『絶食男子、解禁』
**

九月中旬のとある日。

九月は決算月ということもあって、どこの部署も激務に追われているが、経理部は特にお金に直結する部署ゆえ気が抜けない。
月が替わっても月初処理があり、他の部署より忙殺期間が長い。
それを見越して、九月中旬のまだ時間の取れる平日に休暇を貰い、ヘアサロンへと。

伸びに伸びた髪を切り、リフレッシュを図る。

今日はこの後に食材を買い込んで、久しぶりに楢崎の家でご飯をつくる約束をしている。
暫く仕事で会えなくなるから、その前のちょっとした充電?のようなものだろうか。

彼とは依然建前上の恋人関係を続けている。
あの日以来キスすることもなく、それまでの紳士的な彼に完全に戻った。
そんな彼に安心しきっているというか。
程よい距離感に心地よさを感じ、嫌な思い出を少しずつ上書きしている状態。

だから、せめてもの償いというか。
美味しいご飯くらいは作ってあげたくて。

彼から預かったままの合鍵でたまにお邪魔しては食事を作る日々を重ねている。



今夜のリクエストは中華。
回鍋肉と青椒肉絲と水餃子といったオーソドックスなもの。
他にも常備菜の作り置きをし、次々とタッパーに詰めてゆく。

一人暮らし用の調理器具では心もとなかったため、少し前に幾つか彼に買って貰った。
それらを使って、今夜も彼のために手料理を振る舞う。

ご飯もセットして、待ち時間に浴室に干されているYシャツにアイロンをかけていた、その時。
ガチャッという音がした。

「どちら様ですか?」
「……ッ?!」

< 102 / 157 >

この作品をシェア

pagetop