エリート外交官はワケあり妻を執愛で満たし尽くす
 ありがとうより先にかわいげのない返答をしてしまい、反省する。

 北斗が悪意から私の荷物を取り上げたわけじゃないのはわかっていた。

 彼は困っている人を見かけると、積極的に手を差し伸べる。

 今だってそうだったはずなのに、お礼を言うタイミングを見逃した。

「どうした?」

 立ち尽くす私を振り返り、北斗が言う。

「ううん、なんでもない」

 北斗が示した部屋は、玄関から入って右手にあった。

「こっちはあなたの部屋?」

「ああ」

 私の向かい側の部屋はドアが閉まっている。

 五年前に彼が住んでいた家なら、どこになにがあったのかわかったのに。

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