いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
ep40 空気
休み時間中、咲乃は図書室に訪れていた。本棚から一冊抜き取ると、その場でページをめくり中身を確認する。何冊かそれを繰り返した後、必要な本を数冊抱えて貸出カウンターへ持って行った。
「返却は4月27日になります」
図書委員が本の裏のバーコードを読み込んで貸出処理を済ませると、不愛想に本を突き返した。図書委員の態度を気にするでもなく、咲乃は図書委員に微笑んだ。
「久しぶりだね、田中さん」
神谷の件以来、未だ咲乃に対して苦手意識があるらしく、理央は咲乃を避けるように行動していた。ようやく3年生になってクラスが別れたのに、日頃から図書室を利用する咲乃が、図書委員の理央と会ってしまうのは、どうしても避けられないことだった。
「何、嫌味? あんたこそ、相変わらず胡散臭い笑顔振りまいてるわね」
「元気そうで何より」
咲乃は、笑顔を崩さずに本を受け取った。
「……ねぇ――」
立ち去ろうとした咲乃に、理央の声が追いかける。振り向くと、理央が不機嫌に咲乃を見つめていた。
「結子、獣医になりたいんだって」
理央は、苦々し気に視線を落とした。
「“弱いだけの自分でいたくないから”って。二人で近くの高校に行こうねって約束してたのに」
理央が結子を利用したと知った後も、結子は変わらず理央に接してくれた。理央のことを許してくれたのだ。しかし、あの件から結子は少しだけ変わったように思う。以前の、臆病で優しいだけの彼女では無くなった。結子が初めて、自分自身で決めたのだ。
「また、アンタのせいで変わっちゃったわね」
理央は皮肉を込めて笑った。
別に本気で、咲乃のせいだとは思っていない。結子にやりたいことが出来たのなら、親友として応援したいとも思っている。それでも言わずにはいられなかった。結子だって変わろうと努力している。それを、咲乃が知らないのは、なんだか腹立たしかったのだ。
「そう」
咲乃はそれだけを言うと、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、田中さん」
咲乃が教室に戻ると、入り口の前で足が止まった。いつもと変わらないクラス風景の中に、些細な“違和感”を感じて、咲乃は眺めるように教室の中を見渡した。
*
「西田ァ」
ある男子生徒が、教室の隅に座っていたクラスメイトに声を掛けた。男子生徒――、村上は3人の仲間たちを連れて、席に座っている西田の肩に腕を掛ける。西田と呼ばれた男子生徒は、うつむいたままびくりと肩を震わせた。
「西田さ、課題やって来てるよな?」
無言でいる西田の席のまわりを、逃げ場をふさぐように村上の仲間たちが囲んだ。
西田は誰かに助けを求めるように視線を彷徨わせた。しかし他のクラスメイトたちは、それぞれ友人たちといつも通りの休み時間を過ごしていて、誰一人、こちらに気づく気配がない。
「次の授業の課題、俺たちに見せてくんない? 俺たち、忙しくて忘れちゃったんだよ。な、いいだろ?」
「や、それは、ちょっと……」
突然課題を見せろと言われて、西田は口ごもった。忙しかったからやらなかったと言うのは嘘だと思った。最初からやるつもりもなかったのだろう。穏便に済ませるには見せてしまえば済む話だろうが、もし課題を採点する教師に気付かれたら、写した生徒だけでなく見せた西田も叱られてしまう。
「人が困ってんのに見捨てるんです、かァ?」
村上が西田の机の脚を蹴った。ガタンッと、大きな音を立てて机が動く。一瞬、教室が静かになった。
西田が再び、助けを求めるように視線をさまよわせると、他のクラスメイト達は西田から目を逸らす。何事もなかったように、再び教室内は雑音に包まれた。
いつもの日常に戻る。冷や汗を掻き、おびえて俯く西田だけを置いて。
*
咲乃が教室に戻ると、いつもと変わらないクラス風景の中に些細な違和感を感じて、咲乃は眺めるように教室の中を見渡した。
悠真と日下は、いつも一緒に居るメンバーと集まって、談笑しながらスマホをいじっている。その横では、勉強をしている別の男子グループがある。加奈たち女子グループは、離れたところで楽しそうにお喋りを楽しみ、他の生徒たちも、それぞれ友達同士で談笑して過ごしていた。
咲乃はある男子に目を止めた。教室の隅で、ひとり俯いて座る男子の姿がある。“違和感”の正体はきっとあれだ。
咲乃は借りてきた本が入ったトートバッグを机の横にかけると、男子グループの頭上から中心に置いている本を見た。
「休み時間なのに、勉強だなんて珍しいね」
咲乃が悠真に話かけると、悠真がスマホを片手に咲乃を見やった。
「次の授業の課題やってこなかったんだって。マジで馬鹿だよな。篠原はやってきただろ?」
「うん、もう終わらせてる。新島くんたちは家でやってきたの?」
