クラスで人気者の幼なじみと『離婚』前提の偽装婚約~この関係はフリだから、ふたりの時に溺愛なんて不要では!?~
第3話 デートは中止……だと思っていました
〇遊園地のチケット売り場から少し離れた場所(土曜午前)
入場ゲート前にかなりの人の姿が見える。
成美(けっこう混んでる……)
ジージャンに白と紺のストライプの長袖Tシャツ、ベージュのワイドパンツにスニーカーで女の子らしさよりも動きやすさを重視した格好の成美。
唯一女の子らしいアイテムは耳の少し上あたりにつけている、可愛い花の飾りがついたヘアピンくらい。
成美とちょっと距離をあけて、少しダボッとしたライトグレーのスタジャンの腕の描写(隣に立つ戒理、全体は見えない)。
成美「ぁ、並ぶのあっちかな。プラカード持ってる人がいる」
少しダボッとしたライトグレーのスタジャンに黒いキャップを被った戒理の後ろ姿と、隣に立ち戒理の方を見ながら前方を指さす成美。
プラカードを持っている遊園地スタッフらしき男性の方へ足早に歩いていく。
スタッフ「キスチャレンジ最後尾はこちらでーす!」
周りに聞こえるように声を上げた男性スタッフのセリフに、思わず固まる成美。
成美「キキキキスチャレンジ……?」
戒理「ぁ、これじゃね?」
大きな立て看板を指さす戒理。
戒理はここでも後ろ姿だけ登場。
戒理が気付いた立て看板には『キスでワンデーパス半額!!』の大きな文字が書かれている。
すると列の先頭の方から歓声が上がった。
少し高くなったステージが用意されていて、そこに立つ男女が濃厚なキスをしている。
成美(ぇ、キス? するの?? 戒理と???)
成美が目を白黒させていると、隣にいるカップルの声が聞こえてきた。
「やべ、おれ朝歯磨いてないや」と言う男性に対して「やだぁ」と笑う女性。
成美(ぁれ、私、朝ちゃんと歯を磨いたっけ……)
成美は混乱しながら今朝の事を思い出そうとしている。
○桜井家、一階洗面所(冒頭シーン同日の朝)
――その日の朝――
成美(ハネてる……)
パジャマ姿の成美は歯を磨きながら鏡に映る自分を見て、寝癖を気にしている。
冒頭シーンの格好に着替え自分の部屋の姿見で服装を気にしている成美。
成美(変じゃない……よね)
コンコン、と成美の部屋のドアがノックされる。
はーい、と言いながら成美がドアを開けると、成美とよく似た顔で眼鏡をかけた男性――成美の兄が立っていた。
兄を見て驚く成美。
成美「ぉ、お兄ちゃん、なんで家にいるの!?」
兄のうしろから、美しい長い髪のきれいな女性――兄の妻の小百合が顔を見せる。
成美「あれ、小百合さんまで、夫婦そろってどうしたの?」
小百合「ごめんね成美ちゃん、どうしても実家に行くって聞かなくて」
兄「母さんから聞いたぞ、成美が戒理と結婚するとか言ってるって」
小百合が成美の両手を握り、満面の笑みを見せる。
小百合「おめでとー成美ちゃん」
兄「おめでとうじゃない。今どき恋愛結婚なんてリスクが高いだろ。政府マッチング婚なら好みや性格、価値観が合う最高の相手を見つけてくれるんだぞ」
小百合「確かに私たちはマッチング婚だけど、恋愛結婚でもいいんじゃないかなぁ」
兄「それで成美が不幸になったらどうするんだよ。戒理はモテるから浮気の可能性も高いし、俺は反対だ」
階段の下から成美の母が二階に向かって声をかける。
母「成美ー、のんびりしてると遅れるわよー」
玄関で靴を履く成美を母、兄、小百合が見送っている。
母「お隣なんだからいつもみたいに迎えに来てもらえばいいのに」
成美「待ち合わせしたいんだってさ、戒理が」
小百合「デートがしたいんだねぇ、戒理くん」
兄「デートなんて結婚してからするもんだ。これはただの幼なじみとのお出かけだからな」
自分の胸の前で腕を組んで立つ兄は、少しムスッとしていた。
○家の最寄り駅
改札前にある柱に軽く寄りかかり片手をポケットに入れスマホを操作している戒理。
少しダボッとしたライトグレーのスタジャンと白のTシャツ(黒と重ね着風のデザイン)に黒のパンツとシンプルな格好。
モデルをしていて顔が知られているため黒のキャップを被りダテ眼鏡と濃いグレーのマスクをしている。
戒理の方へ駆け寄っていく成美。
成美「ごめん、遅くなった」
声に気付いた戒理がスマホから顔を上げ、成美を見ると眼鏡の奥の目を嬉しそうに細めた。
成美の胸がドキッと跳ねる。
成美(どれだけ隠そうとしてもイケメンのオーラが隠せてない……)
急いで来たため胸を押さえながら息がハァハァしている成美の耳元(髪飾りのそば)に、戒理が愛おしそうな表情をして手を伸ばす。
戒理「可愛い」
成美「ぇ、かわ……ッ!?」
戒理「これ、去年のクリスマスに俺があげたやつだよな。よかった、気に入ってもらえたみたいで」
成美(ぁ、可愛いって、髪飾りの事か……)
