るさで、事あるごとに彼に構って歩くようになったのだ。
初めは愛想良く曖昧に笑っていただけの彼が、次第に迷惑そうに表情を変えるようになった。冷たくあしらう彼が新鮮で、嫌な物は嫌だと主張する姿に子供らしさを感じた。いつの間にか暗澹とした瞳の中に、血の通った光が指したのを私は見ていた。
迷惑そうに神谷くんをあしらいながらも、友達思いで見捨てない人なのだと分かった。
冷たい印象が強かったのに、意外にも暖かい人なのだと分かった。
真面目に勉強に取り組む姿も見ていた。
儚げな印象だったから、運動神経が良いのも意外だった。
普通の男の子の様に笑っているときは可愛いと思った。
意外にも心配症で、神谷くんがジュースばかり飲んでいるのを注意しているのが可笑しかった。
色んな彼を見ているうちに、自分の心までもそれに合わせて喜んだり哀しんだりしているのに気づいた。それが恋だと分かるのに、時間はかからなかった。
ある日の昼休みだった。廊下を歩いていると、突然、教室から男の子が飛び出してきた。
男の子はぶつかる寸前でくるりと体制を整えると「わりぃ!」と一言告げて走り去っていった。私は尻餅をついたまま、呆然と走り去った男の子――、神谷くんの後姿を見送った。
続いて教室から飛び出してきたのは篠原くんだった。
「逃げ足が速いな」
篠原くんは小さく呟くと、尻餅をついた私に気づいて手を差し伸べた。
「ごめんね、大丈夫?」
神谷くんが飛び出してきたのもびっくりしていたけれど、彼が私に手を差し伸べていることにはもっと驚いていた。固まっている私に、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「突然、神谷が飛び出してきて驚いたよね。どこか怪我はない?」
「え、あっ、いえ、その……」
篠原くんに話しかけられて、私はますます頭の中が真っ白になっていた。もともと突発的な事への対応が苦手だ。何も答えられない私の手を、彼の滑らかな手が私の掌を包み込んだ。え、と驚いているすきに軽やかに引っ張り上げられ、いつの間にか立ち上がっていた。
「これって?」
私は慌てて彼の手を振り払うと、小指を隠すように手を握った。
「失礼しました!」
頭を下げて、逃げるように駆けだした。柱の陰に隠れて、息を整える。恥ずかしさのあまり顔中が熱くなっていた。右手で握りしめていた、左手の小指をそっと開く。
彼が、この小指に巻かれたものの意味を知らなくて良かった。“これ”には、私の恋心が込められているのだから。
運命の赤い糸を模した恋のおまじない。赤い糸を左手の小指に巻き、相手を想い、3日間願い続ける。この糸の先が彼の指に続いていることをイメージしながら。すると3日後、赤い糸が彼との仲を引き寄せるという。小学生の頃、読んだ本に書かれていたおまじない。
たまたま、今日がその3日後だった。一瞬だったけど、初めて彼と話せた。本当に、小さな奇跡が起きた。この赤い糸が、私の願いを届けてくれたのだろうか。
彼の手の温もりが、まだ私の手の中に残っている。私は、小指を包み込んで祈った。
弱虫で臆病な私の恋心が、あなたに届きますように――。
初めて彼を目にした時、読んでいた恋愛小説のヒーローが現実に現れたのだと思った。
日に当たるときらきら輝く茶色い髪色と、白く滑らかな肌。色づきの良い唇に、背の高い細身の体躯。印象的なのはその目だった。前髪の下に切れ長の目。全身から清涼な空気と清廉さを纏っているのに、瞳だけは暗澹とした鈍い光を宿している。
一目見て、何処かへ消えてしまいそうだと思った。私はその不思議な空気を纏った彼に目を奪われて、周囲の雑音が聞こえなくなってしまった。
黒板の前に立ち担任に自己紹介を促されると、彼は涼やかな優しい声で言った。
「――から来ました、篠原咲乃です。よろしくお願いします」
それだけが、はっきりと私の耳へ届いた。
