いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「どうぞ、クッキーは好きなものを取ってね。美味しいわよ」

「ド、ドウモ」

 緊張して、食べ物が喉を通らない。なんてことはわたしに限ってはない。どんな状況でも、美味しいものは美味しくいただけてしまう。わたしは、ココアとバニラが市松模様状になっている、チェッカークッキーを選んだ。
 濃厚なバニラとココアの香り。くどすぎない豊かな甘みの中に、ほのかに広がる苦味。くちのなかでほろほろ崩れる食感に、緊張が解けていくのを感じた。デパ地下のクッキーって、口の中に入れた時のバターの香りがすごいんだな。

「津田さん、甘いものが好きみたいで良かったわ。せっかくだから、食べながらいろいろお話ししましょ。その方が、緊張も和らぐでしょう?」

 先生はにこにこ笑いながら言った。

 その日は、今後相談室でどんなことをしていくのかの説明を受けた。今は週に1度のペースで、慣れてきたら日数を増やそうと言われた。相談室では、担任から出された課題をやって提出する。相談室に来れば内申点がもらえるらしい。

 カウンセリングなんて聞いてたから、言いにくいことを根掘り葉掘り聞かれるのだと思っていたけれど、こちらが言いにくいことや、不登校の理由などは一切聞かれなかった。先生も気さくで気のいいおばちゃんという感じで、親しみやすい感じだし、これなら相談室に通えそうだ。






 相談室に通い始めて5回目にもなってくると、相談室の雰囲気にも、先生にも慣れてきた。

 わたしはいつも、相談室の窓際にある、長テーブルで課題のプリントをした。課題を終えると、先生がスイーツと紅茶を淹れてくれる。

 今日のスイーツはマカロンだ。一口サイズほどのマカロンが、小箱のなかにころんと転がっている。美味しそう。相談室にはほとんど甘いもの目当てにきていると言っても過言ではないほど、この時間が楽しみだった。

 マカロンの砂糖菓子の甘さにほほを緩ませていると、先生は向かいの席でティーカップを持ち上げながら、感心したように微笑んだ。

「津田さんは、ほんとうに美味しそうに食べるわよねぇ。見ていて、こっちが幸せになってくるわ」

「ほぉうれふは?」

「そうよ。だって、食べてるときの津田さんの顔、とても幸せそうだもの。津田さん、本当に食べるのが好きよね」

 食べるのはもちろん好きだ。とくに美味しいものを食べているときは、心から満たされる。わたしは、紅茶でのどを潤すと、もうひとつマカロンを取った。

「そういえば、篠原さんに言われたわ。あまり、津田さんに食べさせ過ぎないでくださいって」

「篠原くんはお節介なんですよ。好きなものくらい食べさせてほしいですよ」

 勉強をみてくれるのはありがたいが、おやつのことまで口出しされたくはないな。わたしにとって、食べることは生きがいそのものなのだから。

「お菓子が好きなら、将来はパティシエなんてどう? 自分で好きなお菓子を作れるし、楽しいんじゃないかしら?」

 わたしは、紅茶をのんで口の中を潤した。

「いえ、わたしは食べることが好きなので」

 前にちなちゃんと篠原くんの3人で一緒にお菓子作りをしたことがあったけど、お菓子作りって大変なんだよなぁ。わたしはやっぱり市販のプロが作ったお菓子を食べる方が好きだ。

「そう? じゃあ、グルメ評論家になるのはどう? グルメ雑誌で、食べたものを評論するの。SNSから初めて見てもいいでしょうし、話題になれば、そこからお仕事が広がるかもしれないわ」

「食べるのは好きですけど、味覚に自信はないですね」

 スーパーに売られているものとデパ地下に売られているもの。どちらを食べても美味しいと思えてしまう自分の味覚を、はたして信用していいのだろうか。多分、目隠しされてどっちかを当てろと言われても、当てられる自信はない。

「津田さん、出されたものならなんでも美味しく食べてしまいそうだものね」

 先生は、何かを思いついたように両手を叩いた。

「だったら、絵を描くお仕事なんてどう? 津田さん、この前見せてくれた絵、上手だったじゃない」

「簡単に言わないでくださいよ。イラストレーターなんて、大変じゃないですか」

 絵を書くのは確かに好きだ。でも、プロになれるのはほんの一握りだ。わたしの絵でプロなんて難しいんじゃないだろうか。
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