お兄ちゃんと溺愛結婚!?~ハイスペ御曹司は昨日まで妹だったちょいぽちゃの私と本当の家族になりたいらしい~
第3話 お兄ちゃんなんて呼ばれると、なんか悪い事してるみたいだ
〇佐藤家玄関(金曜日、前回ラストシーンの数時間後)
ずぶ濡れの太陽の姿に驚く琴莉。
琴莉「どうしたのお兄ちゃん!?」
太陽「学校出る時はやんでたけど、途中で急に降りだした」
琴莉「傘一本しか無かったなら、私に貸さなくてよかったのに」
太陽(貸さなかったら犬居と相合傘で帰るところだったからな……)
太陽の頭に、ひとつの傘で一緒に帰ろうと琴莉を誘おうとしていた一波の姿が浮かんだ。
嫉妬のどす黒いオーラを隠して太陽は琴莉に爽やかな笑顔を向ける。
太陽「ごめん琴莉、タオル持ってきてもらっていい?」
琴莉「わかった」
パタパタパタ……とスリッパで廊下を小走りして玄関へタオルを持ってくる琴莉。
すると太陽が、シャツを脱いで上半身裸になっているところだった。
琴莉「わわわッ、お兄ちゃん、こんな所で脱がないでよ!?」
太陽「別にいいだろ。それとも何、俺の裸見てドキッとするとか?」
図星だったけれど、顔を赤くしながら琴莉は強がりを言う。
琴莉「別にお兄ちゃんにドキッとなんてしないよ。見たことあるし、家族のこんな格好なんとも思わない」
太陽「ふーん……」
琴莉の答えに、少し不満そうな表情の太陽。
太陽が持っているシャツを受け取る琴莉。
琴莉「濡れたシャツ、洗濯するから貸して……ぇ?」
壁ドンして、太陽が琴莉の体の動きを封じた。
太陽が少しかがむようにしているから、琴莉と顔の距離が近い。
その近さにドキッとして、琴莉がギュっと目を瞑る。
琴莉(わわっ、近いよ……)
太陽が、琴莉の頬に軽いキスをした。
ゆっくりと、太陽の唇が離れていく。
太陽「家族にこんな事されても、なんとも思わないよな」
目を見開く琴莉。
琴莉「か、家族はキスなんて、しない、よ……?」
太陽「小さい頃は琴莉の方からたくさんしてくれたよ」
幼稚園児の頃「お兄ちゃん、好きー」と幼い太陽の頬にキスをする琴莉の描写。
琴莉「た、確かにしてたけど……」
太陽「だろ? だから俺もする」
愛おしそうな表情で、チュ、チュ、と琴莉の頬、額、髪にキスをする太陽。
琴莉「お、おにぃ、ちゃん、恥ずかしいよッ」
顔を上げた太陽が、恥ずかしがって顔を赤くしている琴莉を見て少しだけ目を見開いている。
太陽(可愛い……)
雨で前髪が濡れていて妙な色気のある太陽が、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
太陽「こんな時にお兄ちゃんなんて呼ばれると、なんか悪い事してるみたいだ」
琴莉「もう、お兄ちゃんッ、からかうのやめてよ」
ポカスカ太陽の胸を叩く琴莉。
太陽はそんな琴莉の手を握り、「こら、痛いよ琴莉」と囁きながら指と指を絡め、壁に縫いとめるようにして手をついた。
太陽「琴莉の手、小さいな。それにぷにぷにしてて、柔らかい」
「ぷにぷに……」と呟いた琴莉は、今日帰りに琴莉を見て「ぇ、あんなに太ってるのに双子なの?」と話していた女子生徒の姿を思い出してしまう。
琴莉(私みたいにぽちゃぽちゃした子、お兄ちゃんに似合わないよね……)
ぽろぽろぽろ……と琴莉の目から涙が零れていく。
それを見てギョッとした表情になる太陽、思わず琴莉から手を離す。
太陽「ごめん琴莉!」
太陽(押さえたから手が痛かったか!?)
