いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
不意を突かれて、僅かに神谷の身体の向きがゴールへ開く。その隙を狙って、充分神谷との距離を保ったまま、ワンバンド、ツーバウンド……ドライブでゴールまで切り込んだ。
それでも、神谷の動きは速い。あっと言う間に咲乃の前に出る。神谷がボールへ手を伸ばす。神谷の手が届く前に、咲乃はジャンプして、ボールをゴールへショットした。ガゴォンと音を響かせて、ボールがリングの中へ通った。
「あぁ゛次ッ!」
神谷が悔しそうに呻くと、咲乃はくすくす笑いながら、ボールを拾って神谷にパスした。数回程、攻撃側と防御側を交代した後、ボールを倉庫の中に片付けた。
神谷が体育館の鍵を返している間、咲乃は昇降口を出て神谷を待った。外は既に夜空が広がっており、冷たい空気が運動後の熱を覚ます。
しばらく待っていると、靴に履き替えた神谷が昇降口から出てきた。
「悪ぃ、待たせた」
「ううん。先生は大丈夫だった?」
「へーき。タジちゃん、こういうのゆるいから」
田嶋先生は、バスケ部の顧問だ。試合前の最終練習として、多めに見てくれたのだろう。
「あーあ、惜しいよなぁ。篠原がいたら、もっと強ぇチームになんのに」
「今のチームだって、充分強いよ。そういえば、チームに空いていた穴はどうなったの?」
「あー、あいつな。あいつ、新しい推しが見つかってから、元気になったよ」
どうやら、めぐたんのことは諦めたようだ。部活を休むほど落ち込んでいたわりには、随分あっけなく推しが変わる。
校門を出て、白いガードレール沿いの歩道を歩いていると、車のライトが咲乃たちを照らして走り抜けていく。どこからともなく虫の音が聞こえ、歩くたびに足元の落ち葉がしゃくしゃくと音を立てた。
「で、手紙の件はどうなったんだ。犯人の手掛かりは見つかったのかよ?」
「犯人だなんて、そんな大げさなものじゃない」
「お前な、すぐそうやって誤魔化す」
神谷が不満そうに言った。
「どうせ、中本が関係してんだろ」
あっさり図星を付かれて、咲乃は苦笑した。あれだけ急激に近づいたら、流石に気づくだろう。
「前に中本さんから手紙を受け取っていたことがあったんだけど、その時の筆跡と例の手紙の筆跡がよく似ていたんだ。今日、メッセージカードをもらって確信した」
「じゃあ、中本があの手紙を?」
「中本さんは、ただ利用されただけだと思う」
「筆跡をパクられたってことか。中本は知ってんの?」
神谷が尋ねると、咲乃は首を横に振った。
「まだ、中本さんには何も話してない」
盗み見るように横目で咲乃の横顔を見ると、神谷は空に向かって息を吐いた。街灯に浮かぶ白い息が、夜空に溶け込んで消えていく。
「言わねぇ方がいいかもな。ああいうタイプは、動転すると何しでかすかわかんねーから」
咲乃は感心して、神谷を見た。他人のことなどどうでもいいように見えて、案外よく見ている。中本結子のような、クラスで目立たない立場にいる子に対しても。
「助けが必要になったら、絶対に言えよな。お前だけ面白ぇこと独り占めなんて、ぜってー許さねぇから!」
にぃーと、これ以上にないくらいに口を引き延ばして、神谷が笑った。
神谷と別れた後、咲乃の家の郵便受けにまた例の手紙が入っていた。いつもの柄付の封筒ではない、真っ黒な封筒。宛先はいつもどおり「篠原咲乃さまへ」と書かれ、切手や送り主の記載はなかった。
封筒を開けると、黒い糸でぐるぐる巻きにされた筒状の赤い紙が入っていた。
幾重にも固く巻きつけられた糸をほどくのは難しい。咲乃はハサミでその糸を切ると、筒状になっていた紙を開いた。赤い紙の中から出てきたのは、一枚の写真だった。昼休みに隠し撮られたのだろう。写真は半分に破かれ、談笑する咲乃と神谷が写っていた。
咲乃は、赤い紙の方を広げると、黒い文字でこう書かれていた。
“赤い糸は恋の糸、
黒い糸は悪縁の糸。
此の糸を絶つ者、
悪縁から解き放つ。"
赤い紙には、不可解な言葉の並び。
それはまるで、咲乃が行ったことをあざ笑うかのような、離縁の呪いの言葉だった。
*
休日が開け、咲乃が学校に登校すると、教室中が異様なほどにざわついていた。重田や他の男子だけでなく女子も混ざっては、みんな何かを話し込んでいる。
