『絶食男子、解禁』


十六時少し前。
背伸びをした前島課長と目が合った。

「鮎ちゃん、悪いんだけど、珈琲淹れてくれる?」
「はい、いいですよ。今、淹れて来ますね」

前島課長に頼まれ、休憩用ブースへと向かう。

前島課長の息子さん・辰希くんは私が作るお菓子が大好きで、よくリクエストを貰う。
私のことを『あゆちゃん♪』と呼んでくれて、凄く懐いてくれている。
だから、課長とは姉妹のようにプライベートでも仲がいいのだ。

私は退勤後や休日は趣味とも言える自己研鑽(スキルアップ)に全振りで時間を費やしている。
料理教室から始まり、裁縫教室、スキューバーダイビング、語学教室、着物の着付けなど、資格マニアと言われるほど、その種類は多岐にわたる。

大学時代に全経簿記検定上級を取得したこともあり、入社した翌年から毎年税理士試験を一科目ずつ受験し、既に四科目取得している。
税理士試験は十一科目中、五科目(必須科目あり)取得できれば合格になるため、今一番の目標は、残りの一科目を合格すること。
そうすれば、晴れて税理士となれる。

課長好みの濃い珈琲を淹れ終わった、その時。

「あーら、失礼♪」
「っ……」

カップを持つ方の肩にわざとぶつかって来た。
淹れたばかりの熱い珈琲が手にかかり、火傷したっぽい。
ピリピリとした鋭い痛みが手の甲を襲う。

連日のように嫌がらせをして来る総務部の木根(きね) 加代子(かよこ)(三十四歳)。
腰巾着のように観月(みづき) 頼子(よりこ)(三十歳)、豊岡(とよおか) 里美(さとみ)(二十五歳)をお供に連れ歩く、四階(経理と総務があるフロア)のお局的存在。

前島課長が近くにいない時を必ず狙って来るところをみると、やはりポストに就いているだけあって、課長の存在は大きい。

何事もなかったようにデスクに戻る彼女を見据え、沸々と怒りがこみ上げて来た。

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