『絶食男子、解禁』
原を連れ込んだホテルに、彼が迎えに来てくれた。
「何も聞かないの?」
「今はいい」
やっぱり呆れるよね。
完全に別れたわけじゃないのに、他の男の人とホテルに来るだなんて。
しかも、彼もよく知る同期の人と。
急いで来てくれたのかな。
少し息を切らしてる感じで、繋いでいる手が熱い。
品川駅のホームで電車を待っている間。
彼は一度も視線を合わせようとしない。
「ごめんなさい」
「謝んなくていいから」
「でも…」
「放置してた俺にも非があるから」
「……それでも」
「鮎川は鮎川なりに努力してくれたのは分かるから」
「っ……」
楢崎はいつだって優しい。
私は彼の優しさに甘えてたんだ。
努力だなんて、体裁のいい言葉で解決できない。
私は彼を裏切って、自分に言い訳のできることを突きつめただけ。
貴方の気持ちなんて、これっぽっちも考えてなかったんだから。
繋がれている手を引き、彼に抱きついた。
「原とキスしたのっ。胸だって触らせたし…」
「っっ……もう何も喋んな」
「……っ」
周りの視線を遮断するみたいに、ロングコートで覆い隠してくれる。
この仕草一つに胸が張り裂けそうになる。
「気持ち悪いって言ったのは楢崎に向けてじゃなくて、元彼がチラついたのを払い除けたくて無意識に呟いてたのっ」
「……原から聞いた」
「もう楢崎以外の人と、あーいうことはしたくない」
「もう分かったって。これ以上喋るなら、口塞ぐぞ」
彼の胸から顔を持ち上げ、空いてる右手でネクタイを引き寄せた。
誰に見られててもいい。
原とキスした記憶を今すぐ楢崎に上書きして貰いたい。