○電車内
ドアの所で、少し距離をあけて向かい合うようにして立つ戒理と成美。
少し離れた所にいる二人組の女子が戒理の方を見て「あの人、絶対かっこいい」「マスク取って欲しいね」と小声で話している。
成美(スタイルと目だけでイケメンだって分かるんだよね……)
じーっと戒理の方を見つめる成美。
成美の視線に気付いた戒理が「ん?」と小首を傾げると、キャァ、と先ほどの二人組から歓声が上がった。
次の瞬間、キキィーッ、と電車が急停車する。
よろけそうになる成美を支えた拍子に、戒理の唇が成美のおでこに触れた。
目を見開く成美。
すぐにふたりの体は離れ、戒理は何事もなかったように平然としている。
戒理「危なかったな」
成美「あ、ありがと……」
「ただいま危険を知らせる信号を受信しまして……」と車内アナウンス。
〇遊園地のチケット売り場から少し離れた場所(冒頭シーン直後に戻る)
『キスでワンデーパス半額!!』の立て看板の前で、おでこを押さえている成美。
成美(あの時、戒理の唇がおでこに触れたような気がしたけど……)
冒頭シーンで歯磨きの話をしていたカップルが会話を続けている。
女性「唇以外にキスなら入園無料だって」
男性「入園だけ無料でもなー。たくさん乗ったらかえって高くつく」
成美(乗り物によっては、入園料無料でもお得だよね)
チラ、と成美が横を見ると、軽く握った手を顎に当て思案顔の戒理の姿が。
成美(キス……するのかな。おでこくらいなら別に構わないけど)
無意識に前髪をいじる成美。
すると戒理が口を開いた。
戒理「遊園地、今日はやめとくか」
成美「ぇ……」
心の中で成美は頭を抱え、苦悩する仕草。
成美(ぇ……、ってなんで残念そうなの私ッ!?)
戒理「こんなんでファーストキスとか成美は嫌だろ。かといって全額払うのもなんか癪だし」
成美「そそそそうだね、やめよう」
戒理「行こ」
成美「うん……」
成美(デートは中止かぁ……)
自分でも意外なくらい落ち込みながら、成美は戒理の後についていく。
○帰り道、途中の乗換駅
成美「戒理、乗り換えこっちだよ」
戒理が家へ向かう電車と違うホームへと続く階段の方へ歩いていこうとしたため、成美が声をかける。
戒理「海、行こ―ぜ」
成美「海? もう秋なのに?」
戒理「美味い魚、食べに行きたい」
成美「魚……まぁ、いいけどさ……」
戒理「よっしゃ、行こ」
戒理に手をつながれて、成美の心臓がドキッと音を立てる。
○浜辺(昼前)
もう秋で海水浴客もいないため、浜辺には戒理と成美だけ。
人目がないため戒理は眼鏡とマスクを外している。
波打ち際でしゃがみ込み、手を海水につけて、つめてー、と言っている戒理。
成美は立ったまま、ボーっと海の方を眺めている。
成美(これが夏だったらねぇ……、キャッキャウフフなイベントがあったりするけど)
戒理「うりゃっ」
冷たく濡れた手のひらで、戒理が成美の両頬を挟んだ。
成美「づめだぁぁああッ」
眉を寄せ、顔を歪める成美。
戒理「ハハハ、ぶさいくな顔してる成美、可愛い」
成美「もぉ、そんな風に冗談で可愛いなんて言われても嬉しくない!」
戒理(かわいい……)
ぷんすかしている成美を愛おしそうに見つめる戒理。
戒理「成美」
成美「ん?」
戒理「好きだよ」
成美の両頬を手で軽く押さえたまま、戒理が成美の唇にキスをする。
ゆっくりと唇が離れていって、成美は状況が呑み込めずキョトン顔。
成美「戒理?」
戒理「ん?」
成美「キスした?」
戒理「した」
成美「な、なんで!?」
顔を真っ赤にしながら手の甲を口元にあて成美が激しく動揺している。
内心緊張している戒理もわずかに頬を赤く染めていた。
戒理「前、漫画読んでる時に言ってたから。海で告白された後のキスシーンが一番いいって」
成美「そんなこと憶えてたの!?」
戒理「憶えてるよ。成美にとっては大切な事だろ」
成美(戒理、私のファーストキスを大事にしてくれるなんて、もしかして私のことが本当に好き……?)
成美の心臓がドキドキ大きな音を立てている。
戒理「また遊園地でキスチャレンジやってたら、今度はしような」
ドキドキときめいていた成美の表情が、スン、と真顔になった。
成美(ぁ、そっか……、最初の一回だけいい思い出を作っておけば次からは遊園地の割引にチャレンジできるだろってことか)
戒理が軽くお辞儀をするような体勢で、成美の顔を覗き込む。
戒理「もういっかい、していい?」
成美「んなっ!?」
ずささささっつ、と凄い勢いで海の方へ向かってうしろ向きで戒理から距離をとろうとする成美。
戒理「なるッ」
慌てた表情の戒理。
成美(ぁ……)
砂に足をとられた成美は、後ろ向きで海に倒れていく。
運の悪い事にその時ちょうど波がきてしまう。
成美は海に寝そべってしまい、ビチャッという音がして水しぶきがあがった。