「おはよう、重田。何かあったの?」
咲乃が尋ねると、重田は深刻な顔をして答えた。
「土曜の試合中に、神谷が病院に運ばれたって」
それでも、神谷の動きは速い。あっと言う間に咲乃の前に出る。神谷がボールへ手を伸ばす。神谷の手が届く前に、咲乃はジャンプして、ボールをゴールへショットした。ガゴォンと音を響かせて、ボールがリングの中へ通った。
「あぁ゛次ッ!」
神谷が悔しそうに呻くと、咲乃はくすくす笑いながら、ボールを拾って神谷にパスした。数回程、攻撃側と防御側を交代した後、ボールを倉庫の中に片付けた。
神谷が体育館の鍵を返している間、咲乃は昇降口を出て神谷を待った。外は既に夜空が広がっており、冷たい空気が運動後の熱を覚ます。
しばらく待っていると、靴に履き替えた神谷が昇降口から出てきた。
「悪ぃ、待たせた」
「ううん。先生は大丈夫だった?」
「へーき。タジちゃん、こういうのゆるいから」
田嶋先生は、バスケ部の顧問だ。試合前の最終練習として、多めに見てくれたのだろう。
「あーあ、惜しいよなぁ。篠原がいたら、もっと強ぇチームになんのに」
「今のチームだって、充分強いよ。そういえば、チームに空いていた穴はどうなったの?」
「あー、あいつな。あいつ、新しい推しが見つかってから、元気になったよ」
どうやら、めぐたんのことは諦めたようだ。部活を休むほど落ち込んでいたわりには、随分あっけなく推しが変わる。
校門を出て、白いガードレール沿いの歩道を歩いていると、車のライトが咲乃たちを照らして走り抜けていく。どこからともなく虫の音が聞こえ、歩くたびに足元の落ち葉がしゃくしゃくと音を立てた。
「で、手紙の件はどうなったんだ。犯人の手掛かりは見つかったのかよ?」
「犯人だなんて、そんな大げさなものじゃない」
「お前な、すぐそうやって誤魔化す」
神谷が不満そうに言った。
「どうせ、中本が関係してんだろ」
あっさり図星を付かれて、咲乃は苦笑した。あれだけ急激に近づいたら、流石に気づくだろう。
「前に中本さんから手紙を受け取っていたことがあったんだけど、その時の筆跡と例の手紙の筆跡がよく似ていたんだ。今日、メッセージカードをもらって確信した」
「じゃあ、中本があの手紙を?」
「中本さんは、ただ利用されただけだと思う」
「筆跡をパクられたってことか。中本は知ってんの?」
神谷が尋ねると、咲乃は首を横に振った。
「まだ、中本さんには何も話してない」
盗み見るように横目で咲乃の横顔を見ると、神谷は空に向かって息を吐いた。街灯に浮かぶ白い息が、夜空に溶け込んで消えていく。
「言わねぇ方がいいかもな。ああいうタイプは、動転すると何しでかすかわかんねーから」
咲乃は感心して、神谷を見た。他人のことなどどうでもいいように見えて、案外よく見ている。中本結子のような、クラスで目立たない立場にいる子に対しても。
「助けが必要になったら、絶対に言えよな。お前だけ面白ぇこと独り占めなんて、ぜってー許さねぇから!」
にぃーと、これ以上にないくらいに口を引き延ばして、神谷が笑った。
神谷と別れた後、咲乃の家の郵便受けにまた例の手紙が入っていた。いつもの柄付の封筒ではない、真っ黒な封筒。宛先はいつもどおり「篠原咲乃さまへ」と書かれ、切手や送り主の記載はなかった。
封筒を開けると、黒い糸でぐるぐる巻きにされた筒状の赤い紙が入っていた。
幾重にも固く巻きつけられた糸をほどくのは難しい。咲乃はハサミでその糸を切ると、筒状になっていた紙を開いた。赤い紙の中から出てきたのは、一枚の写真だった。昼休みに隠し撮られたのだろう。写真は半分に破かれ、談笑する咲乃と神谷が写っていた。
咲乃は、赤い紙の方を広げると、黒い文字でこう書かれていた。
“赤い糸は恋の糸、
黒い糸は悪縁の糸。
此の糸を絶つ者、
悪縁から解き放つ。"
赤い紙には、不可解な言葉の並び。
それはまるで、咲乃が行ったことをあざ笑うかのような、離縁の呪いの言葉だった。
*
休日が開け、咲乃が学校に登校すると、教室中が異様なほどにざわついていた。重田や他の男子だけでなく女子も混ざっては、みんな何かを話し込んでいる。
「おはよう、重田。何かあったの?」
咲乃が尋ねると、重田は深刻な顔をして答えた。
「土曜の試合中に、神谷が病院に運ばれたって」