『絶食男子、解禁』


翌日の昼過ぎ。
『今日は何時頃に終わりそう?』楢崎からのメール。
昨夜遅くに電話が来て、イベントのことを聞かれた。
もしかしたら、原から元彼のことを聞いたのかもしれないけれど、あえて私から話すことは何もない。

『たぶん、十九時頃』
『じゃあ、その後、飯行かない?』

仕事が早く終わった時に食事に行く仲。
『恋人』という枠組だけど、単なる『同期』という間柄に『カモフラージュ』的な意味合いでの関係性。
世間一般的な恋人とは違うと認識しているし、はき違えたりしない。

彼も私も、気を許した仲というだけ。
そこに男女の好意的な感情は持ち合わせてない。



「鮎川、そろそろ上がっていいぞ」
「ん」
「俺、明日、アクアティクスの方だから」
「そうなんだぁ」
「ここは、高田っていう二つ下の営業部の女子社員が来ることになってるから」
「高田さんね、分かった」
「じゃあ、明日もよろしくな」

営業部の社員はラストまでいなければならず、連日猛暑の中、長時間労働は堪えるだろうなぁと思う。
原は営業が好きだからいいけれど、私だったら一カ月ももたなそう。

帰り支度をしていた、その時。

「今、終わり?」
「あ、うん、今終わっ……」

楢崎が迎えに来ることになっていたから、声をかけて来たのは楢崎だと疑わなかった。
けれど、視線を持ち上げた先にいたのは、楢崎ではなく。
二度と会いたくない相手、元彼の西野だった。

「何の御用ですか?」
「仕事終わったんなら、飯食いに行かないか?」
「彼氏と約束してるので」
「どこで?」
「……どこだっていいでしょ。貴方には関係ないことです」
「そうムキになんなって」

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