『絶食男子、解禁』
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「楢崎、……楢崎、そろそろ起きないと、帰って着替える時間無くなるよ?」
「………ゅん」
「…んっ」
「…峻だって、何度言えば覚えるんだよ」
「っっっ、ごめん」

肩を軽く揺する彼女の腕を手繰り寄せ、抱きしめる。

鮎川と身も心も繋がったあの日から二カ月が経ち、年度末を控え、お互いに仕事に追われている。
以前なら、お互いに気を遣い過ぎて『逢うのを控える』という選択をしただろう。

けれど、お互いに三日と離れていると、禁断症状というのか。
俺は彼女の料理が恋しくなり、彼女は俺の淹れる珈琲が飲みたくなる。

仕事が早くに終わった方の家に泊まるのが日課のようなもので。
三月中旬ということもあり、毎日のように俺が彼女の家に泊まっている状況が続いている。

顔を洗い終わりダイニングに着くと、白い湯気の立つ色鮮やかな食事が並んでいる。

「今日の晩御飯は何が食べたい?」
「っ……今から朝ご飯食べようとしてんのに?」
「あ、ごめん…」

正直、彼女が作ったものは何でも美味しい。
今までリクエストして期待が外れた物は一つしか無い。

『玉子焼き』
彼女の玉子焼きは少し甘味の効いた美しい黄金色のもの。
けれど、俺の好きな玉子焼きは塩味の効いた焼き目の付いたもの。

お弁当や寿司屋で食べるなら出汁の効いた甘めが好きだけれど、朝の食卓で食べるなら香ばしい香りのする厚焼き玉子が好きだ。

生まれた地域も違うし、育った環境も違えば、必然的に好みの味が違うのは当然。
なのに彼女は嫌な顔一つせず作り直してくれて、しかも『これからは、これが私が作る玉子焼きね』と笑顔を添えてくれた。

こんな風に寄り添ってくれる女性はもう現れないだろう。

「なぁ」
「ん?」
「仕事が落ち着いたら、一緒に住む家、探さないか?」
「……え?」

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