『絶食男子、解禁』
「元彼?」
原から聞いているとは明かせないが、あの状況から簡単に察することができる。
俺の質問にこくりと頷き、消え入りそうな声で『ん』と答えた鮎川。
終始視線を落としたまま、俺の歩く速度について来る。
夕方の帰宅ラッシュの時間帯ということもあって、無言で歩いていても沈黙感が薄れている。
駅のホームで電車待ちをしていると、ポツリと言葉を漏らした鮎川。
雑踏に掻き消されそうな彼女の言葉に耳を傾けた。
「さっきは、……ありがと」
「どー致しまして」
ラブラブな恋人関係なら、元彼に絡まれたら助けるのが当たり前。
御礼なんて言われることもないはず。
けれど、俺らの間には建前的な関係しかない。
「あいつが浮気したとか?鮎川が男を寄せ付けない理由を作った男だろ」
のらりくらいその場凌ぎの言葉をかければ、それで済む話。
深入りするような間柄じゃないし、彼女の過去を知ったからといって、何かが変わるわけでもない。
だけど、吐き出せるものがあるなら、それを拾うことくらいできると思って。
「……モテる人だったけど、たぶん、付き合ってる時は浮気してなかったと思う」
浮気が原因じゃない?
「じゃあ、何で別れたの?性格の不一致?いいとこの坊ちゃんっぽかったから、詐欺まがいで騙されたとかでもないんでしょ?」
弁護士という職業柄、ついつい真相を明らかにしようとしてしまう。
事実と違う何かを無意識に探すというか。
口から言葉が漏れて、ハッと我に返った。
「付き合ってると思ってたのは私だけで、彼は単に、自分が有効利用できる相手が欲しかっただけ。恋愛に疎かった私が、彼の理想を築く手助けをしただけ。……ただそれだけの関係だったの」
「あいつに『愛情』がなかったってこと?」
「……うん、彼には、ね」