『絶食男子、解禁』


「あっ、こんばんは。今、お帰りですか?」
「はい」
「俺は買出しです」

二十二時過ぎ。
会社帰りに二十四時間のスーパーに立ち寄ったら、マンションのお隣さん・湯川(ゆかわ)さんに行き会った。
彼はゲームアプリ会社に勤務するデザイナーで、会議やイベント以外の時は在宅作業しているという。

四年ほど前に引っ越して来て、マンション内やスーパーなどで度々顔を合わせる仲。
会えば挨拶をする程度だけれど、人畜無害のような笑顔をする人。

買い物を終え、マンションへと向かう。

「すみません、荷物持って貰っちゃって」
「これくらい平気ですよ」

他愛ない会話をしながら、野菜が入った重い方のエコバッグを持ってくれている。

「そう言えば、彼氏さん、イケメンな方なんですね」
「え?……彼に会ったことがあるんですか?」
「えぇ。エレベーターでご一緒したり、外出しようと玄関出たタイミングで顔を合わせたことがありまして」
「……そうなんですね」

『彼氏さん』という言葉に、チクリと胸が痛む。
建前上の彼氏だけれど、自宅に出入りしているような男性なのだから、一般的な彼氏と思われてもおかしくない。

「湯川さんは彼女さん、いらっしゃるんですか?」
「俺ですか?……ここ二年くらいはいませんよ」
「そうなんですね」
「仕事が忙しくて愛想尽かされた感じです」

自嘲気味に笑う彼は、切なそうな表情を浮かべた。

「私の元彼なんて、最っっっっ悪の自己中男でしたよ」
「え?」
「仕事を理由に別れるために、他の男にあてがうような」
「えぇっ?!」
「これ、ホントの話なんです。だから、仕事が忙しいくらいでご自分を責めたりしないで。仕事ができる男性って、素敵ですよ」
「っ……」
「鮎川」
「ッ?!……どうしたの?連絡貰ってたっけ?」

エレベーターを降りて、部屋の前に辿り着くと、そこに楢崎がいた。

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