学校は唐突に現れた転校生に騒ぎになり、一目見たいと教室に生徒たちが詰めかけた。クラスメイトの女子からは、遠巻きに浮ついた視線で見られ、男子からは警戒されて、彼は独りで過ごすことが多くなった。
窓際の席で本を読み、時々ぼんやりと何かを考えている。瞳はいつも暗い光に揺らめいていて、目を離せば日差しの中に溶けてしまうのではと思われるほど、存在がかすんで朧気だった。いつも孤独に過ごす転校生を、私は声もかけられず、ただひたすら目で追う事しかできなかった。声をかける勇気はなかったし、当時の彼は近寄り難い静謐な雰囲気があった。
教室の誰もが、彼を遠目から窺いみることが多い中で、神谷くんだけは違った。持ち前の明るさで、事あるごとに彼に構って歩くようになったのだ。
初めは愛想良く曖昧に笑っていただけの彼が、次第に迷惑そうに表情を変えるようになった。冷たくあしらう彼が新鮮で、嫌な物は嫌だと主張する姿に子供らしさを感じた。いつの間にか暗澹とした瞳の中に、血の通った光が指したのを私は見ていた。
迷惑そうに神谷くんをあしらいながらも、友達思いで見捨てない人なのだと分かった。
冷たい印象が強かったのに、意外にも暖かい人なのだと分かった。
真面目に勉強に取り組む姿も見ていた。
儚げな印象だったから、運動神経が良いのも意外だった。
普通の男の子の様に笑っているときは可愛いと思った。
意外にも心配症で、神谷くんがジュースばかり飲んでいるのを注意しているのが可笑しかった。
色んな彼を見ているうちに、自分の心までもそれに合わせて喜んだり哀しんだりしているのに気づいた。それが恋だと分かるのに、時間はかからなかった。
ある日の昼休みだった。廊下を歩いていると、突然、教室から男の子が飛び出してきた。
男の子はぶつかる寸前でくるりと体制を整えると「わりぃ!」と一言告げて走り去っていった。私は尻餅をついたまま、呆然と走り去った男の子――、神谷くんの後姿を見送った。
続いて教室から飛び出してきたのは篠原くんだった。
「逃げ足が速いな」
篠原くんは小さく呟くと、尻餅をついた私に気づいて手を差し伸べた。
「ごめんね、大丈夫?」
神谷くんが飛び出してきたのもびっくりしていたけれど、彼が私に手を差し伸べていることにはもっと驚いていた。固まっている私に、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「突然、神谷が飛び出してきて驚いたよね。どこか怪我はない?」
「え、あっ、いえ、その……」
篠原くんに話しかけられて、私はますます頭の中が真っ白になっていた。もともと突発的な事への対応が苦手だ。何も答えられない私の手を、彼の滑らかな手が私の掌を包み込んだ。え、と驚いているすきに軽やかに引っ張り上げられ、いつの間にか立ち上がっていた。
「これって?」
私は慌てて彼の手を振り払うと、小指を隠すように手を握った。
「失礼しました!」
頭を下げて、逃げるように駆けだした。柱の陰に隠れて、息を整える。恥ずかしさのあまり顔中が熱くなっていた。右手で握りしめていた、左手の小指をそっと開く。
彼が、この小指に巻かれたものの意味を知らなくて良かった。“これ”には、私の恋心が込められているのだから。
運命の赤い糸を模した恋のおまじない。赤い糸を左手の小指に巻き、相手を想い、3日間願い続ける。この糸の先が彼の指に続いていることをイメージしながら。すると3日後、赤い糸が彼との仲を引き寄せるという。小学生の頃、読んだ本に書かれていたおまじない。
たまたま、今日がその3日後だった。一瞬だったけど、初めて彼と話せた。本当に、小さな奇跡が起きた。この赤い糸が、私の願いを届けてくれたのだろうか。
彼の手の温もりが、まだ私の手の中に残っている。私は、小指を包み込んで祈った。
弱虫で臆病な私の恋心が、あなたに届きますように――。