咲乃が尋ねると、日下はくだらないと言いたげに鼻を鳴らした。
「返却は4月27日になります」
図書委員が本の裏のバーコードを読み込んで貸出処理を済ませると、不愛想に本を突き返した。図書委員の態度を気にするでもなく、咲乃は図書委員に微笑んだ。
「久しぶりだね、田中さん」
神谷の件以来、未だ咲乃に対して苦手意識があるらしく、理央は咲乃を避けるように行動していた。ようやく3年生になってクラスが別れたのに、日頃から図書室を利用する咲乃が、図書委員の理央と会ってしまうのは、どうしても避けられないことだった。
「何、嫌味? あんたこそ、相変わらず胡散臭い笑顔振りまいてるわね」
「元気そうで何より」
咲乃は、笑顔を崩さずに本を受け取った。
「……ねぇ――」
立ち去ろうとした咲乃に、理央の声が追いかける。振り向くと、理央が不機嫌に咲乃を見つめていた。
「結子、獣医になりたいんだって」
理央は、苦々し気に視線を落とした。
「“弱いだけの自分でいたくないから”って。二人で近くの高校に行こうねって約束してたのに」
理央が結子を利用したと知った後も、結子は変わらず理央に接してくれた。理央のことを許してくれたのだ。しかし、あの件から結子は少しだけ変わったように思う。以前の、臆病で優しいだけの彼女では無くなった。結子が初めて、自分自身で決めたのだ。
「また、アンタのせいで変わっちゃったわね」
理央は皮肉を込めて笑った。
別に本気で、咲乃のせいだとは思っていない。結子にやりたいことが出来たのなら、親友として応援したいとも思っている。それでも言わずにはいられなかった。結子だって変わろうと努力している。それを、咲乃が知らないのは、なんだか腹立たしかったのだ。
「そう」
咲乃はそれだけを言うと、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、田中さん」
咲乃が教室に戻ると、入り口の前で足が止まった。いつもと変わらないクラス風景の中に、些細な“違和感”を感じて、咲乃は眺めるように教室の中を見渡した。
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「西田ァ」
ある男子生徒が、教室の隅に座っていたクラスメイトに声を掛けた。男子生徒――、村上は3人の仲間たちを連れて、席に座っている西田の肩に腕を掛ける。西田と呼ばれた男子生徒は、うつむいたままびくりと肩を震わせた。
「西田さ、課題やって来てるよな?」
無言でいる西田の席のまわりを、逃げ場をふさぐように村上の仲間たちが囲んだ。
西田は誰かに助けを求めるように視線を彷徨わせた。しかし他のクラスメイトたちは、それぞれ友人たちといつも通りの休み時間を過ごしていて、誰一人、こちらに気づく気配がない。
「次の授業の課題、俺たちに見せてくんない? 俺たち、忙しくて忘れちゃったんだよ。な、いいだろ?」
「や、それは、ちょっと……」
突然課題を見せろと言われて、西田は口ごもった。忙しかったからやらなかったと言うのは嘘だと思った。最初からやるつもりもなかったのだろう。穏便に済ませるには見せてしまえば済む話だろうが、もし課題を採点する教師に気付かれたら、写した生徒だけでなく見せた西田も叱られてしまう。
「人が困ってんのに見捨てるんです、かァ?」
村上が西田の机の脚を蹴った。ガタンッと、大きな音を立てて机が動く。一瞬、教室が静かになった。
西田が再び、助けを求めるように視線をさまよわせると、他のクラスメイト達は西田から目を逸らす。何事もなかったように、再び教室内は雑音に包まれた。
いつもの日常に戻る。冷や汗を掻き、おびえて俯く西田だけを置いて。
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咲乃が教室に戻ると、いつもと変わらないクラス風景の中に些細な違和感を感じて、咲乃は眺めるように教室の中を見渡した。
悠真と日下は、いつも一緒に居るメンバーと集まって、談笑しながらスマホをいじっている。その横では、勉強をしている別の男子グループがある。加奈たち女子グループは、離れたところで楽しそうにお喋りを楽しみ、他の生徒たちも、それぞれ友達同士で談笑して過ごしていた。
咲乃はある男子に目を止めた。教室の隅で、ひとり俯いて座る男子の姿がある。“違和感”の正体はきっとあれだ。
咲乃は借りてきた本が入ったトートバッグを机の横にかけると、男子グループの頭上から中心に置いている本を見た。
「休み時間なのに、勉強だなんて珍しいね」
咲乃が悠真に話かけると、悠真がスマホを片手に咲乃を見やった。
「次の授業の課題やってこなかったんだって。マジで馬鹿だよな。篠原はやってきただろ?」
「うん、もう終わらせてる。新島くんたちは家でやってきたの?」
咲乃が尋ねると、日下はくだらないと言いたげに鼻を鳴らした。