いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
 松葉杖をついての学校生活に慣れてきた頃、神谷はそろそろ咲乃のファンクラブに餌を投じてやらないとと考えていた。時々、教室の前を別学年の女子や別クラスの女子がちらちら教室の中を覗きながら、意味もなく通り過ぎていくのを見かけることがあったのだ。神谷が入院している間、咲乃に近づく目的で教室の前をうろついていたのだろう。

 今はクラスの女子たちによる完璧な守備(ディフェンス)のおかげで、無事にその女子達は追い返されているが、ファンクラブのフラストレーションが如実に現れている。これでは、第二次ストーカー被害が起こってもおかしくはない。

 昼食をとり終わると、食器を片付け読書を始める当の本人をじっと見つめた。

「お前、中本結子とどうなったの?」

「お前にオブラートという言葉は無いの?」

 咲乃は、目の前で牛乳パックのストローをくわえて純粋な瞳で見つめる神谷を睨んだ。こいつに悪気はないのかと問いたいが、神谷には悪気しかないのだから、こんなことを問うても何の意味もないことは分かっていた。

 神谷が中本について聞いたのは、もちろん意図がある。咲乃の女子関係は誰でも気になるところだ。ファンたちだって気になるネタだろう。

「だって、気になんじゃん。色々あったわけだし?」

 嫌がらせの手紙の件は、咲乃に「片付いた」とだけ伝えられ、いくら神谷が真相を問い詰めても、咲乃が話すことはなかった。
 神谷はのけものにされたことに不満を感じていたし、根に持ってもいた。

「別に何でもないよ。もう、中本さんと話してないし。もともと親しいわけでもなかったしね」

 咲乃はそっけなく言うと、すぐに興味をなくしたように本へ視線を戻した。
 中本結子の方には見向きもしない。咲乃の意識の中では、中本結子とのことは無かった(・・・・)ことになっているのだ。

 神谷は中本結子を盗み見た。結子は友達同士で楽し気に話している。
 以前のように、咲乃に関心があるそぶりはない。同じクラスにいて、お互い意識しないように振る舞うのは難しいだろうに。

「……まー、互いにそれで納得してんならいいけど」

 呆れ半分で小さく呟いたが、咲乃は活字を追ったまま反応しなかった。

 咲乃が無かったことにできたとしても、中本結子の方はどうなのだろうか。完全に今までの感情が無かったことにできるほど、器用な性格はしていないだろう。

 神谷は牛乳のパックをつぶしながら、中本結子の件は使えないと諦めた。中本結子に嫉妬(ヘイト)を向けさせるのも可哀想だ。
 教室の中を見回して、ほかに話題になりそうな女子はいないか探した。

 今のところ、学校で一番仲がよさそうに見える女子は山口彩美くらいか。彼女なら精神的にも強いので、多少ファンクラブからのヘイトが集まっても、むしろ勝ち誇った気持ちになるくらいだ。ダメージは1ミリも受けない。
 しかし、山口彩美が咲乃にアタックし続けて敗戦一方なのは誰もが知る事実なので、咲乃への気をそらすための効果は薄いように思えた。

 咲乃は疑惑を避けるのが上手い。女子には全員に優しいし、それでいて平等だ。多少良く話す程度の女子がいても、気があるようには一切見せない。プレゼントも受け取らないし、受け取るに値する正当な理由がある場合のみにしか受け取らない。誰かを特別扱いするようなことは絶対にない。徹底的に誤解や噂になりそうなことは避ける。咲乃の女子回避能力を舐めてはいけない。

「そこまでして、清廉潔白でいたいかね」

「今度は何の言いがかり?」
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