琴莉「謝るくらいなら、もうからかわないで!」
ぷんすかしながら琴莉は太陽の胸を押すようにして離れ廊下を歩いていく。
太陽は人差し指で自分の頬を軽く掻きながら「からかった訳じゃないんだけどな……」と呟いた。
〇佐藤家の隣駅にある弓道場(翌日土曜日の午前中)
サンッ、と音がして弓道の的のすぐそばの安土に四本目の矢が刺さる。
先に刺さっていた三本の矢も、惜しいところですべて的から外れていた。
矢を放った後の姿勢で、的の方を見つめている弓道着姿の琴莉。
琴莉(あたらない……)
〇弓道場そばにある集会室(土曜日の午前中)
急須でお茶を淹れて、集会室内にいる十名ほどの人たちに運ぶ琴莉。
琴莉以外は皆、高齢の方々。
琴莉「どうぞ」
老紳士1「ありがとう、琴莉ちゃん」
老婦人1「弓道の後のお茶は特別美味しいわねぇ」
――運動音痴だけどちょいぽちゃ体型だし何かしら運動はしたいと思い、弓道ならできるかなと中学の時から区内の弓道場へ通い始めた私。
習い始めてすぐに考えていたよりも弓道は体力を使って大変だと気付いたけれど、若い子は珍しかったらしく皆が可愛がってくれたから続けることができた――
高松「琴莉さん、何か悩み事でもあるのかい」
琴莉「ぇ、どうしてですか」
高松「今日はあまり集中できていなかったようだから、気になる事があるのかと思って」
琴莉「ぇっと……」
太陽に壁ドンされ頬にキスされた事を思い浮かべる琴莉。
琴莉(たぶん集中できなかったのは昨日お兄ちゃんにからかわれたせいだけど、さすがに言えない……)
老婦人2「そりゃぁ高松さん、琴莉ちゃんだって高校生だもの、悩みくらいあるわよ」
高松「何かあるようならいつでも相談にのるからね。琴莉さんは私にとって孫のようなものだから」
そう言ってくれたのは威厳があって、怖いけど優しい高松さん。
私が通っている弓道の会――弓友会の会長を務める高松さんは礼儀や作法にかなり厳しい。
でも褒める時はしっかり褒めてくれる。
高齢だけれど身なりはビシッと決まっていて、若い頃はモテただろうなという雰囲気の男性。
老婦人3「女性同士の方がよければ、私が聞くわよ。いつも琴莉ちゃんには話を聞いてもらってばかりだから」
老婦人4「そうよねぇ、私たちの話を嫌がらずに聞いてくれて、琴莉ちゃんが孫ならよかったわ。本当の孫なんてお金が欲しい時にしか寄ってきやしないんだから」
老紳士2「ほんとその通りだ」
アハハハ、と皆の笑い声が集会室内に響く。
老婦人5「そういえば今日は迎えに来ないの? お兄ちゃんの太陽くん」
太陽の名前が出て琴莉の心臓が、ドキ、と跳ねる。
琴莉「ぁ、はい。今日、兄は父の仕事を手伝っているので」
老婦人5「まぁまぁ、土曜日なのに大変ねぇ」
琴莉「そうですね……だから今日は、私が兄を迎えにいくんです。明日、父の誕生日なので、兄とプレゼントを買いに行く約束をしていて」
老婦人5「ふふ、素敵ね。仲が良い家族で羨ましいわ」
琴莉「ありがとうございます」
○父の会社の最寄駅周辺
目印になる巨大なオブジェ前の待ち合わせスポット。
父からプレゼントされた時計を見て時間を気にしている琴莉。
琴莉(待ち合わせの時間より早く着いちゃった……)
ふと琴莉の視界に、少し離れた所に立っている女性の姿が目に入った。
艶のある長い黒髪と、短いスカートから伸びるスラリと細い脚が印象的な美しい女性。
琴莉(きれいな人……大人っぽく見えるけど、もしかしたら私と同い年くらい?)
その女性はチャラそうな男性に話しかけられている。
琴莉(知り合い……ではない感じ?)
女性は嫌そうな顔をしている。
でも男性はそんな事お構いなしに「行こーよ」と言いながら女性の肩を抱いて歩き始めようとしていた。
琴莉(助けた方がいいかも)
足が震えながらも勇気を振り絞って琴莉は声をかける。
琴莉「ぁ、あの……」
男性「ぁぁん?」
眉を寄せた男性が振り返り、琴莉に凄んできた。
琴莉「ぃ、嫌がってると思います。手を離してあげてください」
男性「は? ちびでぶに用はねぇよ!」
琴莉の言葉に、カッと逆上した男性が、ぐわっ、と拳を振り上げる。
琴莉(怖いっ)
打たれる覚悟をした琴莉は、ギュッ、と目を瞑ったが、その気配は無く、代わりに「ぐぇ」と男の呻き声がした。
琴莉「??」
おそるおそる琴莉が目を開けると、太陽が男性の腕をひねり背中側から肩を押さえ動きを封じていた。
太陽は恐ろしいほどの黒いオーラを放ち、人を刺せそうなくらい鋭い視線を男性に向けている。
太陽「このまま警察に行った方がいいですか?」
男性「お、俺は何もしていない。すぐ消えるから、警察は必要ないだろ、な、な?」
太陽が手を離すと男性は振り返りもせず、ぴゃーッと逃げていった。
太陽「ごめんな琴莉、遅くなった」
琴莉「お兄ちゃん……」
太陽「怖かったよな、とりあえずどっか入って落ち着こ」
涙目の琴莉をよしよしと慰めながら太陽と琴莉はその場を離れる。
残された女性はスマホを取り出し、ある一枚の写真を画面に表示した。
その写真に写っていたのは、スーツ姿の太陽。
女性「私を助けてくれるなんて、これって運命よね……」
スマホに写る太陽を眺めながら、女性はほくそ笑んだ。